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舞姫クロニクル  作者: 瀬戸内ジャクソン
3/3

炎の転校生

 新しい朝を迎える。

 窓から射し込む春の陽光が、ぼくの意識を覚醒させていく。

 午前六時十五分、今日の起床時間はちょっぴり早い。親父が家にいる時からそうだったが、森山家の朝食は、夕食と違って当番制で用意することになっている。本日はぼくのターンというわけだ。総員二名ではサイクルが早い。

 手早く登校の準備を済ませたぼくは、制服の上からエプロンを纏いキッチンに立つ。フライパンに卵を放り込み→ぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。ぼくにできる料理といえばこの程度だ。レパートリーは極めて少ない。

(それでも、妹を満足させるくらいはできる)

 本人は「思考停止だから」と言って頑として料理に使わないが、柚子はマヨネーズに弱い……倒錯的な隠れマヨラーというわけだ。今回もマヨっとけば文句は言われまい。

 と、思っていたのだが。

「ロシア人じゃないんだから、そろそろマヨネーズ依存はやめよう?」

 朝食の席で、表情を〝おこ〟にして柚子は提案してくる。

「じゃあロシア人になろうぜ!」

「いーかげん料理の勉強しようよ。今日、学校から帰ったら特訓してあげる」

「フッ、ジャンケンに勝てない負け犬がよく鳴く」

「わたしは、兄さんのことを想って言ってるんだよ?」

 ありがとう柚子。そんなに案じてくれるなんて、お兄ちゃん嬉しいよ。

「だが断る」

「断るのは却下します」

 満面の笑みで言われては恐怖を覚える。

「約束だからね? ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本の~ます♪」

「ひとの小指に、強引に絡めてやるものなのか? それ」

「約束だからねっ!」

「はいはい……」

 可愛い妹の頼みだ。付き合ってやるべ。

 やれやれと嘆息して朝食を再開する。

「……」

 約束、か。

 そういえば、エリスとかいう子も約束がどうとか……。

「兄さん、どうかした?」

「なんでもない。それより朝食を片付けないと遅刻しちまうぞ」

 さっさと食事を済ませ、シンクに皿を運ぶ。洗うのは帰ってからだ。

 時刻は七時五分――。

「ああっ、もうこんな時間! 兄さん急いで!」

「急ぐなら先に行けばいいだろ。ぼくに構うな」

 非情にもそう答えると、

「兄さんのばか……分かってるくせに……」

 柚子は頬を膨らませ、ベソをかき始める。

「冗談だ。ちょっとトイレいかせてくれぇ」

 十数分後、ぼくらは通学路を駆け抜ける疾風となっていた。

 路地をすり抜け、他人の庭を横切り、大幅なショートカットコースでの通学を敢行する。

「兄さんトイレ長すぎだよ~っ!」

「今ごろツッコミか、妹よ。うろたえるな。前だけ見ろ!」

 そんなことでは虎になれんぞ。

 虎じゃあ……虎になるんじゃあ!

 よその家の低い垣根を(内側から)跳び越えた先には、

「よっ。お二人さん」

「!?」

 コンクリート塀に背中を預け、ニヒルな笑みを浮かべる秋津慎二の姿があった。その手には溢れんばかりの花束が握られている。

「慎二よ。何してンだ。遅刻するぞ」

 私立・美翔高校には、そこらの公立校と違って零時限目なる授業が存在する。並の高校生より一時間は早く登校しなければならない。

「悲しいな友よ。俺はいつもの場所で、いつものように、森山兄妹が来るのを待っていただけだと言うのに」

「遅刻してでも待つな」

「それは愛ゆえに」

 仰々しくのたまって、慎二は片膝をつく。花束を差し出す。

 ぼくに? ノン。ぼくの後ろにピッタリくっついて震えている我が妹にだ。

「おお、姫。まだ某に心を開いてはくれませんか」

「もうそのへんで許してやってくれ」

 柚子は、ぼく以外の男とは喋れない。どころか、近づかれるだけでこんな状態だ。

 学校に関しては女子高に通っているので問題ないが、登校時にはぼくが、下校時には柚子の親友である葉月ちゃんが付き添っている。

 何を隠そう、柚子を女子高に送ってから改めて登校するため、現在、ぼくの遅刻はほぼ確定なのである。柚子をあまり早起きさせるのも悪いので、普段もギリギリの時間で動いている。

「妹の男嫌いをなんとかしようって気持ちは嬉しいが、自重しろ」

「何を言う豊太郎。いや、お義兄さん。俺は本気で柚子ちゃんと結婚しグボォ!!」

 タイガーアパカッ! ぼくの拳が慎二の水月にクリーンヒットした。

「効いたぜ、お前のパンチ……ガクッ」

「柚子。アホはほっといて行くぞ」

「う、うん」

 マルナナサンイチ。柚子の通う女子高に到着する。

 校庭には朝練をしているラクロス部の姿くらいしかない。ちなみに柚子は帰宅部だ。

「ま、こっちは余裕なんだよな」

「兄さんはアウト確定だけどね」

「それは言わないお約束」

「うん。いつもありがとね」

「気にするな」

 柚子にしばしの別れを告げ、元きた道を駆け戻る。美翔高校は、柚子の通う女子高とは反対方向にある。つらい。

「おや」

 ダッシュしていると、ふと、何かを踏んづけた感触を覚える。

 駆け足のままアイドリング状態で振り返ると、倒れ伏している慎二の姿がある。

「そんなところで何してンの。遅刻してるぞ」

「お前のボディブローで動けなくなっているんだが、友よ」

「……悪かった。昼メシ奢るよ」

 慎二に肩を貸す。

「では、DXカツカレー定食を所望する!」

 あっ、このやろ。突然元気になりやがって。仮病を使ってたな!

「ワンコインにしてくれ」

「五百か」

「百円で」

「ちょっと待て。それだとライス小しかないぞ」

「お気づきになられましたか」

「気づくわ」

 バカを言い合いながら通学路を往く。

 なんだかんだ言って待ってくれていた親友に乾杯。

「そういやさ、豊太郎」

 併走する慎二が、息を荒くして話しかけてくる。無理すんな。

「お前が柚子ちゃん送ってる間、俺、ヘンな女の子に声かけられたんだ」

「ヘンな女の子……」

 まさか。

「その子ってさ、金髪で赤い瞳してなかった?」

「知り合いなのか?」

 軽い眩暈を覚える。

「微妙に……で、何か訊かれた?」

「『豊太郎はどこだ』って。とりあえず、みそ高の場所を教えといた」

 とてつもなく嫌な予感がするぞ。

 はぁ……お家帰りたい。

「すげぇ可愛かったな。今度、紹介してくれよ」

「柚子LOVEじゃなかったのかよ」

「一夫多妻制を希望する」

「死んでしまえ」

 吐き捨て、ぼくはギアを上げる。

「待てよ、おい、豊太郎! お前そんな足速かったっけ!?」

 慎二に言われて、はたと自覚する。ずっと走りっぱなしのはずなのに、自分でもびっくりするほどペースが落ちていない。まったく息が切れていない。スピードだってその気になればもっと出せそうな感じだ。今がギアで四速とすれば、最大で十速くらい。

 ぼくじゃないみたいだ。

「……」

 しばらくして、我らがみそ高に到着する。正門はすでに閉ざされ、外敵の侵入を拒んでいる。――そんなもの、ぼくと慎二の前では無に等しい。

「行くぞ慎二ィ!」

「オウヨ!!」

 慎二がレシーブの体勢をとり、校門に背を向ける。

 ぼくは十分な助走から、慎二の重ねた掌を踏み台にした。

「「合体奥義・クライマックスジャ――――ンプ!!!!」」

 というのは冗談で。

 門柵の端に、無理すれば一人通れるスペースがあるのだった。肥満体型は不可だが。

 ぼくたちはこそこそグラウンドに入り、無人の昇降口まで侵攻する。

「時間的に、まだHRをやってるはずだ。こっそり教室に入れば気づかれまい」

「OK慎重にいこう」

 泥棒ウォークで三階まで上がり、匍匐前進で廊下を進む。

 そしてついに、ぼくと慎二のクラス2-Xまでやって来た。

 後ろのドアをそ~っと開け、ぼくらは匍匐による前進を続ける。教室の床は使い古した雑巾の臭いがするけど、そこは忍耐だ!

「~~~で、時間割が変更になるので~~~」

 教壇の上では、担任の小山田がHRを進行している。そのダミ声を聞き流しつつ、ぼくはなんとか自分の席へ。小山田の視線が逆サイドに行ったのを見計らって瞬時に着席する。突っ伏し、あたかも最初からそこにいたように演出する。

 ちらりと隣を見る。慎二も成功したようだ。ピースサインが返ってきた。

「と、今日のHRはここまで。何か質問は?」

 返事はなし。タイミングよくHRが終わった。

 かに思われたその時、教室のドアが外から叩かれる。

 ……。

 しかし、いつまで経っても入室してくる気配はない。小山田が歩いて行き、教室のドアをスライドさせる。誰もいなかった模様。上半身を廊下に乗り出し、首を左右に振っている。

 他のクラスのいたずらか? 高校生にもなってそんなアホな。

 推理しているうち、小山田が廊下へと吸い込まれて消える。

(いったい何がどうしたんだ?)

(さあ……)

 小山田の消失から数十秒が経つ。

 しだいにざわめき始める2-X。それを断ち切るように、大袈裟な足どりで小山田が教室に入ってくる。まるで軍靴のそれだ。ハッキリ言って挙動不審。

 数十秒の間に、小山田に何があったというのか?

「諸君ッ!!」

 教壇に上がるや否や、小山田は叫ぶ。イッちゃってる目で、顔に皺を寄せて激昂する。

 2-Xの生徒たちは状況を理解できず、唖然としたまま継がれる言の葉を待つ。

「諸君らに、転入生を紹介するッ!!」

 なんで叫ぶンだよ小山田?

 それに、HR終わってから転校生の紹介って順番おかしいだろ。

「さあ、入ってきたまえ――ッ!!」

 小山田が、ショーの支配人よろしく入口へと手を掲げる。

 ふわりと風を切って現れたのは――

(ああ、やっぱりそうなるのか)

 美翔高校のブレザーの制服を纏った、あの隻腕の少女だった。



(つづく)

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