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舞姫クロニクル  作者: 瀬戸内ジャクソン
2/3

森山家

 夢を……ぼくは夢を見ている。

 他人のプレイしているFPSのゲーム画面を見るように、ぼくではない「誰か」の視界を共有している。俯きがちになっているから分かるが、「誰か」は女の子のようだ。中世の村娘といった身なりで、両手を縄で縛られている。立っているのは……どこだろう?

 ぼくの問いに応えるように女の子が顔を上げる。

 数段高い位置に座す、法衣の男たちを見上げる。

 ここは裁判所だろうか? それにしては宗教色の強い雰囲気がある。

 法衣の男たちのうち、真ん中で一番高い場所にいる老人が、仏頂面で淡々と何かの文面を読み上げる。共有できているのは視野だけで、音を聴き取ることはできない。読唇術も持ち合わせちゃいないし、そもそも喋っているのは日本語じゃないくさい。

 それでも、女の子が有罪判決を下されたのは、なんとなく分かった。

 ――ストロボを焚いたような閃光と共にシーンが切り替わる。

 続いて現れた光景は、さっきとは逆で女の子が群衆より高い位置にいる。

 ここは街の広場だろうか? 目に映る構造物はどれも石造りで、やはり中世ファンタジーの世界を彷彿とさせる。

 眼下で、兵士っぽい甲冑の男が松明を手に近づいてくる。男は、女の子の足下に積まれた木片と藁に火を点ける。

 そこでようやく、ぼくは、女の子が磔刑にされているのだと気づく。

「あっ」という間に炎に呑みこまれる。熱さは感じない。でも、女の子のほうは……。

 やがて磔台も燃え尽き、炭と灰ばかりが残る。お開きとばかりに群衆も散っていく。

 そんな中、なんと、女の子は立ち上がった。燃えかすの中から生まれ出ずるように。

 慌てて兵士たちは抜剣する。パイクを握る。

 女の子は気に留めず、黒煙の先にある蒼穹を仰ぐ。

 見上げた空に落ちていくような感覚――。

「……」

 天蓋を突き抜けた先には、見慣れた天井があった。

 ややピントがぼやけているが、分かる。自分の家のリビングだ。

 しかし、果たして今この視界はぼく自身のものであろうか?

 ふと、天井を遮って、心配そうに覗き込む少女の顔が映る。

「兄さん、気がついた?」

「柚子……か?」

「わたしが檸檬や蜜柑に見える? 心配したんだよ?」

 ピントが徐々に戻ってくる。ぼくの顔を覗き込んでいるのは、間違いなくマイシスター・森山柚子である。どうやらぼくはリビングのソファーに寝かされているようだ。ちなみに「檸檬」とか「蜜柑」とかいう名前の妹はいない。果物にかけたマイシスター渾身のジョークだ。

「ぼくは、どうなってたんだ?」

「兄さんは玄関先に倒れてて――」

 言って柚子は首をまわし、L字に置かれたソファーの端へと視線を遣る。ぼくも軽く上半身を浮かせて見遣る。

「この人が、兄さんをたすけてくれたんだよ」

 悠々と腰掛けているのは、あの、玄関先でうずくまっていた少女だ。負っていたケガはなぜか全快していて、生気が漲っている。右腕は欠損したままだが、出血は止まっており、数年前の傷であるかのように断面は塞がっている。

 ぼくと目が遭うと、彼女はにっこり微笑んで立ち上がる。

「ただいま、トヨタロー」

「お、おかえり」

 反射的に応えてしまった。

「じゃなくて! えーと、ぼくたち初対面ですよね?」

「まーたそんなこと言って。あたしをからかおうったって、そうはいかないよ?」

 いや、本当に知らないンですけど。

 ブロンドの髪にレッドの瞳なんて、一度会ったら忘れるはずない。

(この人、兄さんの知り合いなの?)

(だから知らんて!)

 耳もとで囁いてくる柚子に、ぼくは即答で囁き返す。

(ふぅ~ん……)

 なんで納得してくれないのこの子。

 お兄ちゃん、そんな風に育てた覚えはありませんよ!

 トラストミー!

「え、えーと。キミは…」

「キミじゃないでしょ。名前忘れちゃったの? エ・リ・ス!」

「エリス。ぼくに噛み付いた覚えは?」

「あー、うん……血を吸わないと正直危なかったし、頼めるの、約束したトヨタローしかいなかったから」

 エリスは、もじもじと恥じらってみせる。襤褸いドレスの裾をぎゅっと握り、上目遣いにチラチラとこちらを窺う。

「あたしだって、もっと素敵な雰囲気でしたかったよ?」

 こいつはアレだ。電波系ってやつだ。隻腕に同情する余地などあるもんか。ぼくの日常を滅茶苦茶になどさせるもんか。

(――森山家は、この森山豊太郎が守る!)

 ぼくは上体を起こし、ソファーから立ち上がる。

「本当は右腕も再生するはずだったけど、あの宝剣の力、おそるべしってところね」

「出て行ってくれ」

「えっ」

 強い調子で呟くと、エリスの顔が引き攣った。

「享楽に付き合ってる暇はないんだ。出て行ってくれ」

「で、でもこの人、兄さんをたすけてくれたんだよ?」

「そもそもの原因はこの子にある。当然だろ」

 ……。

 リビングに沈黙が流れる。

「わかった」

 ぽつりとエリスが呟く。

「トヨタローには新しい女ができたんだね。だから、そんなに冷たいんだ!」

「ほえ?」

 突き刺すような視線の先には、柚子。

 いやコイツぼくの実妹なんだが?

「でも、諦めたわけじゃないから! 約束は、もう果たされたんだからね!」

 立ち竦むぼくたちを置き去りに、エリスは廊下へ駆け出した。しばらくして、玄関ドアの閉まる音。どうやらお帰りになったらしい。

「何だったンだ、いったい」

 まるで嵐が通り過ぎていったかのようだ。

「外、雨すごいけど……放っておいていいの?」

 どーしてお前はそう、ぼくに義務感を芽生えさせる?

 ぼくは溜息をついて玄関口へと向かい、

「……」

 すぐさま踵を返す。

「あれ? 兄さん、行かないの?」

「ぼくの傘がなくなってた」

「あはは、ちゃっかりしてるね」

「笑いごとじゃねーぞ。あの傘、けっこう高かったんだから」

 慎二の使ってるような三〇〇円のコンビニ傘とはわけが違う。スーツ屋で売ってるようなブランド品だぞ。ダサくなるの覚悟で盗まれないよう名前を書いたテープまで貼ってあったんだぞ。くそう。

 毒づくぼくを見て、柚子が一言、

「ホントに、知らない人なんだねぇ」

「だからそう言ってるだろ。さあ、そろそろメシにしようぜ」

「えーっ、解決? そんなんでいいの?」

「そんなんでいーの」

 これ以上、あのエリスとかいう女に関して何を考えろってンだ……例えば「幼い頃に結婚を約束した少女」だったとか? 残念ながら、そんな展開はない。幼少期の記憶はハッキリしている。約束をした覚えも、会った覚えすらもない。

 忘れよう。台風一過だ。ぼくの日常は揺るがない。

「それじゃさっそく、いつものやついこうぜ」

「ぶー。納得いかないなぁ」

 とか言いつつも、柚子は腕を引いて構えをとる。

 いつものやつが始まった。

「「じゃーんけーん ぽんっ!」」

 ぼくの繰り出したのがグー。柚子がチョキ。

 フフフ、ぼくは知っているぜ。お前が最初にそれを出す傾向にあることをな!

「あー、負けたー」

 さらに言うと、あいこになった場合は、前に出した自分の手より強いのを出してくる。お兄ちゃんは柚子博士なのだ!

「じゃあ、今日の晩飯よろしくな」

「今日で9連続だよ……兄さんには、可愛い妹を思いやる情はないの?」

「ぼくのことを『お兄ちゃん』と呼ぶなら、考えてやらんでもない」

「や、やだよ!」

 ムッと顔をしかめ、柚子はキッチンへ向かう。

 昔は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って懐いてたンだけどなぁ。「兄さん」なんて呼び出したのはいつの頃からだったか……。

 ぼくもダイニングに移動し、テーブルに突っ伏す。

 キッチンに立つ柚子の後ろ姿を眺める。

「なぁ、柚子」

「なあに?」

「お前、良い尻してるな」

 おたまが飛んできた。

 妹のうなじとか腰とか脚とかじっくり堪能すること数十分。夕食が完成する。

 柚子の手によってダイニングテーブルに置かれた大皿には、アツアツの回鍋肉ホイコーローが盛られている。時間をかけたのは殆ど下準備で、火にかけてからの調理時間は数分といったところ。柚子が得意とするのは中華だ(というか中華鍋と中華包丁だけで大体のものをつくってしまう)。

「では、兄さん? 手を合わせてください」

 アッハイ。

「いただきます」

「いただきまーす」

 給食みたいなノリで今日も夕餉が始まった。

「お父さんが海外出張に出かけてから、もうひと月経っちゃうんだねぇ」

「だな(もぐもぐ)」

「今度は吸血鬼を探してヨーロッパだっけ」

「ああ(むしゃむしゃ)」

 確か、前はツチノコを探して富士の樹海。その前はビッグフットを探してアラスカだったか。親父は脱サラして【冒険家】になり、滅多に家にいることはない。ちゃんと家に仕送りが届くあたり、ワンダーフォーゲルな仕事は中々どうして実になっている。

 実は【冒険家】とかまったくの嘘でヤバい粉とか取引してるンじゃないか?

 ……平穏な日常を冒す妄想はやめよう。

「兄さんとの共同生活も悪くない、かな」

「ん、何か言った?」

「なんでもないっ!」

 言って、柚子が大皿に箸を伸ばす。

「ちょ……それは、最後にとっておこうと思ってた豚肉っ!」

「ノロマな兄さんが悪いんだよ」

「よかろう。ならば大皿ごといただきだ!」

「あーっ! 兄さん、それ反則!」

 穏やかな団欒は続く。紆余曲折を経て夕食を平らげたぼくたちは、風呂に入ってその日を終えた。



(つづく)

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