愛を探す旅の御話 下
世界は均等に出来ている。
何を当然、と思うなかれ。
平等という言葉ではなく、均等という事実である事が大事なのだ……そう均等。多くの事象、現象、生物にとっての事実。
例えば凶暴な竜が塒から出て来て、周りの生物を食い荒らす。
当然標的になった生物の大半は為す術も無く死に絶えるしかないのだが、その獲物として死んでしまう者にとって世界とは理不尽に映っていただろう。
そこに平等と言う言葉は当て嵌まらない。
いや、平等に喰い散らかされるという意味でなら当て嵌まる。しかし標的にされる事自体、運が悪かった。或いは運が良かったと済ませられてしまうから。そして、標的にならなかった存在については、助かったという事実のみが残るのだ。
例え目の前で竜の咢によって断たれる親を見た子供が生き残ろうと、竜の尾で引き千切られた娘を、倒れ伏したまま見遣ることしか出来ない親が残ろうと。
世界は均等に命を扱う。平均と意味合いは近しいかもしれない。
だが本質は違う。
平等にして均すのではなく、均等にして平均を取るのだ。
成功した者が多く出れば、その何倍もの脱落者が出る。頭が良い者が突出すれば、最下層の頭が悪い者は確実に存在する。親から愛される者がいれば、陰で愛されない者は耐え忍ぶ。
差引すれば後に何も残らないような、そんな事実。無理矢理な理論ではあるが、それは何も人の営みにのみ関わっている事だけではない。
天変地異によって砕ける大地があれば、恵みの年を幾日も謳歌して楽園と化す場所がある。
朝日を沢山浴びる事の出来る花があれば、成長した他の木々に恵みを遮られる草葉もある。
――世界に存在する全てのモノは、良い具合に収まるように出来ているのだ。
そんな美しくも残酷な世界。
「ッ。また微妙なハズレを掴まされたって訳ですね……」
瓦礫の上に横たわる聖女の前で、左手にはその場にそぐわない美しい装丁の本を持ちながら、美しい顔を歪めて呟く女が一人。
口元を朱に染めた女は、乱暴に手の平で朱い水気を拭うと、袖から取り出した細長い棒を咥え込み、すぅっと軽く煙を吸い込んだ。
いい加減慣れ浸しんだ、毒にも薬にもならない甘味付きの煙を肺に入れ、口内で転がして味わいつつ、今度はふぅっと深く深く息をつく。
その顔は先程まで浮かべていた、何処か艶めいた表情からはかけ離れたひどく穏やかな顔であった。
「10年かけて、結果がコレとは」
幼い声とは裏腹に、何処か大人びた口調で続ける少女は、はだけた肩口を朱色で彩っている倒れ伏した聖女を見遣ると、今度は心の底から溜め息をついた。それも、大きく大きく。
落胆しているらしい少女は手を軽く振るい、持っていた大きな本を掻き消す。と同時に、背に在った片翼の羽も消え去ってしまった。
何が言いたいのかと問われれば結局の所、シィナは世界が美しく、そして不条理であり理不尽だと思っている、という点に限る。
「ごめんなさい。後、お願いしても良いでしょうか?」
瓦礫と化した魔王城を景色に、己の背後に控える存在へ軽く声をかける。断られる事なぞ無いのだが、シィナは彼女達を対等な立場として扱いたかったからだ。
そんな主の心境を分かっているのか居ないのか。
意識が堕ち行くシィナがこの時代最後に想ったのは、苦労をする原因である彼女の貌。もう微かにしか思い出せない過去に意識を向けながら、睫毛の伸びる瞳をそっと閉じた。
そうして自らの主が何時も通り、旅の終わりを受け入れたことを確認した彼女達は、清楚な白を基調とし、アクセントに黒を入れ込んだ給仕服を揺らし、柔らかなヘッドドレスを乗せた薄桃色の髪を垂らした頭を下げながら。
シィナより幾分か年上に見える、柔らかく微笑む顔を上げた後、後ろに倒れこむ様に意識を失った小さな少女を支え包み、その額に浮いた汗を優しく、優しく拭った。
「……」
暫く後、シィナが瞳を伏せ微かに寝息を立てている事を確認し、その白い顔に己の口を近付けると――。
■
瓦礫の散乱する元魔王城に残ったのは、幾人もの魔族達と、それを纏め指揮していたらしい王者の遺体。それに挑んだと思わしき数名のパーティーの無残な肉片と、帝国の聖女が好んで着ていた清楚な修道服だけであった。
その日、世界は一時の平和を勝ち取ったのだ。
……聖者の一団と叛逆者達の死を持って。
後に残った世界には、やはりと言うべきか。
均等な存在しか残らなかったのである。
短いですが、プロローグ2話です。
次話以降ストーリーが始まりますので、お読みいただけますと幸いかもです。