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たった一つの誠実な嘘

作者: 近蔦凛是

 笑いたくなるほどよく晴れた冬の朝。

 今日は特別な日になる。無意識についたため息はほんの数瞬だけ白く燻りすぐに霧散した。


 久しぶりに兄弟で酒を飲んだ。というか飲みすぎた。途中から記憶が曖昧だ。

 まさか、変なことは口走ってないとは思うが今日一日二日酔いの頭でそれでも笑顔を保っていなければならないと思うと気が滅入る。

 顔を洗って少しでも眠気を飛ばして慎重に髭を剃る。

 今の俺の状態だったら、さっくり頚動脈を切れそうな気がする。

 だからこそ、いつもより慎重に。


「あぁ耀二、ハヨゥ」


 後ろから突然かかった声に驚いて剃刀が滑った。

 しかし、さすが切れるんだか切れないんだかわからない三枚刃。幸い俺の顔には傷一つついてなかった。

 って、そんな場合じゃない。

「何やってんだよ兄貴!」

 思わず時刻を確認する。案の定、兄貴はすでに式場にいなければならない。

「んー、今起きた」

 そう言ってニコニコと笑っている。こいつはこーゆー奴だった。相手にするだけ無駄だ。

 俺は剃刀を放り出して居間から兄貴の携帯を持って戻ってくる。着信履歴が恐ろしいことになっているそれを突き出した。


「い・ま・す・ぐ!式場と美弥さんに連絡しろ!」


 間に合ったのが奇跡だ。

 自分の身支度もそこそこに兄・誠一を無事、式場の美弥さんの元に届けた俺は、ぐったりと親族席に座っていた。

 愛想笑いすら疲れすぎてできない。美弥さんにホント同情する。

 今日からあれの面倒を一手に引き受けるなんて。

 そんなことを思いながら嬉しそうに笑っている美弥さんを見つめていると不意に目が合った。途端ににっこりとそれこそ花が咲くように満面の笑みを浮かべた美弥さんに、俺はなぜか赤面してうつむいてしまう。


「耀二君、今日は本当にありがとうね」


 真っ白いドレスに身を包んだ美弥さんは本当に可愛い。

 とりあえず終わった披露宴。この後、二人はホテルに一泊して新婚旅行に出かける。イタリア、五泊七日の旅だそうだ。豪勢なことだ。

 友人や親族たちを送り出して、残るは両家家族だけ。母親たちはすでに荷物の撤収に入っている。

 美弥さんが俺の両手をとってはしゃいだ声で告げる感謝の言葉に苦笑する。

 高校時代からの付き合いで俺は美弥さんとも仲がいい。というより、兄貴を挟んで苦労を共にしてきたというか。だからこそ、この感慨はちょっと言葉では言い表せない。

 それと同時に胸の内に沸き起こる黒い感情から、今日くらいは目を逸らしたい。

 今、ここであの言葉を言わなくてどうする。今まで一度も言っていない。


 今日のこの良き日に。大切な愛すべき貴方達だけれど。一つだけ、嘘をつかせて。


「結婚おめでとう」


 嬉しそうに頬を染めて頷く美弥さん。その隣で照れくさそうに笑う兄貴。



 祝福の言葉なんて、嘘。

 気が狂うほどの恋情を押さえ込んで俺は静かに微笑む。


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