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恋つらたん短篇集~クリスマス2013年度企画など~  作者: イサギの人
【エイプリルフール短編】ヒナプリルフール
33/34

ヒナプリルフール


 4月1日にだけ、その人は現れる。

 美しい黒髪の乙女。

 ――彼女はその日だけ、僕の恋人になってくれた。



 僕は昔からずっと、体が弱かった。

 だから、僕はあまり友だちができなかった。

 そんな僕の前に現れたのは、まだ小さい頃の彼女だった。

 

 たまたま彼女も、入院をしていて。

 それで僕たちは、病院のサロンで知り合ったんだ。


 せっかくできた友達だったけど、彼女はすぐに退院するらしく、

 僕は寂しそうに笑いながらも、「そうなんだ、良かったね」と強がりを口にすると。

 彼女は「じゃあ、またあいにきます」と言ってくれた。


 仲良くなった人たちは、みんなそう言ってくれるけど。

 でも、そう言って来てくれた人は、ほとんどいないから。

「ありがとう」と口に出した僕の言葉は、やっぱり空虚だった。

 

 でも、彼女はまた来てくれた。

 彼女だけは来てくれた。


 美しい黒髪の乙女。

 まるで天使のような少女。


 彼女は僕にとってトクベツな存在だった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 冬のある日だ。

 大学入学資格検定の勉強をする僕の元に、彼女はきょうもやってきてくれた。


 この真っ白なひとりだけの病室は、その瞬間に華やぐ。

 そこにはまるで、まったく違った景色が広がっているような気がした。


 かじかんだ手をこすり合わせながら、「きょうも寒いね」と彼女は微笑む。

 マフラーを巻いて少し膨れた黒髪は、相変わらず絹のように美しかった。


「綺麗だな」とつぶやく僕の言葉に気づくと彼女は目を細めて笑う。

 それから窓の外を指し、「うん、真っ白に染まって、綺麗だよ」と言った。


 気づかなかったけれど、その日は初雪が降った日だったんだ。

 別にそんなことじゃないんだけどな、と思いながら、僕は窓の外を見やる。


 彼女に出会ってから、もうすぐで二年が経つ。

 

「ねえ」

「なあに?」

「君は、いつも来てくれるよね」

「そうだね」

「どうしてなの?」

「どうしてかなあ」


 ベッドの脇に座って文庫本を取り出す彼女は、「えへへ」と微笑む。

 その深い心根を知りたかったわけじゃないけど。


 僕にとって、彼女はトクベツだった。

 だから、彼女にとっても僕がトクベツであればいいのに、って。

 僕はそう思ったんだ。

 そう、思ってしまったから。


 ちょっと、卑怯な聞き方をしてしまった。

 僕は痛みには慣れているけれど、心の痛みにはひどく弱いから。


「ねえ」

「なあに?」

「君は、僕のことが好きだったり、する?」

「えへへ」


 彼女はくすぐったがるように笑う。

 

「そうかもしれない、です」

「……そ、そうなんだ」


 平静を装いながらも、僕の心臓はバクバクと鳴っていた。

 思わずナースコールを押してしまいそうになる。

 けれど、僕は彼女に言った。

 自然と言葉が口から出た、というのはまさにこういうことを言うのだろうと思った。

 

「あ、あのさ」

「?」

「よ、良かったら、僕の……恋人に、なって、くれる?」


 告白をした。

 人生で初めてのことだった。


 自分にまだそんな心が残っていたことが、ひどく意外だった。

 だって、彼女はトクベツだから。


 でもそんなことを言うと、彼女は少しだけ、悲しそうに目を伏せた。

 どうして。


秀文ひでふみさん」


 それは僕の名前。

 彼女は髪を耳にかけながら、悩ましげにつぶやいた。


 決定的な一言を。

 その柔らかな唇から、残酷な言葉を。


「わたしはもう、これまでみたいに、来ることはできません」


「そんな」


 僕はショックだった。

 冷水を浴びせられたような気がした。


 軽はずみな告白が、彼女を傷つけたのだ。

 きっとそうだ。


 こんな僕の醜い欲望があらわになってしまったから。

 さっきまでの幸せな気持ちは、とうにない。


 謝らなければ。

 でも、なんて言えばいい?

 

 僕にはわからない。

 ただ震える手をシーツで隠すのが、精一杯だった。


 でも、彼女はそんな僕の心も見透かしたように笑う。

 黒髪の乙女は、こう言った。


「でも、恋人にはなれます」

「……え?」


 右手と左手を胸の前に掲げ、彼女は指を立てた。

 それは、四と一。


「4月1日だけ、わたしは、秀文さんの、秀文さんだけの恋人になります。

 その日だけ、わたしはあなたのために、この病院に来ます。

 ……それじゃあ、だめですか?」


 僕はなにも言えなかった。

 


 4月1日にだけ、その人は現れる。

 美しい黒髪の乙女。

 ――彼女はその日だけ、僕の恋人になってくれた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 4月1日は、何の日か。

 世間に慣れていない僕だって、さすがに知っている。


 その日は『エイプリルフール』だ。

 

 一年に一度だけ『嘘をついても良い』という日。

 もちろん僕には、今まで縁がなかったけど。


 彼女はその日だけ、恋人になってくれるのなら。

 一体彼女は、なにに嘘をついているのだろう。

 誰に嘘をついているのだろうか。

 どんな嘘をついて、僕の元に来るのだろうか。

 僕にはわからない。


 でも。

 それでも僕は、彼女と離れたくないと思った。

 だから。


 髪を撫でてくれる彼女の指の感触を味わいながら、僕は目を閉じた。

 彼女はベッドサイドに座り、寝転ぶ僕に膝枕をしてくれている。


 時折「ふふっ」と笑うけれど、一体なにが楽しいんだろう。

 でも、僕も嬉しくなってくる。


 彼女といるときは、楽しい。

 その間ずっと、彼女は僕に『恋人の嘘』をついてくれる。


 僕は彼女を手に入れたような気分になれる。

 まるでこの病弱な体を脱ぎ捨てて、完全な人間になれたような心地がする。


 学校がある日は、彼女は夕方にやってくる。

 それから面会時間が終わるまでの間、彼女は僕の心を甘やかす。

 

 たった数時間の逢瀬。

 織姫と彦星よりも短い、恋人の時間。


 一日が終わると、二日から僕は次の四月一日を想って生きる。

 彼女が会いに来てくれるその時間まで、僕は一体何ができるかを考えながら生きた。


 不思議と僕の体には、活力が溢れていた。

 一年に一日しか逢えないのに。

 一年に一日しか逢えないから。

 僕はその日のために、精一杯生きてゆく。


 一年ごとに、僕は彼女の中の僕を、塗り替えようとして。

 僕は努力をした。

 なにかをしなければと思って、その熱情に突き動かされた。

 こんな気持ちは、初めてだった。


 もしかしたらこの4月1日の『嘘』が『本当』になるかもしれないって思って。

 そんな夢想を抱いて。

 


 でも。

 そうは、ならなかった。


 ならなかったんだ。

 


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 おめでとう、という声がする。

 医師や看護師さんたちの声だ。


 僕は病院の入り口に立ち、皆に頭を下げた。

 長く、長くお世話になったこの病院に別れを告げるのだ。


 きょうは3月31日。

 僕はついに、退院することができた。


 お医者さんは「まるで奇跡だ」と言っていた。

「こんな事例はなかった」と喜んでいた。


 両親も喜んでくれたし、僕も嬉しかった。

 でも僕だけは知っている。

 どうして急に快方に向かったのかを。

 辛いリハビリや療養を終えることができたのも、すべては彼女のためだ。

 ううん、違う。

 そんなごまかしは、いらない。

 全部、僕自身のためだ。


 もっと彼女といられたら。

 もっと彼女と遊べたら。

 もっと彼女と色んな場所にいけたら。

 もっと彼女に会えたら。


 それは僕自身のエゴだ。

 僕自身の望みだ。

 

 僕はそのためだけに努力した。

 そうして、ついにそれが叶ったのだ。


 明日、4月1日。

 僕はこの病院の前で、彼女を待とうと思う。


 とびきり、驚かせてやるんだ。

 一年間待っていた僕にとって、一日なんてあっという間のはずなのに。

 今は、なによりも一日が長かった。

 

 ああ、早く明日が来ないかな。

 


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 


 病院の前に立って、彼女を待つ。

 花束のひとつでも持っておけば、だなんて。

 さすがにそれはカッコつけ過ぎかな。

 でも恋人だしなあ……。


 なんて、そんなくだらないことを思って。

 僕はしばらく待っていた。


 夕方になってきて。

 どんどんと緊張が高まってゆく。

 

 心臓はバクバクで。

 このまま病院にとんぼ返りはしたくないなあ、って思って。


 やっぱり長い時間が過ぎちゃって。

 日の沈みつつある坂の向こうから、やってきたんだ。


 あの黒髪の乙女がさ。

 でも。


 それは、僕の望む姿では。

 なかった。



 彼女の隣には、知らない男がいた。

 いや、僕の知っている人なんて、ほとんどいないんだけど。


 でも、それはなんていうか。

 間違いなく、お父さんとか、お兄さんとかではないようで。


 なんて言えばいいんだろう。

 僕はそれを見て、こう思ったんだ。

 

 ……彼女の恋人なのかな、って。

 

 

 手を繋ぎながらやってきた彼女が、その男を見る目は、まるで恋をしているようで。

 いや、たぶん。

 あれが本当に、恋をしている目なんだと、僕は思った。

 そういう風に、思っちゃったんだ。


 僕とは違う。

 全然違う。


 あの人が、本当に彼女の恋人なんだ。

 きっとそうだ。


 ははは。


 僕は、『嘘』の、4月1日だけの恋人だ。

 最初からそういう話だったじゃないか。


 だから、これが本当のことなんだ。

 そうだったんだ。



 物陰に隠れた僕に気づかず。

 彼女は病院の前で男と別れて、すまし顔で院内へと入っていった。


 僕はその場から、逃げ出した。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 僕は、夜まで街をさまよった。

 こんなもの、ドラマの中の出来事だとばかり思っていたけど。


 実際、ホントにあるもんなんだな、って。

 頭の中が真っ白になって。


 彼女の姿が何度も何度も脳裏に浮かんで。

 でもその微笑みは、僕に向けられたものじゃないんだ。


 ひどい気分だった。

 どこをどう歩いたかも、わかっていなかった。

 それはそれで、すごく新鮮な気分ではあったんだけど。

 楽しむ余裕なんて、なかった。


 夜の街をひとりで歩くと、寂しくてたまらなかったけど。

 でも、僕には隣に立ってくれる女の子は、いないから。


 寂しくて。

 悲しくて。


 道路にうずくまってしまっていたそんな僕の前に。


「秀文さん」


 ――彼女が、腰をかがめて、僕の顔を覗き込んでいた。

 とてもきれいな、彼女が。




「……」

「こんなところに、いたんですか?」


 彼女が、心配そうに僕を見ている。

 この僕を見ている。


 そのことにもどかしさと、若干の心地良さを感じてしまう。

 僕はだめなやつだ。


「病院にいったら、もう退院したって言ってて。

 それでわたし、嬉しくなって。

 でも、秀文さん、どこにもいなかったし。

 どうしてこんなところに、いるの?

 体に、障っちゃうよ」

「僕は」


 僕は。

 情けない。

 

 でも口から出た。


「見ちゃったんだ……君の、隣に、男の人がいるのを」

「……そうなんだ」


 外から見た彼女は、ショックを受けているようには見えなかった。

 弁明も、抗弁もせずに。

 ただ残念そうに、眉をひそめていた。

 それだけのように、見えた。


 僕は思わず拳を握り締めてしまう。


「どうして……」

「……」

「なんでなんだよ……」

「……」

「天使だと、思ってたのに……」

「……」


 悔しくて、涙がこぼれた。

 どうして自分を騙していたのか。


 なんでそんなことをしていたのか。

 もうわけがわからなかった。


 彼女のためにと思って、僕は頑張っていて。

 でも結局自分のためにとわかっていて、それで頑張っていて。


 なのに。

 報われなかったからなんて、自分勝手にもほどがあるけど。


 僕は辛かった。

 彼女が僕だけのものになってくれるだなんて、そんな甘い幻想を抱いていたのだ。

 あまりにも世の中を知らなさすぎた僕のせいだ。

 それを彼女にぶつける自分が、悲しかった。


 僕はガキだ。

 でもしょうがないじゃないか。

 僕はガキなんだから。


「きょうは、4月1日じゃないか……」

「……」

「僕だけの恋人で、いてくれる、って……」

「秀文さん」


 彼女は口を開いた。

 それはたぶん、僕が聞きたくない言葉だ。


 こんなところにまで、探しに来てくれて。

 そんな優しい彼女は、優しいから。


 きっと、結論を出そうとしてくれている。

 ここからまた、僕が歩き出せるように。


 きっと、聞かなくちゃいけない。

 この関係を終わらせるために、そうしなくちゃ。


「わたしは、あなたが思っているような、人じゃないんです。

 天使なんかじゃありません。

 わたしも、同じ人間なんです」

「……そんな」

「今までずっと、ごめんなさい。

 騙していたつもりではないんです。

 だから、4月1日以外は、あなたに会わないように、決めていたんです」


 それは事実、彼女が男を恋人だと、認めているような発言にも聞こえて。

 そう言わせるために誘導したはずなのに、聞きたくなくて。


「それも、嘘、なんでしょう?

 だって、きょうは、『エイプリルフール』で……。

 だから、きっとそれも……嘘、で……」


 彼女はふいに、微笑んだ。

 それはまさしく、天使のような――としか表現のできない笑みだった。


「わたしも、楽しかったです、秀文さん。

 とても良い時間を、過ごせました」


 それが嘘であれば、どんなに良かったことだろう。

 僕は思わず携帯電話を開いた。 


「……藤井ヒナ、さん」


 時刻を確かめて、そして、僕は崩れ落ちる。

 

 日付はもう、4月2日に、変わっていた。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 

 それから四年が経った。


 僕は大学卒業後に、恋人と結婚をした。

 式をあげた日は、4月1日。

「『エイプリルフール』に結婚式だなんて」と彼女は笑っていた。

 僕は「いいじゃないか」と笑った。


 彼女とは、大学の二年生のときにゼミで知り合った。

 とても素朴で、笑うとえくぼができる、大人しい子だった。

 その長い黒髪に惹かれたのを覚えている。


 たぶんきっと、藤井さんの面影を見たんだと思う。

 

 大学生活で、たくさんの友達も増えた。

 僕はたぶん今、幸せだったんだろう。

 あの初恋の傷だって、癒えた。

 だって今、僕の隣には、本当の恋人がいるのだから。


 4月1日だけではない。

 ずっとずっと、僕の隣にいてくれて、僕を支えてくれる彼女。


 僕たちはきょうから、共に歩いてゆくのだ。

 ふたりで、一緒に。


 挙式の日に4月1日を選んだのは、感傷だ。

 だけど、それだけじゃない。

 

 この日に『本物』の誓いをすれば、僕は前に進めるって思っていたんだ。

 あの日の嘘を、乗り越えられる気がして。

 彼女と二人なら、乗り越えられる気がして。

 だから僕は、この4月1日に立ち向かったんだ。


 

 タキシードを着た僕は彼女に笑いかける。

 ウェディングドレス姿の彼女も僕に微笑んでくれる。


 紛れもなく、これが幸せなんだ。

 きっと、そうだ。


 式の最後に、僕はたくさんの祝電をもらったけれど。

 その中にひとつ、差出人の名前がないものがあった。


 僕はドキッとした。

 まさかそんなはずないと思うけど。


 彼女が僕の今を知っているはずがない。

 あれからもう四年も経ったのに。


 杞憂だ。

 そうに決まっている。


 その電報には、こう書かれていた。


『あなたのことが、好きでした。

 どうぞ末永く、お幸せに』


 その一文に、僕は心を奪われた。

 妻となった女性は、僕の態度がおかしいことには気づいていただろうけど。

 でも深く詮索をして来たりはしなかった。聡明な女性だ。


 僕もすぐに気づく。

 

 そうだ。

 知っている。

 きょうは『エイプリルフール』じゃないか。


 これはきっと彼女なりの離別だ。

 そうだ。ふたりの思い出はなにもかもが『嘘』だったと。

 そう伝えたいだけなんだ。


 最後に送られたその言葉に、僕は思わず苦笑した。

 なんて子だ。

 人の心を振り回して、とんだ悪女だな。


 でもそんな子が好きだったのは、僕だ。

 そんな僕を救ってくれたのは、彼女だった。


 彼女がいなければ、僕は今でもずっとあの病院のベッドに横たわっていただろう。

 そうして、未来も希望も抱けずに、窓の外を眺めていたのだ。


 人を好きになる喜びも。

 人に好きになってもらう喜びも。


 愛する人を失う悲しみも。

 なにもかも知らなかったままだ。


 彼女が『嘘』をついていたのかもしれない。

 でも、彼女は、嘘じゃなかった。


 藤井ヒナは、いた。

 僕のそばに、いてくれたんだ。


「……ありがとう」


 僕は、小さくつぶやいた。

 だって、そうじゃないか。


 許されるべきだろう?

『エイプリルフールについた嘘』はさ。


 僕の後ろから、さすがにたまりかねて、妻が覗き込んでくる。

 その文面を読んで、少し眉根を寄せたようだったけど。


「昔の話さ」と僕が言うと、彼女は子どものイタズラを咎めるような、視線を向けてきた。

 目が合って、僕たちは笑う。


「あら」

「なんだい?」

「ねえ、この電報、少しヘンじゃない?」

「ああ、そうだね。差出人の名前がないんだ」

「そうじゃなくて、ほら、ここ」

「え?」

 

 裏返す。

 するとそこには。


 電報の着日が指定された日付が記入されている。

 きょうは4月1日だ。

 だから、当然、そう書いてあるべきなんだけど。


 そこにあったのは――。


「……」


 彼女の天使のような微笑みが、脳裏に浮かぶ。

 長い黒髪を耳にかけ、彼女だけのトクベツな声音で、ささやくように。



『あなたのことが、好きでした。

 どうぞ末永く、お幸せに』



 藤井ヒナの微笑みが、僕の胸を締めつけた。

 


 ――3月32日。


 僕の中のなにかが暖かく脈打った。

 そんな、春の日の出来事だった。



 



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 



ヒナさん「なんてことも、ありましたね……」


シュルツ「なにを語るかと思えば」


ヒナさん「幸せな恋でした」


シュルツ「ヒナさんが病弱で素直な青年を騙していたっていうだけの話か」


ヒナさん「ステキな純愛じゃないですか!?」


シュルツ「いやそんな荒唐無稽な話はいいとしてさ」


ヒナさん「わたしのステキな思い出が荒唐無稽……?」


シュルツ「ずっと気になってたんだけど」


ヒナさん「はい」


シュルツ「あのさ……途中で物語が飛ぶじゃない? 四年後に」


ヒナさん「そうですね。あの人のその後を突き止めるのは、それほど大変じゃなかったですよ?」


シュルツ「だろうよ。この際それは置いとくとして。……えっと、その結婚式っていつの話?」


ヒナさん「ついこないだですよ」


シュルツ「…………じゃあ、その入院していた男がヒナさんに告白したのって四年前より、もっと前?」


ヒナさん「そうですね、わたしが小学三年生の頃でしたねー」


シュルツ「ただのロリコンじゃん! 台無しだよ! なんだよそれ! なにが美しい黒髪の乙女だよ! ちょっといい話っぽかったのに! ロリコンかよ! 台無しだよ!」


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