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恋つらたん短篇集~クリスマス2013年度企画など~  作者: イサギの人
【雛祭り短編】藤井ヒナ祭り
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藤井ヒナ祭り

 3月3日。

 春めいた日差しの差し込む一軒家のリビングにて、小学生にあがったばかりの髪をくくった少女が、小さな体を左右に揺らしながら、お歌を口ずさんでいた。

 やってきた母親は、そんな娘の微笑ましい姿を見て、幸せそうに目を細めて笑う。


「あかりちゃん、楽しそうね」

「うんっ!」

 

 えへへとぷにぷにの頬を緩ませる少女は、手に何かを抱えていた。

 その人形は、長く黒い髪を後ろに流し、どちらかというと今風の女児向け玩具のような可愛い顔をしていた。身につけているものは、古来から日本に伝わる伝統的な衣装だ。


 3月3日は桃の節句。女子のすこやかな成長を祈る年中行事である。

 ひな人形と桃の花を飾り、雛あられや菱餅などを皆で食す、のだが。

 近年では居住スペースの縮小化や廃れてゆく伝統文化によって、わざわざひとつの家でひな人形を飾り立てるというものは、なかなか見られたものではない。

 しかしそれもついこないだまでの話だ。

 

 ここ数年では、急速にひな祭りを復興しようという動きが、日本全国で盛り上がっていた。

 ひな祭りが国民の祝日となったのも、一昨年の話である。

 これに伴い、『女の子のお祭り』から『すべての生きとしいける人間』のためのお祭に変わったのも、記憶に新しいだろう。

 というわけで、今やクリスマスやバレンタインデー、お正月に負けずとも劣らないほどの認知度を得た、ひな祭りであるが。


「おひなさま!」

「あらあら、可愛いお雛様ね」

「違うよ、ママ!」

 

 敏い少女は母親の言葉の微妙なニュアンスの違いに気づき、にっこりと笑いながら訂正する。


「おヒナさまだよぅ!」

「あらあら、まあまあ」

 

 温厚そうな顔をした母親は、頬に手を当てながら窓から青空を見上げた。


「そうね、今はもう『ヒナ祭り』だものね」

 

 3月3日は桃の節句。

 そして現在は、全世界的に『藤井ヒナ』を祝うお祭りのことであった。

 





 乙女つらたん外伝

『藤井ヒナ祭り』





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 全世界の国家の垣根が完全に取り払われたのは、5年前のことであった。

 そこに一体どんな陰謀や策謀、軍事・政治的な駆け引きが起きていたのかは、我々にはあずかり知らぬところであるが、ただひとりもっとも世界平和のために尽力した人物の名をあげるならば、我々はひとりの女子高生を語らねばならないだろう。

 世界がわずかに動き出したその当時は、どんなに詳しい政治家やジャーナリストも存在を否定をしていた『伝説の少女』だが、それだけに彼女が表舞台に現れたその瞬間は全世界がこぞって彼女を取り上げていた。

 名を藤井ヒナ。当時??才であった自称『平凡』で『地味』な娘である。


 一体どんな手品を(あるいは魔法を)使ったのかはわからないが、藤井ヒナはありとあらゆる内外の交渉を一手に引き受け、その才気はかつてプロパガンダの天才と呼ばれたちょびひげのおじさんをたやすく凌駕するほどの手腕であった。

 全世界は藤井ヒナの元にひとつとなり、争いも足の引っ張り合いも思想や宗教の違いによる軋みさえも、彼女が説得するとまるでジョークのようにぴたりと止まった。

 さらに恐ろしいことに彼女は一切のそれこそたったひとりの敵を作ることもなくそのことをやってのけていたのである。

 藤井ヒナに対するバッシングは言論封殺しているのではないかと思われるほどに表層化することはなかった。それどころかネットの中の掃き溜めと呼ばれる1スレッドの中でさえたったの一言も言語化しているものはなかった。この、名が売れればその約半数はアンチになってしまうと言われた現代社会で、である。サイバー警察が巡回し、かたっぱしから削除をしているのではないかとそう疑うものさえも、たったのひとりもいなかった。

 全世界は藤井ヒナという人物の出現を、餓死寸前の砂漠で与えられたコップの水のように歓迎し、ありとあらゆる人物が藤井ヒナを崇め奉った。文明の崩壊と滅亡の危機に瀕した人類の元に天から舞い降りた天使のようだと、ある政治屋は語っていた。

 藤井ヒナは『愛』ただそれだけで世界を、六十億の人間を統一した。


 やがて人類は、連邦国家『地球連邦』を発足する。

 藤井ヒナがその初代連邦大統領に就任したのは、20??年3月3日のことだった。

 

 かくして3月3日は全世界的に、

『ヒナ祭り』と呼ばれることになったのだが――。



 ともあれ、一軒家で仲睦まじくヒナ人形を飾る母娘には、そんな経緯はまるで関係ないことである。

 彼女たちは国民の休日であるヒナ祭りを、ぞんぶんに楽しむつもりであった。

 

「ヒナちゃん、キレイキレイにしてあげないとね!」

「あらあら」


 少女はヒナ人形の髪をブラシで整えながら笑う。

 ヒナ祭りには、決まった手順はない。

 一般的に流通されているヒナ人形は小さなサイズで、まさにお雛様を模しているものが多いが、それだけではなく、中には大きなお友だち用に等身大サイズであり、実際の洋服を着せ替えできるものなどもあった。なかなか良い値が張るはずだが、成人男性の約4割が所持していると言われ、その普及率は自動車を上回る。

 藤井ヒナ等身大人形所持資格は国家資格によって管理されており、これは18才になった暁に、受験の終わった高校生や入学前の大学生が一斉に藤井ヒナ等身大人形取り扱い教習所に向かい、あるいは合宿によって免許を取るのが通説とされていた。

 その素材や材質、手触りなどもまた一種のステータスであり、海外のカリスマモデラーがひとつひとつ手作りする藤井ヒナ人形などは一体数千万から億の値段をつくほどの価値があると言われていた。

 

 話を戻そう。


 ヒナ祭りに決まった手順がないというのも、それぞれが思い思いの方法で藤井ヒナを愛すれば良いのだという藤井ヒナのお言葉の通りである。すなわち地球連邦の国民はすべからくその啓示を守り続けているのだ。

 ここで日本各地のヒナ祭りのあり方について、少し言及をしておこう。


 秋葉原のヒナ祭り、秋田のナマハゲヒナ祭り、そして鳥取の流しヒナ祭りの三つを合わせて、日本三大ヒナ祭りと呼ばれている。


 秋葉原のヒナ祭りはもっとも知名度があり、大々的に行なわれるものだ。

 いわゆるリオのカーニバルの流れを組むパレード的なお祭りであり、思い思いの藤井ヒナの格好をした老若男女が練り歩くというものである。

 このたぐいの祭りは世界各地にあり、日本のオリジナリティというものは少ないが、しかし藤井ヒナが日本人だけあって、世界でも飛び抜けてクオリティが高いと言われることが日本人たちは密かな自慢だと言う。

 中には藤井ヒナの扮したアニメキャラクターや、藤井ヒナが着込んだモビルスーツ、という体でパレードに参加しているものもあり、もはやものまね芸人のかくし芸じみた有り様を隠せないということで、純粋性が失われてしまっていることが多少アレであるが。


 次に秋田のナマハゲヒナ祭りである。

 本来は小正月に行なわれる『なまはげ』であるが、何の因果かそのふたつがミックスされて新たなヒナ祭りとして世に送り出されたのである。

 当初は地元の商工会の悪ふざけというか、藤井ヒナへの愛が暴走した結果、と言われるような行事であったが、それが爆発的に大ヒットしたことにより、今では日本三大ヒナ祭りにまで上り詰めたのだ。

 内容は至ってシンプルである。3月3日、秋田選りすぐりの美少女――女子高生に限らず、小学生や中学生なども参加可である――たちが、藤井ヒナに扮して、あちこちのお宅にお邪魔するのである。

 そうして「泣く子はいねーがー」ならぬ「愛が欲しい人はいませんかー」と呼びかけ、出てきたお宅の見知らぬ方々に天使のような笑みを浮かべながら、握手なりハグなり頬にキスなりをしてゆく行事だ。

 これはまさに藤井ヒナの普遍的な愛の形を示していると言われ、国内よりもむしろ国外において大きく取り上げられていた。

 また、藤井ヒナ役の美少女たちも、自らが藤井ヒナの愛の一端を演じることができるとして、今後はますます成り手が増加の一途をたどり、日本全国どころか世界各地から藤井ヒナ鬼役を射止めたい美少女たちが集まってくると予想されている。

 藤井ヒナ役の美少女も、愛を与えられる地域住民も、あるいは商工会も潤って、誰もがハッピーになることができる上で、精神性においてもっとも藤井ヒナ祭りの理想に近いと言われているのが、このナマハゲヒナ祭りだった。


 そして最後の流しヒナ祭りであるが。

 これに関しては、今までのものと多少ルーツが異なる。

 上記のふたつのお祭りがヒナ祭りということで新たに作られたことに対し、流しヒナ祭りは、もともと日本各地で行なわれていた流し雛を、藤井ヒナに当てはめただけのものであった。

 流し雛とは雛祭りの元となったと言われる行事で、ひな人形を自らの身代わりとして川に流すことによって、己の身の穢れを清めるための民俗行事であった。

 ヒナ祭りと雛祭りを安易に掛けあわせたこのお祭りは、大きな反発を呼んだ。

 当然である。地球連邦大統領である藤井ヒナの人形に呪いをかぶせ、川に流すお祭りだ。あまりにも浅慮だと言わざるをえない。むしろなぜ叩かれないと思ったのが、そちらのほうが知りたいくらいだ。

 それなのに性懲りもなく翌年も開催した度胸は買うけれど、また炎上宣伝をするのだろうか、と一部の義憤を抱いたものたちが目を爛々と輝かせて見守っていた頃だった。

 会場に藤井ヒナが現れたのだ。

 彼女は流しヒナをベタ褒めし、自らが皆の代わりに不幸をかぶれるのなら、こんなに幸せなことはないという演説を行なった。

 愛とは相手の痛みを背負うこと、愛とは慈しみの心、そういったことをとうとうと語る藤井ヒナによって、この流しヒナ祭りは日本三大ヒナ祭りのひとつとなったのだ。

 今ではヒナ人形を処分するための都合の良いお祭りとして活用されており、全世界から使い古したヒナ人形を抱いて人々が訪れ、涙ながらに別れの言葉を口にして、彼女を川に流すのである。

 その光景は一種独特でありながら、哀切に満ちており、長く付き合ったヒナ人形を手放すことにより、また新たなる藤井ヒナとともに過ごすという再生の意味合いも含まれていて、日本人の侘び寂びを端的に表した行事として、やはり人気が高い。



 このように、日本各地にはご当地ヒナ祭りがあり、思い思いの方法でヒナ祭りを祝っているのである。

 この母娘のように、ヒナ人形を胸に抱きながら、雛あられや菱餅を食べて、無病息災を祈るのもまた、ヒナ祭りの一種なのである。


 そのとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 母親は席を立ち、玄関に向かう、と。


「おはようございますー」

「えっ、えっえっ」

 

 そこで見たのは、まさかまさか……。

 黒髪の美少女。ひらひらの着物はまるでお雛様のようだ。大統領就任以来まるで老いた気配もなく、それどころかますますハツラツとした笑顔を浮かべている……。


「藤井ヒナ、さま!?」

「えへへー、来ちゃいましたー」


 舌を出して笑う彼女は、SPも連れずに、たったひとりで玄関に立っていた。

 それなりにヒナ祭りに参加し、ヒナのコスプレイヤーたちを眺めてきた母親であったが、目の前に立つ藤井ヒナはまさに一目で本人とわかるほどの圧倒的なオーラ力であり、桃色の雰囲気を漂わせて空間にハートをまき散らす彼女の姿を見て、思わず胸をドキッとしてしまう。


「え、や、やだ、こんな、急に、どうしましょう」

「えへへ、突然お邪魔して、ごめんなさい。

 でも、ちょっとサプライズしちゃいたくて、えへ」

 

 藤井ヒナが懐から取り出したのは、小さな手紙だった。

 それは母親も知っている。藤井ヒナに宛てたファンレターである。娘が書いたものだ。


「あかりちゃん、今、おうちにいらっしゃいます?」

「え、ええ、どうぞどうぞ、とっても喜ぶと思いますっ」


 髪型を整えながらスリッパを差し出す母親に、藤井ヒナは丁寧に腰を折ると、ニコニコと部屋にあがる。


 その後、本物の藤井ヒナを見た小学生の娘は、まるで本物のプリキュアを見た女児のように興奮して、「えっ、どうして! ヒナちゃん、どうしてここにいるのー! どうしてー!」と目を回しながらヒナを歓迎した。

 ヒナたち三人は様々なゲームをして遊び、ヒナ祭りを思う存分満喫した。

 別れ際あかりは「あたし、将来ヒナちゃんみたいな人になりたいの!」と宣言し、ヒナから優しい微笑みを浴びていたのだった。


 この日、藤井ヒナはあかり宅だけではなく、他にも世界各地3000軒の子どもたちの家にお邪魔したと言われている。しかしどう考えても滞在時間との兼ね合いで24時間に収まらない数のはずだが、それについて言及するものはやはりたったのひとりもいなかった。


 藤井ヒナの伝説はこの日、もうひとつ増えたのだった。







 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






シュルツ「……という、ツッコミ不在の夢を見たんだ」


ヒナさん「あらあ」


シュルツ「なんか最近ボク、変な夢ばっかり見るんだよ。疲れているのかな。いやそりゃ疲れているんだろうけど、そろそろやばいのかな。限界を越えた限界のシュルツかな」


ヒナさん「うーん」


シュルツ「ヒナさんが世界を征服した夢とか、どんだけの悪夢だよ。もうこの世はおしまいだ」


ヒナさん「でもでも、あんまり、素敵な世界じゃないですよねぇ」


シュルツ「えっ、ヒナさんがそれを言うの?」


ヒナさん「だってだって、地味で平凡なわたしがすごく目立っちゃっているんですよね?」


シュルツ「その地味で平凡っていうのもそろそろ聞き飽きてきたけど、まあそう」


ヒナさん「皆さんがわたしに憧れて、皆さんがわたしのことを好きなんですよね?」


シュルツ「そのようだったよ。ボクはガラスの檻の中でその光景を見守りながら、たぶんガタガタと震えていたよ」


ヒナさん「だったらやっぱり、あんまり素敵じゃないですよねえ」


シュルツ「だからなんでさ。みんながキミの意のままに動くんだから、そりゃもう素晴らしいでしょ。ビッチ連邦だよ。完全に洗脳だよ。あんな小さな女の子まで将来クソビッチ宣言してたんだよ。かわいそうに」


ヒナさん「えーでもでもー。だって、そんなの愛のカタチがひとつしかなくなっちゃうじゃないですかー」


シュルツ「……ん?」


ヒナさん「愛っていうのは、男性同士、女性同士、異性同士、様々な形があって、様々な身分の人がいて、様々な物語があるからこそ、素敵なんです。人ひとり好みが違うから、素晴らしいんです。それなのに、みんながわたしのことを好きだったら、わたし、わたし……!」


シュルツ「えっと」


ヒナさん「女子小学生の子が、クラスのちょっとくたびれている感じの教師に恋をしたりだとか、そういうのがなくなっちゃうんだったらわたし、どうすればいいんですかっ!」


シュルツ「知らねえよ」


ヒナさん「わたしも、もっともっと色んな人に恋したいですもん! すごく冷たく、足蹴にしてくるような人もいなくなっちゃうってことですよね!? そんなのだめです!」


シュルツ「ヒナさん」


ヒナさん「はい?」


シュルツ「Mなの?」


ヒナさん「えーっと、わたしは、しいて言えば」


シュルツ「言えば?」


ヒナさん「なんでもだいじょうぶです」


シュルツ「ですよね」


ヒナさん「あ、そういえば、ひな祭りと言えばわたし、こんなエピソードもあるんですけと」


シュルツ「もうこれ以上はやめよう。さあ、乙女ゲーを進めようじゃないか。この世界から脱出するために」



 シュルツは静かに乙女ゲーを起動する。

 夢よりおぞましい現実がここにはあったのだった……。



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