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5.骨董品にべらぼうな値段が付くことがあるけど値段が付くってことはその値段で買う人がいるってことだけどはたしてン億円の値段が付いたものを買ってくれる人を見つけるなんて宝くじの当選確率の低さと等しい

「呪いの壺?」

「はい、暗い時にその壺の前を一人で通ると、中から誰のものとも知れない手が出ていたり、生首が出て来てこちらを睨んでいるとか……」

 最近、使用人たちの間でそんな気になる噂がささやかれるようになった。

 僕の周囲にはいつもなにかしら家の人間がいることが多いので、使用人たちのような体験談に遭遇していない。

 しかし、小悪魔なる不可解な存在が常駐している以上、呪いなんて馬鹿馬鹿しいと簡単にあしらえる人間が千年院家の使用人にはいない。全員が本当にあったこととして喋っているのだ。

 そんな気味の悪い壺なら倉庫の片隅にでも仕舞うか、せめて人が来ないような場所にこっそりと置けばいいと思うだろう。

 だが、難しい問題がある。件の壺は、旅先で祖父が無駄遣いを嫌う祖母を説得して買ったお気に入りの壺で、家の中でも特別目立つ場所に飾ることを頑として譲らず、無下に扱うことができない。

 おまけに祖父母は寝るのが早いので、暗くなる時間になった後の事は知ったことではないと怖がっておらず、この問題について取り扱うつもりがない。

 そうして消去法で残る家の人間である僕の方へと白羽の矢が立てられた。

 話によれば、怖がって夜勤を嫌がる人が使用人が多発し、あちこちで夜間の業務に支障が出始めているらしい。

 普段サボるような使用人達じゃないし、なにより呪いの壺が怖いじゃしている仕事の面子が立たない。使用人たちが口裏を合わせて嘘をついている線は考えづらい。

 不安に脅える使用人を護るのは雇用主の責任ということで、壺の問題を解決することになった。

 まずはプランAからだ。


・プランA『祖父に壺を片づけてもらうよう頼む』


「それはならん! 儂が婆さんにに拝み倒してやっと買ってもらったんじゃ。値段もそこそこ張った。いまさら取り下げられん」

 意地とプライドを張り過ぎたせいで引っ込みがつかなくなったらしい。――失敗。

 ええい! 次、プランB!


・プランB『祖母にも頼む』


「わたしゃ反対したのに爺さんときたら、『買わない!』といったら人の行交う往来で子供みたいに駄々をこねて……、もう知らん、爺さんの勝手にさせときなさい!」

 祖母は祖父に御立腹で、我関せずの状態だった。

 これも失敗、残るプランCか。

 やだなあ、プランC。

 プランCは……。


「嫌ですよ坊ちゃん。フィスにそれは勤務外労働ですよ。何ですか、『呪いの壺の呪いを何とかしてほしい』って? 小悪魔に霊媒の真似事させるって、ふざけてるんデスか!」

 ……プランCは、『フィスに任せてなんとかする』だった。

 仮に解決したしたとしても、一番不安が残る道だ。できることなら選びたくなかった。

「そこを頼むよ。ちゃんと見合った報酬を払うから」

 本来、祓われる側の小悪魔とは逆の立場に立つことに不満アリアリのフィス。これはさすがに無理もない。

 だけど 知っている中でそう言った類の事にこれ程といって精通している詳しい人物がフィスの他には思い当たらなかった。

「まあ、契約の事があるんで、フィスが坊ちゃんの頼みを断ることは出来ないんデスけどね。

 この案件ならパパッと済みそうなので受けるデスよ。坊っちゃんの言葉通りに見合った報酬なら、対価はしょぼいことになりそうデスが」

「分かったよ。内容にも寄るけど、報酬に関してはある程度譲歩するよ」

 グチグチしながらも、引き受けてくれるようだ。

「だったら、対価を受け取る以上は悪魔としてもお仕事しないといけないデスね。ふむふむ、この壺がそうですか……」

 妥当以上の対価を支払っているのならば、このメイドはキチンと頼まれた依頼をこなしてくれる。普段油断ならないが、その点だけは評価できる。

「あれ? いつも通っている場所にあったし見ていないの?」

「フィスはこの壺見たけど見てないデスよ。見て見ぬ振りなんてね、見てって付いていても見ていることなんてそんなにないんデス。

 調べさせてもらうですよ」

 それからフィスは、僕から背を向けて壺を、眺め、見つめ、触り、なぞり、持ち上げ、持ち下し、時に怪しく手をかざす。

 そうして鑑定すること約十分。壺の鑑定が済んだフィスは僕へと向き直る。

「坊っちゃん、分かりましたよこの壺の事」

「どうだった?」

 なにが分かったのか早く知りたい。

「ただの低級霊がこの壺に憑りついて脅していただけデスね。実害とか起こせそうにないぐらいしょぼい奴でしたよ」

 ふう、害の無い奴で助かった。これで人に悪さをするような類の霊だったら――。


「――まったく。バラバラ殺人事件で亡くなった人の怨念程度でこんなに騒いでいたとか馬鹿馬鹿しい」


「ええっ!?」

 なにそれ怖い。怨霊って言ったよね!?

 音量とかじゃなくて、怨念とか怨みとか怨嗟とかで使う「怨」の字のが使われている方の。

 百歩譲った所で、全然危険はなくなりそうにないんですけど!

「聞こえませんでしたか? 詳しく申し上げるのならば、彼女と浮気相手そのどちらともを孕ませてしまい、痴情がもつれたドロドロの三角関係になったうえ、彼女と浮気相手が結託し、苦しんで死ねるようにバスタブの中でその二人に溺死させられ、身元を不明にさせる為に身体を数十センチのサイコロ状になるまで切り刻まれた後、炎天下の中、死骸がドロドロに腐るまで壺の中に入ったままにされた男の怨霊デスけど。

 こんな事件、昔の記憶を遡っても聞き覚えがないデス。きっと発覚すらされていない未解決事件デスね」

 フィスの口からお昼のワイドショーですら詳しい報道を避けてしまいそうな猟奇的殺人事件の簡易的模様な模様が語られた。

 野次馬とか怖いもの見たさの感情は少なからずも持っていたけど、こうも「知らなきゃよかった」と後悔する事件は初めてだ。

「んん〜。残留思念とかで、殺されて捨てられるまでの時の光景が鮮明に焼き付いているデスよ。

 あっ、これは酷い。最終的に野良犬やカラスのエサにしているデス。この時の肉片の色が凄い、例えるなら……」

「やめてやめてやめて!」

 おおお、グロい! 生々しい!

 知りたくなかったそんなこと。どうして、他人の事なのにここまで聞くのが辛いのか。

「仕方ない、報告はここまでにしておくデス。結局この壺はどうしますか? 本当に実害は及ぼせませんデスけど」

 対価を払う仕事に関しては信頼できるフィスだ。実害がないのは本当なのだろう。――けど、

「その壺に取り付いている怨霊は何とかしといて」

 しらなきゃ平気だったのに、経緯を聞いたら安心できなくなった。

 そもそも、そんないわく付きの物を知っていて、そのままにしておける方が、神経がおかしい。

「了解デス坊ちゃん。それではじゃじゃじゃ〜ん! 『霊験あらたかなメガトンハンマ〜』デス。これでえいっと除霊(物理)ぃぃぃぃっ!」

「ぎゃ〜! 壺がっ!」

「木っ端木っ端の微塵微塵にしてやんよデス、デス、デス!」

 止める間もなかった。早業で行われる眼の前の出来事に、理解の処理が追いつかなかった。

 木端とは木屑の意味――転じて、細かく砕けたもののことを指す、それが微塵になる。つまり木端微塵とはつまり消滅する意味だ。

 お爺ちゃんの大きなノッポの古い壺が、フィスの取り出したどでかいハンマーに粉微塵にされててゆく。

「ふぃにっしゅ」

「あ、あ、あああああああああ〜……」

 フィスの最後の一振りによって壺は跡形もなく消え去った。

 終わった。終わりだ。

 正体を知れば誰でも気味の悪い壺。しかし、事情を知らない祖父からすれば大事な壺。

 おまけに値段が三の後に零が確か五、六、七……あわわ!

 それが壊れたとなればどうなるか? フィスを動かした僕が叱られるのは、まず間違いない。

「坊っちゃん。なんで辛気臭い顔なんかしているんデス?」

「なんてことしてくれたんだ! こんなの爺ちゃん知られてみろ! 卒倒ものだぞ?」

 ああ、いまにも光景が浮かんでくるようだ。毎日絹でできた布を持って来ては、息を吹きかけたりして壺を磨いていたもんな。

「ですが坊ちゃん。あの手の物に憑りくタイプは、その憑代を破壊することで現世に留まれなくするんデスよ?」

 理由は分かった、方法もそれが正しいのだろう。

 だけど、物理で来るとは思わなかったよ。

 悪魔なんだから、もちっとこう、魔法的なもので壺の中の怨霊を追い出すものとばかり。

「せめて、絶対に壺は壊さないように言えばよかった」

「それでは対価として、この壺に宿った怨霊。つまり魂を頂きますね」

 フィスの方は呑気にしているが、僕の方は違う。

 一時間強にも上る祖父の説教は、心身ともにこたえるんだ。

「ああ〜どうしよう」

「坊っちゃん、坊っちゃん」

 フィスは伝えることがあるようで、僕の肩をツンツンしながら呼ぶ。

「なんだ?」

 今から、せめて説教の時間が減る様に祖父へと誠意の伝わる謝罪を考えないといけないのに。

「フィスは坊ちゃんがどうしてそんな落ち込むのかよく分からないのデスけど」

「そりゃ悪戯とおふざけの悪いことが本文の悪魔には分からないよ。あの壺が壊れた事を謝らなけれいけないことの辛さなんて」

「いや、そうじゃなくてデスね……」

 ん? だったらなんなのだろう。

「フィスの壊したあの壺。ただの便壺ですよ?」


「へっ?」


  /  /  /  /  /


【便壺】

 文字通り糞尿を溜めておく壺。

 汲み取り式便所(通称ポットン便所)で用いられ、壺が一杯になったらこれをくみ取って中身を捨てる。

 無論、その骨董品としての価値は薄い。


  /  /  /  /  /


「嘘だろぉぉぉぉぉ!」

 今日一番の知らなきゃ良かったことだった。


  *  *  *  *  *


 一つ、相応の対価には相応の働きでもって返す。


サブタイが一度100字を超えちゃったのは秘密。

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