4.たまに優秀な一人の使用人に家の事を全部させてるお金持ちキャラっているけど馬鹿なの過労死させるのブラックなの?
「坊ちゃん、不信者が訪問しにきているのですが、どうなさいましょう」
どうするもなにも、普通は不審者なら追い払うのではないだろうか。
その報を持ってきたのは、フィスとは別のメイドの栂藤さんだった。
当然と言われれば当然なのだけど、僕の家で雇っているメイドは、あの小悪魔(まじな意味で)メイドのフィス一人ではない、他にも複数人が雇われている(何人まで雇っているかは知らないが)。
幾ら当人が人外で悪魔だといえども、お手伝いさん一人だけを雇って休みもなく四六時中働かせるなど、労働基準法に引っ掛かりまくりである。
格式高い旧家である千年院家がそんなことする訳がない。きちんとシフト表を組んで休みの日や時間を与れば、毎年の正月と盆と夏には長期休暇も出している。千年院家はクリーンな職場なのだ。
それはさておき、冒頭の続き。
「どうしたの? どんなのが来ているの?」
「それがですね、カボチャ頭の男です」
一時思考停止、熟考中。
「ああ、カボチャの被り物をしているってこ……」
「いいえ。言葉通りの意味で、頭がカボチャ提灯でできていました。所謂、パンプキンヘッドです。はい、これが不審者の写真です」
無理やりコースアウトさせようとした思考を、栂藤さんに引き戻されてしまう。
写真に写るその男は、細長い長身、黒のスーツ姿、そしてカボチャ提灯の頭は目や鼻や口の空いた穴から青白い炎とと紅い炎の二つが覗いていた。
訪問者がどんな不審者なのか分かるけど、これで得体がしれないことも分ってしまった。
追い払えばいいと最初は思ったけど、これは確かに関わってはいけない気配をビンビンに感じさせる。
雇っているガードマンとか警備員に連絡すればいい事項だと思ったけど、これでそんな訳にもいかなくなった。
なぜかというと、この家で働く人達は皆、千年院家の名義で雇っている。
現在祖父母がこの家を出払っている現状では、家に一人残っているこのボクに判断が任されることになっている。
雇用主には雇用者を守る義務があるわけで、危険な目には合わせられない。
「どうしましょう。今は穏便に正門前で待ってくれているのですが」
どうしたもんだろうか。フィス以外の人外に関わった経験が皆無の為、こういった時の対処の方法が分からない。
同じく人外であろうフィスならおそらく、人外であろうこの不審者の応対ができたのだろうが、今日は非番になっている。
とりあえず、効き目がありそうなバチカン由来のロザリオを探し、それと近所の教会から神父さんを呼んでこようかな。
そんなことを考え始めた時。
「血が呼ぶ地獄が呼んでる人が叫ぶ! デビルイヤーは地獄耳。悪魔の契約に基づいて、困る坊ちゃんの下へと、このフィスが馳せ参じましたデス」
「うわっ!」
「きゃっ!」
聞きたくはない嫌な口上を挙げなて、僕と栂藤さんの前に姿を現れるフィス。
この手のことに詳しいフィスがやって来たということで、栂藤さんには下がるように言いつけ、栂藤さんはほっとした顔で下がっていった。
「さて坊ちゃん。このフィス、坊ちゃんの危機を感じてやって来たのデスけどどの様な御用件デス?」
「それなんだけど、不審者が来ていて。ちょっとこれを見てよ」
僕は不審者の写真をフィスに渡す。
「さて、不審者の面はどんなヤツなんデスかね、お痛な遊びをしても……げげええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ、デス!」
フィスがいつも様に、獲物をいたぶるつもり満々の嗜虐的な笑みを浮かべながて写真へと目を落とした瞬間、フィスは表情を凍らせつつ、驚きの声を上げる。随分器用な真似が出来たんだな。
一方、僕も無駄な所で感心を寄せつつ驚いていた。
いつでもニヨニヨとした笑みを崩さなかったフィスが、驚いた顔を見せるとは思いもしなかった。あと、驚いたときでも「デス」はつけるんだ。
「フィス、この人の事をしっているの?」
「ええ……。嫌って程に知っていますよ。コイツの名前は――」
躊躇いの後、フィスは名前を呼ぶ事さえ憚りたいのか、手で口元を覆う。
「それは本人である私の口から言わせてもらおうか」
フィスが不審者の名を挙げようとしたとき、後ろの方向から謎の声がかかった。
「あんたのそれは、口じゃなくて、ただの穴でしょうが!」
声のした方向を向くと、正門前に居るはずのカボチャ頭の不審者がソファーにもたれかかり、何処から用意したのか少なくとも家のものではないティーカップで優雅にお茶を啜っていた。
カボチャ頭の顔を構成するパーツは、カボチャをくりぬいた穴にしか見えない上、微動だにしない。どうやってお茶を啜っているのか謎だ。しかし、その前に炎が中で灯っているのにお茶が入っても大丈夫なのだろうか。
だいたいなんなのだろう。いきなり人のいる部屋に勝手にソファーに座って現れるというふてぶてしい登場をしているのに、座る姿勢といい、お茶を飲む姿といい、紳士然としていて妙に物腰が柔らかそうな感じだ。
「なにやら物思いにふけっているようだけど、まずは名乗りだけでも先に済ませてもらってもいいかな」
いけない、あまりに突っ込みどころの多い存在だったので意識が飛んでいた。
「すみません。せっかくあなたが自己紹介してくれようとしているのに」
丁寧な応対に、つい見ず知らずの不審者相手にこちらも丁寧な返事で返してしまった。
でも、不思議と「しまった」って感じはしない。この人の態度とか言葉には丁寧なもののが出ているせいかな。
「坊っちゃん、ソイツと口なんか聞いちゃダメデスよ」
隣の口うるさいメイドが、見ず知らずの他人よりもよっぽど信用ならなせいもあるけど。
「私の名前はジャックジュニア。気軽にジャックとお呼び下さい。私の事は『ジャック・オー・ランタン』もしくは、単に『ジャックランタン』で調べれば出てくると思います」
「ジャックランタンて、ハロウィンの時に見かけるあれですか?」
「はい、それで構いません。ハロウィンの夜に家を回る子供たちの道標として照らしています」
そういえば、お菓子をもらいう子供たちは玄関先に飾っている家を目印にして巡っているんだっけ?
「坊っちゃん、騙されちゃいけないデス! 人当たりのいいこと言ってますけど、本当は悪魔以上の極悪人なんデスよ」
そう言ってフィスはその場でスマホを取り出し、検索して出たとあるサイトを見せる。そのサイトはアイルランドの伝承を載せたサイトだった。
ええとなになに……確かにこれは酷い。フィスが嫌う理由も分かる気がする。
話を簡単にまとめるとこうだ。
昔々、ある所にジャックという狡賢い農夫が居ました。
狡賢いジャックは、悪魔を二度も騙して罠に嵌め、死んでも地獄行きは無しの契約を結ばせました。
そして寿命が来たジャック。悪魔との契約で地獄行きはなくなったジャックでしたが、騙してばかりの悪い彼は天国には行けませんでした。
こうしてジャックは天国にも地獄にも行けず、現世を彷徨うのでした。
悪魔については、身近な例がいるからよく分かる。その悪魔を二度も騙すってよっぽどだよ。
「どうですか坊ちゃん。コイツ善良そうな紳士の格好していても、悪魔すら天敵な極悪野郎なのデス」
「あのう、ここのサイトに書かれているお話って本当ですか?」
正直、目の前にいる紳士然とした人からは想像できない。
「いやあ、お恥ずかしながら全部本当です。父がした事とはいえ、我が身の事のように面目ない」
頭を僕とフィスへと下げるジャックさん。こちらこそと頭を下げてしまいそうになる立派な姿勢だ。
「いえいえ、頭を上げてください。あなた自身は立派ですよ。言葉や態度で分かります」
なるほど、お父さんだったのか。道理で別人な感じがする訳だ。
生まれと育ちが同じなら、親に似てくると思っていたけど、中にはこんな人もいるんだ。
「だから騙されてますよ坊ちゃん。親が親なら子供も子供。私とコイツは腐れ縁という名の呪いがかかっているのでよく知っています」
「つまり、お前とジャックさんは幼馴染だと」
「なんで坊っちゃんは、小さな頃からお世話し続けてきた私をお前呼ばわりで、さっき会ったばかりの初対面のソイツにはさんづけなんデスか。なんデスか、その差は?」
日頃の行いの差だと思う。気付こうよそれくらい。
話が脱線してたので、コホンと軽く咳払いをしてフィスは話を再開する。
「まあ、腐れ縁な訳でして。アレは私が悪魔保育園に通っていた時の事デス。
私みたいな悪魔の子供がウジャウジャ集まる所でも、そこのソイツは飛び抜けていました」
保育園時代まで遡れるとは、そこまで昔からの旧知の仲か。
フィスの昔話は続く。
「ある日のことデス。私はお昼に出たジュースをウッカリこぼしてしまったのデス。
そのとき、そいつが周りに呼びかけて皆からジュースを分けてもらって私にくれたんデス。しかも、いつもより増量めに」
「良い話じゃないか。お前みたいに意地悪な悪魔が集まるような場所だったんだろ?」
意地悪された要素なんて欠片も見当たらない。
「ええ、私みたいな意地の悪い子ばっかりの場所でしたよ。私もあの日ばかりは、地獄に仏と悪魔ながらに呑気に甘っちょろいく思っていましたよ。
デスがね。優しい奴なんてどこにもいなくて、私をほくそ笑んでたんですよ。
その後の、お昼寝の時間に悲劇は起きたデス。夢見心地で起きた私を待っていたのは……待っていたのは……」
「ストップ。そこまでにしようか」
「そうだよフィス、言うのが辛そうなら無理しなくても」
言葉の先はなんとなくで想像がつく。
「……おもらしの屈辱っ!」
あーあ、言っちゃったよ。二人とも止めたのに。
「きっと優しさが仇になっだけなんだよ、皆は悪いことをしたとは思っていないから。気にしないで良いと思うよ」
「そんな訳ないのデス! おもらしの発覚した私を待っていたのは『ざまぁっ!』『思った通りだ!』『コイツ、やっぱりおもらしたぜ』『みんなでジュースあげたかいがあったな』等という周りの確信犯の言葉でした。
あの日から『妖怪おもらしおんな』の呼ばれたくもない名で呼ばれたのです。あの時の屈辱は、未だに忘れようにも忘れられない記憶デス。今でも復讐ノートに名前があるやつばっかデス」
フィスの話す間で、時々ジャックさんは何かを言いたそうな様子をしていたけど結局何も言わなかった。
きっと今までに何度も弁論したのだろうけど、彼女には伝わら無かったのだろう。
「当事者じゃないからハッキリと言えないけど、ジャックさんは親切なだけだったと思うよ。それにおもらしは寝る前にトイレに行けばよかったことでしょ?」
寝る前のトイレとか、親にかなり最初に躾られて覚えるだろう。それに、おもらしをするのは嫌だし。
「そんなはずねーデス。悪魔みたいな悪い子は親の言うことを聞かないなんて常識デス。それをそこにいる馬鹿ボチャは知っていねーはずがねーんデスよ。
あの後、私を庇ったり、皆に茶化すのを止めるように一人一人に言って回ったようデスけど、そんな振りして裏ではほくそ笑んでいたに違ーねーのデス。コイツが一番性根がねじくれているのが丸分かりなのデス」
いやいや、一番性根がねじくれているのはフィスの方だと思う。
フィスの主観を取っ払って見た時に、ジャックさんの悪いと思う点が一つも見当たらない。それどころが益々いい人としか思えない。
正直者が馬鹿を見るとはよく言われることだけど、反対にひねくれ者は馬鹿にでもなるのだろうか?
「他にもあるデス。悪魔小学校に入って初の遠足返りのバスの中でのことデス。私はどてカボチャから奪ったお菓子が原因で胃の中のものをリバースしたのデス。
私の呼ばれたくないあだ名ナンバーツーの『妖怪ゲロもらい』がそこで生まれたデス」
どてカボチャは確かに悪口だが、本物のカボチャ頭にカボチャ呼ばわりは悪口のうちに入るのだろうか。人の遠足のお菓子を奪うのはよくないです。三百円分を返してあげなさい。
「お菓子を取らなきゃよかったんじゃないのか?」
「五月蠅いデス。そもそもこいつがお菓子に、カルパスやらビーフジャーキやら燻製肉やらサラミなんが持って来なかったらそんなこと起らなかったです」
随分と肉々ラインナップ。カボチャが肉食ってなんだかシュールだ。
「私は止めたんだよ? それでもフィスは『うるせー! 聞く耳なんか持ってねーデス。このくらいでバス酔いするフィス様じゃねーんデス』っていってさ。全部食べちゃった」
「シャラーップ、デス! 悪魔が人の言うことなんていちいち聞いてられなんないのデス。そこは『殺してでもうばいとる』ところなのデス」
それはまた随分と無茶苦茶な言い分だ。どちらにせよ、文句を言われる言われることが間違いないのは見えている。
「だいたい後で思えば、周りの様子も変だったデス。私がカボチャみたいな頭しやがっているのからお菓子を取っているのを見て、スニッカーズやブラックサンダーや焼き肉太郎やらを渡してきました」
コイツも周りの奴らも含めて、きっと私のゲロ吐き姿を見たかったからに違いないのデス」
フィスの思い出語りは続く。
「まだまだ、あれは悪魔中学校に入学する少し前の事でした。入学を控えた私は突如として呪いに見舞われて、新学期におけるコミュニティー形成において重要な期間を欠席し他のです。お陰でクラス替えするまでの気まずい一年間を過ごしました。
その呪いの元がデスよ、そこのダ・パンプキンにに卒業時に告白してフラれた子の恨みデスよ。『だれでもよかった』なら私にあたらなくてもいいじゃないデスか。完全にやつあたりデスよ」
ジャックさんの呼び方を地味にひねり出したな。しかし、フィスを呪った子じゃなくて、ジャックさんに向けるその恨みも、やつあたりだと僕は思うんだ。
「以前、そこのパンプオブチキン主導のもとで、知り合い達と集って海水浴に出かけたら、帰った後で日焼けがヒリヒリ痛んで辛かったデス。どうしてくれるんデスか」
呼び方のもじりに、とうとうほぼ直球が来ちゃったよ!? そして嫌う理由が、これまた酷く理不尽!
「はあ、ぜえ、はあ、ぜえ……」
息切れを起こすほど沢山の黒歴史の数々をカミングアウトしてしまったフィス。
彼女の元に徐々に上がっていた息が戻ってゆき、事態を冷静に判断する思考力が帰ってくる。
そして、昇っていた頭の血が下がりきった――と思いきや、真っ赤になって急上昇。
「坊っちゃん。今日の所はお暇させていただきます」
暇も何も、今日はもともと非番でしょ。
この場を去ろうとするフィスは、僕が声をかけようとする間もないままに韋駄天のごとく駆けて出て行った。
あいつ、神出鬼没な真似ができるくせに、そのまま走って逃げるほど気が動転しているな。
「もう、行ってしまいましたか。久しぶりでしたし、もう少しお話を聞きたいものだったのですが」
部屋を出ていったフィスを見届けて、用事は済んだとばかりに腰を上げて去ろうとするジャックさん。
もしかして、この家にジャックさんがやって来た用事って。
「もしかして、フィスの様子を見にここに?」
二人の話を聞いていれば随分と昔からの付き合いだけど、久しぶりと言っていた。
フィス本人は嫌っていながらも、なんやかんや交友を続けているあたり親しい間柄でもあるのだろう。
もしかしたら、しばらく会うことがなかった旧友を尋ねる目的だったのかもしれないと思った。
「ああ。最近になって彼女がここで働いている話を耳にしてね。
私が以前、彼女に会ったのが、十六年にもなるから懐かしくて。住み込みって話も聞いていたからこの家を訪問してみたんだ」
「そろそろ私は行きますね。彼女がここに居ることは確認が取れましたし……おっと。そうそう、忘れる所だったお邪魔するお詫びに菓子折りを持って来ていたんだった」
帰ろうとしたしたジャックさんだったが、どうやら僕に渡すものがあったようで、何時の間に取り出したのかその手には包みがあった。
「これは?」
渡された包みが何なのか見た目からは分からないので聞いてみた。
「カボチャの餡でできたカボチャ羊羹です。家は代々農業を営んでいましてね、家の畑で採れるカボチャを使っているんです。
緑茶じゃなくて紅茶でも以外と会うからおすすめですよ」
そういえば、農夫だったとか話の中にあったな。
「ありがとうございます。……とか何とかいって、裏が有ったりはしませんよね?」
フィスのような悪魔ではないにしろ、魔の付く者に違いはないので少しは疑りをかける。
「勝手に御宅へ上がった際のお詫びのなので、本当にそれだけのことですよ。それでもあえて魔物的に理由を付けて申し上げるのなら、面倒で厄介でしょうけど私の幼馴染をこれからもよろしくお願いしますね」
おそらく老婆心みたいなものなのだろう、ジャックさんからフィスのことをよろしく頼まれてしまった。
「分かりました」
ジャックさんの頼みを、短く気の良い返事で返す。
ハッキリ言えばとても難しいのだが、ジャックさんの見せた誠意の手前とても断り辛かった。
「これにて本当に失礼致します。それでは」
言葉を残して軽く一礼すると、ジャックさんはドロンと消えていた。
最後まで紳士然とした人だったなあ。
「坊っちゃん。ドロンなんて死語を使うとが、いつの時代の人間ですか。ガビーンもマブイもスケもアベックもチョベリバもmk5も全部全部古すぎなんですよ!」
あっ、戻ってきた。ジャックさんがいなければ平気みたいだ。
「え? なにそれ」
「まさか、死語においてもジェネレーションギャップが生じるとは。ドロン知ってて他を知らないって何でデスか!」
いつものフィスなら、僕を上手に取ってからかっている所なのに。
どうやら、ジャックさんが去ってもまだ本調子ではないらしい。
「やれやれ。そんな様子じゃ、『スケを独楽して桑江込んだ』って言っても坊っちゃんにバレやあしませんね」
「おいコラ待て! わざと誤字変換で誤魔化そうとしてもそれはアウトだ!」
と思った次の瞬間には、やっぱり油断ならなかった。このメイド、下手すりゃコードに触れる隠語を平気で使いやがった。立ち直りが早い。
今回はいつもと違うフィスの顔を見ることができて面白かった。
しかし、いつもと違い過ぎて元の調子に戻ったフィスに、なぜか安堵してしまった部分もある。不思議なものだと思う。
けど、また機会があるのなら、またあの時のようなフィスを見て見たいとも思うのだった。