3.健全な青少年を育成する漫画においてのマッサージ描写の重要性
「ふぅ。終わった終わった」
明日持っていく為の宿題プリントを片づけたボクは、勉強机に噛り付いたままで固まった首と肩を軽く動かしてほぐす。
すると、何時の間にやら背後に控えていたらしいメイドのフィスが労いの言葉をかける。
「ご苦労様です坊ちゃん。今日はフィスが勉強でお疲れであろう坊ちゃんの為に、マッサージをさせて頂きますデス」
「嫌だ」
フィスの提案を素気無く断る。
ちなみに、「ご苦労様」は目上の者が目下の者を労うための語であり、決して目下の者が目下の者に使っていい言葉ではない。
ボクに仕えるメイドだからといって、こんなことでも気を許してはならない。ボクはフィスのカチューシャとエプロンドレスから飛び出て伸びている矢印の様な触覚と尻尾を見る。
なぜならこのメイドは悪魔なのだから。
たかがマッサージと侮るなかれ。このメイドにお任せしたが最後、尻の毛まで根こそぎ抜かれかねない。
拒否を突きつけられて尚も不服なフィスは、触覚と尻尾をツンと伸ばす。
「え〜。別にフィスはマッサージの対価に寿命とか、坊ちゃんの小遣い半年分とか、ベッド下にある大人の資料集とかを寄越せなんて言うつもりありませんデスよ――今回は」
なに、その今回じゃなければ要求しているともとれる言い方は。普段の何気ない一言一言に応えるのが怖くなってきた。
「それが対価じゃなきゃ、要求するのは何だよ!」
フィスはそもそも、対価を要求しないとはいっていない。要求していない対価を言っただけだ。
「そうデスねー。坊ちゃんと一日デート件を請求していぢくり倒すってのも面白いんですけど。今回に関しては対価は特にないデスし、考えてもないデスよ。ただ坊ちゃんのマッサージをしたいと思っただけですよ」
フィスには僕との間に服従の契約があるため、フィスはボクに聞かれたことや言われた事に嘘はつけない。だから尋ねても対価が無いと答えるのなら、無いのだろう。
「分かったよ。お前がそう答えるのならそうなんだろう。じゃあ、マッサージをお願いするよ」
フィスにマッサージを頼んだ途端に、フィスが「計画通り」といった風な顔を見て「やっぱ早まったか」と思ってしまった。
「なん……だよ……コレは」
『さあ、坊ちゃん。足裏ツボ刺激マッサージのお時間デス。この曲がりくねった凸凹砂利道ロードを上って私の基までやって来るのデス。フハハハハ』
遠く向こうが霞むほど延々と続く一本の砂利道だけがある空間に、ボクは裸足で放り出されていた。
自重によって食い込んでくる砂利の丸石が足裏に刺さって地味に痛い。
それにしても足ツボマッサージかよ。マッサージだと思って油断していた。
『ちなみにひたすら歩いて私の基に辿り着かないと、この空間から永遠に脱出できないデスよ』
フィスの姿は見えないで、頭の中に響くような声だけが届いてくる。
どうやらテレパシーの様なもので声を送っているらしい。
「こんな馬鹿止めて。とっとと元の世界に返せ!」
『エ〜、ナンダッテ〜? キコエナイデスなー』
すぐさま帰ってきたフィスの返事に『イラァッ!』っとくる。返事がスグな時点で絶対に聞こえているのは確定のはずだろうに。
しかし、確かに聞こえていないなら、やや言い訳としては立っている気がする――ややグレーゾーンだが。
『道のりはそんなに長くないですから、とっとと歩いちゃってくださいデス』
仕方ない。千里の道も一歩からと言うし、犯人が戻す気が無いというのだから歩かないことには解決しない。
「痛ぁっ!」
とにかく、食い込んでくる丸石の刺激に耐えてゴールを目指そう。そんでもって後でとっちめてやる。
『言い忘れていたいたのデスけど、一歩ごとに坊ちゃんにかかる重力がちょっとずつ増していくのでそこんとこよろしく』
……歩数を減らすために、なるべく大股で歩くことにしようっと。
「よく、ここまでたどり着いたデス坊ちゃん。その根性逞しいデス」
「…………」
一時間後。ようやくゴールしたボクは、フィスの足元で倒れ伏していた。
一時間。そう、徒歩にして実に一時間もかかる程の道のりを歩かされたのだ。石の固いデコボコした地面の道を裸足でだ。
そりゃあ、足裏の感覚は死んだかように何も感じなくなるし、力が入らなくもなる。
「フィスお手製のマッサージ。癒されましたか? ……ありゃ、返事もできない程気持ちよかったデスか。それじゃここまで来れた坊ちゃんには――」
パッチン。とフィスが指を鳴らすと砂利だらけの景色は一変し、元居た部屋に戻る、そこでうつ伏せのままベッドで倒れている状態になっていた。
突如として、ピトっと背中に柔らかい感覚が当たる。
「ご褒美のモミモミをしてやるデス」
フィスはボクの背中に体をくっ付けて、指圧マッサージを開始する。
「あわ、あわわわ」
「ウブデスねー、坊ちゃんは。もっと当ててやるデス、やるデス、やるデス!」
「わわわ、わー」
始めは足だけが体に当たっていたのが、フィスは面白がって次第に腕、腹、胸とボクへと押し付けるようになる。
このままでは、ほぐれるどころかイロイロと固くなってしまう!
「もう……許して」
僕はもう恥も外聞も殴り捨てて涙目で懇願するが。
「エ? ナンダッテ」
コンニャロウ。
「坊ちゃん緊張でガチガチデスね。これじゃ意味ないデス――はむっ」
「ああ〜ん」
フィスに耳たぶを甘噛みされ、男としてとても恥ずかしい嬌声をあげてしまうのだった。
――もう、お婿にいけない。
そんなこともあったが、緊張を緩まされたあとのフィスのマッサージは抜群で、終了後には砂利道を歩かされた疲れもすっかりなくなってしまっていた。
「マッサージありがとなフィス」
ボクはフィスにマッサージをしてくれたことに感謝して礼を述べた。
「ありがとうなんてそんな。私はただ坊ちゃんを使って遊んでただけデス」
心外だと謂わんが様にフィスは顔を赤くしてボクから逸らした。
「それだけじゃないだろ?」
あの砂利道、実は全ての砂利が角の取れた丸石で出来ていた。砕石などの尖った石は、一時間歩き回っている最中には一つとして見つからなかったのだ。
フィスはいったいあの長い道のりの砂利道を作るのにどれ程労力を用いたのだろうか。そう考えると本当は無理矢理にでもにギブアップさせるような気が起きなかった。
それにさっきのマッサージ。からかっている節は見られたものの、結果だけ見れば砂利道を歩かされた疲労も吹っ飛ぶほどのデキで、尚且つ調子もいい。
人を油断させて契約を結ばせようとしたり、使えている主に対してろくなことをしないかと思いきや、今回みたいに決して悪くないことをしたりする。
悪魔でも気まぐれをおこすということなのだろうか? 普段は人に不利益をもたらす悪魔のクセして、偶に益を与える。
フィス――こいつが一体何を考えているのか。付き合いが十年以上経つにも関わらず全く読めない。
でも、時々こういう時に思うこともある。
人にだって善い面、悪い面がある。それだったのなら小悪魔のこいつも――。
「坊ちゃん。フェーズ3『悪魔式 整体マッサージ』いっくデスよー!」
グ、ギィ!
フィスに背中と肩を掴まれた瞬間に電撃を受けたような感覚が走り、全身が一気にイカレ、口から泡を吹き出しそうになる。
「よーく効いているデスね。そのまま逝っちゃうがよいデス! ウヒヒ、いけない涎が……」
前言撤回。こいつがただのドSなだけだ。
* * * * *
一つ、甲は乙の命令には逆らえない。ただし、乙の命令が本心である時に限る。
この物語は、作者が他連載を書いている際に気まぐれに書いているものです。
四話目以降の投稿予定日と投稿ペースについては保障できません。