15.理想が高すぎてもはや人間じゃなくなっている件について
「坊ちゃん。天女の羽衣伝説って知ってるデスか? この国では割とメジャーな昔話に分類されると思うのデスが」
ある日、自室で過ごしているとフィスが藪から棒にそんなことを聞いてきた。
どうしてメイドが勝手に主人の部屋に入って来ているかと問うのは、もとより神出鬼没フィスにとって野暮な質問だ。因みに僕は、とっくの昔に諦めている。
羽衣伝説のことは勿論、知っている。
小さい頃に、絵本や紙芝居で何度も見たり読んだりしてちゃんと憶えている。
確かこんなあらすじだったはずだ。
ある日、男は偶然にも水浴びの為に天上から降りてきた天女を覗き見してしまう。
天女に心奪われた男は、天女が水浴びをしている隙に、木の枝に掛けられた羽衣をこっそり隠してしまう。
羽衣を失い天へと返れなくなった天女は奪った男と結婚。
天女は男との間に子供ができるまでになるが、結婚から数年後に偶然、天女は羽衣を見つけて天へと帰ってしまう。
「そんな話だったよね?」
もっと詳しい所も放せるけど、ざっとしたあらすじを述べるならこんな感じだったと思う。
「さすが、お見事デス坊ちゃん。現代の法律に照らし合わせれば、天女の裸を覗き見たことによる軽犯罪、羽衣を盗んだことによる窃盗罪、盗んだ物を羽衣を天女に結婚を迫った脅迫罪のでてくるフィスも大好きなお話です」
そんな視点で思わなかった事はないけど、その部分を楽しんでいる人には初めて出会ったよ!? いや、相手は人じゃなくて小悪魔だけどさ。
フィスが、僕の話した羽衣伝説に捕捉を入れる。
「この手のお話は、日本に限らず世界全体でも見受けられます。ワルキューレの白鳥の羽衣もその一つデスね。
あと、坊ちゃんが話した話の他にも、多くの類話や派生があるデスよ。結婚するのではなくて、舞を見せてもらって満足して羽衣を返した話。羽衣を盗んだのは老夫婦で、天女はその夫婦の娘として身を寄せることになり、十年ばかりで得意の酒造でその家を裕福にしたら、『家の子じゃないから出て行けと』老夫婦が放逐したお話なんかがあるのデス」
最後の老夫婦の話が酷いっ! 男の場合も鬼畜だけど、老夫婦もそれに負けないくらいの鬼畜さ加減だ。
「残念な事に、少なからず相思相愛ハッピーエンドも存在するのデス――ちっ! そんなのなければいいのにデス」
「ハッピーエンドにあることに、盛大な舌打ちをしないでよ!」
僕のツッコミを無視してフィスは話を続ける。
「共通事項として、天女を家に迎い入れることに成功した家は幸運がもたらされるそうデス。もちろん、クズ男とクズ老夫婦であってもデス」
そこでフィスは満面の微笑みを見せる。さすが、安定の歪みない歪んだ性格だ。
それはそれとして……。
「どうしてそんな話を持ち出してきたの?」
フィスが人に、嫌な話を聞かせる為になんとなくでという可能性も捨てきれないではないけど。
一方で、そんなことをフィスが訊いてきた意図もどこかで感じる。
フィスが窓辺へと歩を進める。
「いえね、そろそろかなと思っただけデスよ」
「そろそろ?」
窓際に付いたフィスは肘をついて、屋敷の外を眺めた。
なんだろう?
すると、屋敷中によく通る声が響き渡った。
「さあ、言われた通りに来てあげたわよ。隠れていないで出てきなさい!」
それは聞き覚えのない女の子の声だった。
「どうやら来たみたいデスね」
その声を聞いてフィスがニヤリとする。訪問者が誰なのか僕は知らないけれど、明らかにフィスが来た人物を知っている。
この時点で、フィスがろくでもない事をしでかしていることは予想できた。
「フィス! 凄い形相した女の子が玄関で名前を呼んでいるんだけど、いったい彼女に何をしたの!?」
慌てた栂藤さんがフィスを呼びに僕の部屋へと入ってきた。
「栂藤さん。フィスが問題を連れてくるのはいつもの事なのに、今回に限ってそんなに慌ててどうしたの」
我ながらある意味で凄い慣れ方をしているもんだ。
「これが落ち着いていられますか。坊ちゃんにだって責任があるんですよ」
「確かに使用人の不始末は雇い主の責任だけど……」
「そうじゃありません! やって来た少女が、『お陰で何処へも行けなくなった。坊ちゃんには男としての責任を取ってもらいたい』と言っていました」
「ええっ!?」
栂藤さんからとんでもない事を聞かされた。しかも、全くと言っていい程に身に覚えのない事柄だ。
「坊ちゃん、正直言って失望しました。大人しいふりをしておきながら、その裏では同年代の女子に鬼畜な手段を使って手籠めにしていたんですね――不潔です」
「待って、誤解だ」
栂藤さんに誤解を解こうと歩み寄ると、その分だけ栂藤さんに遠ざかられる。これはキツイ。
「フィスはこれからお客様をお迎えにあがりますので、坊ちゃんは大人しく待っていて下さいデス」
そう言ってフィスは玄関へとそそくさと出て行く。僕はフィスに言われるがままに客間へと向かった。
後に残されたのは、僕と、僕から大きく距離を取って汚物を見るような目でこちらに蔑みの意思を伝えてくる栂藤さん。
「……最低(ボソッ)」
――グハァッ!!
遠から地味に聞こえる栂藤さんの呟きが深く胸に突き刺さり、胃をキリキリと痛めつける。
その後の栂藤さんは、ずっと無言でその場に佇み、触るな話しかけるなと無言の圧力をかける。
フィスは居ないはずなのに、自室という心安らげるはずのプライベート空間で、これ程までに精神的苦痛を感じられることがあっただろうか。いいやあるまい。
空気に耐えきれなくなって窓際へと移ると、外にいる庭師の人と目が合った。しかし、僕と目が合った途端にその人も栂藤さんと同種の目で見てきた。
耐えきれなくなって他へ目線を移すと、その先にいた別の使用人のも同じことをされた。
話が伝わるのって早いね。僕の心は早くも折れかけている。
壁を向いて、密かに悲しみ涙を流しているとガチャリとドアノブが回る音がした。
やっとだ、やっと解放される時が来たんだ。
「やっほー、お待たせしましたデス。あなたの背後でいつもニコニコ這い寄る小悪魔メイド、フィスデスよー……って、抱きついてきて、一体全体どうしたデスか坊ちゃん!?」
* * * * *
事の発端は大旦那様から始まったデス。
坊ちゃんの将来の嫁探しを、大旦那様から頼まれたてフィスは悩みました。
眉目秀麗、才色兼備、家内安全、無病息災、家庭円満、商売繁盛となるような、一族を繁栄へと導いてくれるような相応しい嫁――只の人間ではその様な理想はあまりに高すぎたのデス。
そんな人間がいる訳ないじゃないですか。JK(常識的に考えて)。ミッションがインポッシブルデス。
でも、フィスはそんな無理難題に一生懸命考えに考えて考えました。
そしてついに、『逆に考えるんだ、そんな人間がいないのなら、別に坊ちゃんのお相手が人間じゃなくたっていいじゃないか』という結論に至ったのデス。
そう思いついたのまでは良かったのですが、それでも相手を見つけるのは困難でフィスと言えども参っちゃったデス。
思い悩んで、フィスがたまたまある海岸端を歩いていると、たまたま松の木の枝に、たまたま羽衣がかかっているじゃないデスか。
それをたまたまフィスが取り上げると、素っ裸の女の子がやって来たじゃーあーりませんか。聞けばなんでもその子は天女だそうで。
いえね、その枝に引っ掛かっていたものが、たまたま天女の羽衣だなんて、フィスは一ミリでさえ知りませんでしたよ。
そこでフィスは、たまたま妙案を思いついたデス。
天女と言えば、その殆どが美人で、お風呂に入らずとも体は清潔なまま、トイレにはいかないし汗はかかずに体臭はフローラルな香り。さらには、人に幸運をもたらし、極めつけに器量良しと、嫁としての能力も申し分なしデス【※ちなみにフィスの言ったことは、全部マジである設定デスよ】。
たまらず天に幸運を感謝したくなったデスね。フィス、小悪魔デスけど。
フィスは無防備な監視体制の羽衣をゲット。そして、羽衣フィスの羽衣を盾にした淑女的説得は見事に功を奏したのでした。
ちゃんちゃん。
「とゆー訳で、羽衣を返す事を交換条件に、坊ちゃんの許嫁になる約束を以前取り付けた天女がこちらデス」
「天女の決まりに基づいて、羅刹女に羽衣を奪われた私は、どうやらあなたと結婚しないといけないみたいです。よろしくおねがいします」
白磁器の様に透き通る白い肌と、人形のように整った美しい顔立ちを持つ僕と同い年くらいの美少女に、三つ指を着いて深々と頭を下げられた。
彼女が本当に人間でない事を示すかのように、絹かのように艶やかな光沢のある細くてしなやかな長髪は、とても軽くなっているのかフワフワとゆっくり宙に揺れている。
決して比喩表現なんかじゃなくて、本当に浮世離れしている。
彼女の口から出た『らせつにょ』って、西遊記に出てくる妖怪だけど、それって文脈から察するにフィスの事だろうか。
とりあえず、フィスから粗方の話を聞いて、事情も分かった。
だけども、最初にこれだけは言っておきたい。
「僕に許嫁がいたの!?」
僕まだ中学生だよ? 結婚の話とか早いって。
「およっ? そんなの当たり前じゃないデスか。確か坊ちゃんには前に話たは……ずじゃありませんでしたね」
「おいなんだよ! 今の部分を不自然に言い換えた部分は」
何を僕に隠したんだ、何を。
「別段、坊ちゃんが許嫁の相手を知らなくっても気にすることじゃないデス」
「許嫁って将来の結婚相手のことだよね? メチャクチャ僕の人生に関わる重大な事だよね?」
まだ結婚するには程遠い年齢だけど、そのくらいのことは分かっている。
「ぶっちゃけ坊ちゃんの人生なんて、フィスにとってオモチャみたいなもんです。フィスにとって楽しければそれでいいのデス」
酷い。予想できなかった言葉じゃなかったけど、口に出されてみると改めて酷い。
「それはさておき……」
さておかないで!
「坊ちゃんはフィスなんかよりも、もっとお話しすべきお相手がいるんじゃないデスか?」
フィス顔を別の方へと向けて視線を誘導すると、その先には不満そうな顔の天女の少女がいた。
「さっきは抱きついたり、今は楽しくお話したり。随分とその女中さん相手に仲が良いのね」
「いいえ。それはないです」
フィスと僕が仲が良い? 嘘でしょ!?
それだけは勘弁して欲しい。僕がフィスに望むのは、ビジネスライクな関係だけだ。
それさえできれば、まともで良好な主従関係を築けるのに。
仕事に忠実で結果も出すのだから、後は全てを台無しにする余計な事さえしなければどれだけ良かったと何度思ったことやら。
「所で、君はなんて名前なの? 勘違いかもしれないけれど、名前をまだ教えて貰ってないよね」
「天女ちゃんマジ天女だってことで別にいいじゃないデスか」
「フィスは黙っていて」
さしものフィスも、僕の命令には大人しく従うしかなく、口を塞いだ。
「私としたことがうっかりしていたわ。名前を知らなかったら話辛いのも仕方ないか。私の名前は、天女と書いて『あまめ』。よろしく」
「聞きましたか坊ちゃん! フィスが言った通りじゃないデスか、マジで天女ちゃんは天女でしたよ!」
鬼の首でもとったようにドヤ顔で自慢するフィス。ウザイ。
「天女さん。ウチのメイドがご迷惑をおかけしたようで、ホンッッットにすみませんでした」
僕は天女さんにあたまを下げて謝る。
「顔を上げて。私の不注意が招いた自業自得です。それにあの羅刹女がしでかした事をしらなかったのでしょ? だったら羅刹女を怨みこそすれ、貴方に怨みはないわ」
「ありがとうございます……うう」
償おうと思っても償いきれないけど、そう言ってもらえると救われる気分だ。彼女の寛大な心に感極まって、つい感涙を流してしまう。
今時、ここまで優しい人なんていないよ。
「フィス、もういいから直ぐにでも天女さんの羽衣を返してあげてよ」
返せるものなら今すぐにでも返して欲しい、
でないと、こんなに優しい人が不幸な目にあっているのは耐えられない。
「残念ながら、それはできない相談デス」
「どうしてさ?」
「それは羽衣を返す条件が坊ちゃんとの結婚だからデス。坊ちゃんは現在十四歳。民法第七百三十一条に定められている坊ちゃんが結婚ができる十八歳までにはあと四年。よって無理デス」
つまりフィスは、最低でも僕が結婚できる歳になるまでは、絶対に羽衣を帰す気は無いらしい。
「結婚って元服できる歳になったらするものじゃないの!? どうしよう。相手が中学生って聞いていたから直ぐに結婚して返ってくるものとばかり……」
意外な驚きの声が天女さんからあがった。彼女は中学生相手でも直ぐに結婚できるものだと思っていたらしい。
元服したら結婚って、いつの時代ですか。どうやら天女の常識は現代人とは時代的な意味で一部が異なっているみたいだ。
言葉遣いは現代的だけど、羅刹女とか元服とか現代じゃそんなに使わない単語を使ったりしているし。
「そんな、あと四年もこの世界に……」
最低でも四年は天に帰る事が出来ない事を知って、天女さんはショックを受けている。
これじゃあんまりにも彼女が不憫だ。フィスを説得してできるだけ早く羽衣が返ってくるように……。
「あのさ、フィ――」
「そうそう、坊ちゃん。天女とは全然関係ない話かもしれないデスが、座敷童って妖怪は家に幸運と繁栄をもたらすそうデス。しかしその座敷童、一度逃げられてしまえばその家はたちまちのうちに没落してしまうそうデスよ。
天女とかホントに全然、ホントにホンットに全然関係ない話かもしれないデスが。
幸運と繁栄を招く――おや? どこかで聞いたことがある気がするデス。それは、ついごく最近だったようね気がするデスねー」
僕の考えを読み取っているかのように、フィスが白々しい事を言って釘を刺してきた。
しかも『かも知れない』と付けちゃって、可能性を残した言い方をしている所がまた実にいやらしい。
――でも、こうなったのも全部家の責任だ。自分がどうなろうとも、したことの責任を取らないと。
どんなものを引き換えにしてでも、僕はフィスと取り引きをして羽衣を返して貰う。
そう決心を固めた。
「ま、ぶっちゃけ昔話見たいに隠し場所を見つけ出されて帰っても困るので、地獄の業火で羽衣を灰に変えたので羽衣は返せないデスけどね」
またしても僕の考えを読み取ってか、フィスが絶望を与えてきた。
元から羽衣を返す気なんてなかったのかよ!
フィスはやはりというか、ニヨニヨとした笑いを浮かべている。
悪魔だ。そして尚且つ、外道のド畜生だ。改めて、こいつが悪魔だった事を思い出したよ。
「……私、もしかしなくても一生帰れないまま?」
帰るために必要な羽衣が無くなった事を知って、天女さんがますます落ち込む。
顔を伏せて悲しむ天女さんに、フィスがパッと笑顔を咲かせて優しく肩を抱きながら語りかけた。
「なーんて、ウソウソ。返さないなんて嘘デスよ」
「本当なの?」
天女さんの上げた顔には、ほんの少し明るさがあった。
「フィスが、ちゃんと羽衣をここに持っているデスよ。目を瞑って、手を広げてくださいデス」
「こう?」
「そうデス」
天女さんはフィスに言われた通り、正直に目を瞑って手を広げた。
フィスはその開いた天女さんの手の上に何かを乗せた。その乗せたものを今度は落とさないように、フィスが手づから開いた手を閉じさせシッカリと掴ませる。
「さあ目を開けるデス」
フィスに促され、天女さんは閉じていた目と手をゆっくりと開いた。
「これは!?」
掴まされていたそれを見て、天女さんのみならず僕まで驚いた。
「どうデス? これが正真正銘、燃やした羽衣の灰デスよ♪」
絶望から期待へと持ち上げ、そしてまた絶望へとつき落とす。ただの鬼畜がそこにいた。
あー、本当に信用ならない。
「あは、アハハハ、ハハハ。灰だ、羽衣が灰になっちゃったよ」
天女さんは顔が引きつったまま狂ったように笑ってしまい、その目は完全に死んでいる。
僕は彼女に、かけてあげる言葉も見つからなかった。
「少しは、落ち着きましたか?」
しばらく経った後、僕は栂藤さんに頼んで淹れて貰ったコーヒーをソファーに座る天女さんに差し出した。
「ありがとう。完全じゃないけれど調子も少しは元に戻ってきた」
そう言って天女さんは、コーヒーをブラックのままひとくち口に含む。
「改めて、ウチのメイドが粗相をしでかしてすみませんでした」
「だからいいって、私は貴方の事を許しているから」
再度僕は天女さんに頭を下げる。そうは言われても、この事ばかりは例え何度誤ったとしても全然謝り足りない。
「ところで、気になったんだけど、どうしてこの家では女中をしている羅刹女がいるの? 確か、フィスって名前だっけ」
「それが、あのフィスは僕が生まれる前から屋敷で働いるらしくて、働くことになった経緯は僕もよく分からないんだ」
不思議な事に、屋敷にいる古参の使用人に聞いても気づいたらいたらしくて、僕だけでなく誰も知らない。
唯一の手がかりとしては、フィスがよく一緒にいた母さんが知っているかも知れないけど、その母さんはこの世にいない。
「もしかしなくてもあなたって、あの羅刹女の女中には困らせられているの?」
「うん」
「そうなんだ」
事件トラブルろくでもない事。身に降りかかる不幸な出来事の九割は、フィスが原因と言っても過言じゃない。
天女さんは、一人でなにやら考えこむ仕草をしたかと思ったら、ひとしきりうんうんと頷き、やおら立ち上がった。
「――よし、決めた! 私、あなたの嫁になる」
「はい!?」
「私、分かったの。ここに来ることになったのは運命。そう、これはきっと、人の世で家に取り入って悪事を働くあの羅刹女を、私の手で追い出せとの天啓に違いないのよ!!」
天女さんが一人で盛り上がって、壮大な使命に燃やしていらっしゃる。この悪魔に対しての熱の上がり様、以前に出会った誰かと姿が被る。
「私と一緒にこれから頑張っていこうね! ね!! ね!!!」
天女さんが顔を近づけてくる。
どうしてだろう、綺麗な顔の人からこんなにも迫られているのに、ちっとも嬉しくない。
「は、はい……」
天女さんとの間に流れる温度差を感じていながらも、天女さんの迫力にただただ流されるだけだった。
所で、いろんな事があったせいで何かを忘れている様な……。
何を忘れたのか思い出そうとしていると、部屋の外で使用人たちの小さな話声が聞こえた。
「見て見て。栂藤さんの話だと、坊ちゃんがあの子を……」
「嘘でしょ!? あの坊ちゃんがまさか」
「でもさ、事件を起こした犯人って大抵、『事件を起こすような人じゃなかった』とか、よく知る近所の人のインタビューで言われているでしょ」
「どんな卑劣な手段を使ったのかしらね」
「きっと、貧富の格差を利用したえげつない手段よ。あの悪魔が関わっただろうから間違いないって」
「うわぁ。それって、ありえそう」
「あのー、大丈夫ですか?」
心に重たいボディーブローを貰い、再起不能な僕を天女さんが気遣ってくれる。
だけどゴメン、もう暫らく待たないと無理っぽい。
使用人たちに伝わった誤解と曲解は、天女さんと一緒に火消活動を行って回り、ようやくの思いで収集したのだった。
実は坊ちゃんは、もう一つ重大な事を忘れているのですが、それはまたの機会に。




