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2.作り話におけるお金持ちの警備網の薄さは異常

 僕は今、深夜の高速道路を突っ走る挙動の不審な車の中に居る。

 日本じゃ名の知れた家。それが千年院。

 経済力はそこそこブリリアント。

 その為……。

「あ〜あ、また誘拐か」

「おい! お坊ちゃんよお、あんま喋んじゃねェ」

 身代金目的で攫われることはよくあること。

 僕はヒンヤリとしていて黒くて固い銃刀法の厳しい日本にあってはいけないものを助手席に座っている男に突きつけられていた。

 誘拐事件は十進法を使って指折り数えた位じゃ足りない程経験したけれども、何度味わってもいい気分ではない――色々と。

 そんなに誘拐されるのなら、ボクに護衛の一つでも付ければいいとお思いだろう。

 ところがだ。

 その『護衛の一つでも』が、あのウチのメイドだと言えば少しは察しが付くのではないだろうか。

「要らないお世話かもしれないけどさ、大変なことになる前に止めといた方が良いよ?」

「うっせぇ! ブルジョワジーのお前なんかに借金地獄の苦しみが分かってたまるか! 辛いんだぞ。俺が連帯保証人になんか簡単に引き受けたせいでどんだけ家族や友人に迷惑かけた事か……う、うう」

 涙目で犯行に至った経緯を語る助手席の男。

「今の内なら許してあげますから。それに借金の事ならウチが雇っている優秀な弁護士を貸しますから。債務整理で、もしかしたら返済が楽にできるかもしれませんよ?」

「それは、本当か?」

 説得の言葉に運的の男が反応してくれる。

「おい兄貴! こんなガキの言うことなんて信じるなよ」

「でもさ……」

「兄貴は俺の為なら、金持ちの誘拐でも何でもしてやるっていったよな」

 この犯人達、兄弟だったらしい。

 誘拐犯の兄弟は、自首かそのまま続けるかで言い争う。

 会話から察するに、弟の借金苦を見るに耐えかねて弟と共に今回の犯行に及んだというところだろうか。

 ボクを乗せた逃走車が、高速に入ってからの幾度目かのトンネルに突入した時だった。

「なんか寒くないか?」

 誘拐犯(弟)が服の袖越しに腕を擦りだす。

 確かに今の時間は肌寒いものだがここは車内、先ほどまで暖房がきいて温かかった。

「あれ〜。暖房のハズなのにな。エアコンの故障か?」

 エアコンの摘みをカチャカチャと動かして訝しむ誘拐犯(兄)。

 そんな異変は些細なことだった。今度はトンネルの照明全てが切れてしまい、真っ暗闇になる。

「暗っ。 それにエンジンが!」

 異変は続く。トンネルから光が無くなった途端に車がエンスト、そのままノロノロと失速し、車はトンネル半ばで止まってしまう。

「おいおい、高速道路でエンストとか勘弁してくれよ。ただでさえ急いでんのに」

 誘拐犯(弟)嘆息を吐く。

「こうなったらしかたねぇ……。ここから降りて逃げるぞ」

 兄弟は後続車の有無を確認して、ドアに手を掛けようとするがその時!


 ――ペト


 車内に、ましてや高速道路では聞こえるはずがない素足で地面を蹴る音。

 誘拐犯達はその音に思わず、ドアに手を掛けたまま硬直してしまう。

 ペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペトペト……

 耳を澄ませば澄ますほどその足音は、三が十、十が二十へと増していく。

 僕は簀巻きにされていた体を何とか捩って周囲を見回すが、暗闇しか見えない。


 ……ぺ、と。


 足音が一斉に止む。


 ユ、サ、ユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサユッサ


 車が最初は小刻みに、次第に大きく揺れて――いや、揺らされる。

 どうなっているのか車の外を覗こうにも、外は相も変わらず真っ暗闇。

 俺はただ、静まってくれと目を瞑って念じることしかできなかった。

 そうやっていると次第に揺れは収まっていき、トンネル内には明かりが戻ったように感じられた。


 ――ブロロロ!


 車のエンジンのかかる音。それと同時に車のエアコンも正常に

「何だよ驚かせやがっ……」

「ヤッベ、チビるかと思……」

 やっと安堵した誘拐犯二人の声が聞こえたと思いきや、再びスグに静まり返る車内。

 恐る恐る瞑っていた目を開けると前部シートで二人がグッタリとノビている。

 怖いものは見たくはないが、何があったのかは知りたい。ゆっくりと視線を上げる。

 するとそこには……



 真 っ 赤 な 血 で 子供のものの様な手跡が幾つも窓に張り付いていた。

 

 

 それを見て気が旅立ちかけたボクの所に、ロックのかかっていたはずのドアを開けて飛び込んでくる見慣れた顔。

「ヘーイ、坊ちゃんも存分に怖がってくれましたデスかー? フィス的には、この程度の恐怖演出は激甘なんデスけどねー」

「十分怖ぇよ! なに一緒にボクまでビビらせてんの!?」

「だって〜。大旦那様も『相手に遠慮はいらん。存分にやれ』と仰ってましたので」

「爺ちゃんの言う『相手』に、ボクも含むのはおかしいじゃないか!?」

「まあ、坊ちゃんのことは置いておいてデスね……」

「いや、置いておくなよ。目的だろ!」

「五月蠅いデスねこの羽む……坊ちゃんは」

 今、「この羽虫は」って言いかけたよなぁ? 言いかけて、言い直したよな?

 この悪魔。メイドの仕事はなんかかんやとこなすけれども、使えている家の人間であるはずのボクに対しては、やけに悪辣なんだけど!?

「お二人さん、お二人さん。良い話あるよ」

 フィスは、助けたボクの事は無視してノビている誘拐犯二人に話しかける。

「今ならこの契約書にサインをくれるだけで、借金をチャラにしてくれるデスよ。なーに、返済義務などないデスよ。ただ寿命をほんのちょびっとすんごくタップリ後で頂くだけデスから」

「止めんか!」

 悪魔営業を誘拐犯二人相手に始めたフィスへ、ボクは命令をする。

「仕方ないデス。坊ちゃんがそう命令するのでしたら。止めるデス」

 さっきまでのいい加減な態度はなりを潜めて大人しくなり、ボクからの命令に従うフィス。

 しかし油断はならない、このメイドはなぜなら――

「所で坊ちゃん。『歯には歯を、目には目を』って言葉があります。だったら、『誘拐には○ナルファ○クを』デスよね☆」

「それ、禁止! つか、やんな」

 ――悪魔なのだから。

 ボクは、目を輝かせて嬉しそうな悪魔の笑みを浮かべていたフィスの頭をハタいた。


  *  *  *  *  *


 一つ、甲には乙の人間を守る義務がこの契約を交わした時点で生じる。


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