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1.近所の幼馴染が朝起こしにくるシチュって王道だよね

 午前五時半。

 日本に名家として名高い千年院家の朝は早い。

 朝食の準備が整い、メイドは時間通りに規則正しく、屋敷の住人を起こしにやってくる。

「坊ちゃん、早く起きるデースよー。ただまだ寝てくれても、フィス的には別に構わないデスけど」

 まだまどろみの中にあるボクの意識に、ぬるりと入ってくるこえ

 睡眠欲という生物の本能にも直結するその提案は、まさに悪魔のささやきだった

「じゃあ、あと五分……寝かせて」

 今日は休みだからと、昨晩はつい遅くまでパソコンで遊んでいたボクは、うっかりその言葉を口にしてしまった。

「そうデスか。仕方ないなー。坊ちゃんの頼みなら仕方ないなー。……ならば今のうちに……もぞもぞ――はむっ!」

 何やら腰のあたりに生温かいものが当たっている感触がある。寝惚け状態ではなく覚醒した思考ならば、そんなことがあれば慌てて飛び起きただろう。

 しかし、まどろんだ思考の中ではそんなことは大したことではなくなっており、ボクはどうでもいいこととして切り捨ててしまった。

「スースー」

 この時、間抜け面でグースカ寝顔をさらしていた自分を蹴たぐってやりたい。

「はむはむ、チューチュー、……。坊ちゃーん、起きていないデスよね? いーデスね? いいデスよねー?(もぞもぞ)」

「zzz……」

「――ぺろっ」

「わひゃあ! ――何をやっているんだフィス!」

 へそにヌメヌメとしたものが当たり、ボクは堪らず飛び起きる。

 ここでようやく、ボクは意識が覚醒し、ベッドに潜り込んでいたメイド――フィスを蹴り出す。

「酷いデスよ坊ちゃん。こんないたいけなメイドをベッドから蹴落とすなんて……およよよよ」

 なーにがいたいけなメイドだ!

「『およよよよ』なんてワザとらしい嘘泣きは止めろ! そんなことで騙されないぞ」

「あ、バレましたか?」

 フィスの涙を拭う仕草を止めた顔には、何一つ泣いていた痕跡はない!

「じつはデスね、もうすぐ食事の用意ができますんでお呼びに来たんデスよ。そしたらなんと、坊ちゃんの可愛らしい寝顔が目の前にあるではないデスか。ならもうこれは、同衾するっきゃないかと」

「御託はいいから、本当のことを話せ。本当のことを」

「ちぃっ、これもバレちゃいましたデスか」

 お前の話すことの九割は出鱈目で信用ならない。

 コイツは俺が命令でもしない限り、ほとんど本当の事を喋ってくれることはない。

「そんなの決まっているじゃないデスか。フィスは坊ちゃんが、『あと五分……寝かせて』って頼むものデスから、五分の安息と引き換えにその対価を頂こうとしただけデスよ?」

「何を頂こうとしたんだ! しかも、人が寝惚けて判断がつかない状況で、この悪魔!」

「はい。フィスは確かに小悪魔デスが?」

 フィスが、カチューシャやらエプロンドレスの下から矢印の様な触覚や尻尾を生やして揺らして見せる。

 そう、剣も魔法もファンタジーも空想の産物、科学の力で世の中が解き明かされていくこの現代日本において悪魔が居るのだ――どういうわけかこの千年院家のメイドとして。

「でも怒らなくても、いいじゃないデスか。フィスが坊ちゃんに望む対価は、童貞と、寿命五分ぶんと、坊ちゃんの今月のお小遣い二千円分デスよ? 可愛いものデスよ」

「どれもサラッと怖いよ!」

 要求が五分と短いとはいえ、寿命が縮むのは気分がいいものではないし、小遣いとかはまともな金銭感覚を身に着けるって理由で月々三千円なんだぞ!

 童貞は……確かにフィスは、小悪魔的可愛さがあるっていうか実際小悪魔だし、物語によく出てくる女悪魔みたく男への誘惑オーラがプンプンしているというか。本音としては惜しいという声は少なからずあるけど。

 だけど! やっぱ寝ている間に人外に童貞を奪われるとか嫌すぎ――ハッ!

「焦ってる焦ってる。坊ちゃんお目覚め、いかがデスか?」

 両手で頭を抱えている僕の姿を、ニヨニヨ(ニヤニヤではない)と見つめるフィスの視線に気が付く。

「いやー。朝から坊ちゃんを玩具に……いや、いじるのは楽しいデスね。さあ、今日も一日仕事するデスよー!」

 言い直しても変わんねーよ!

 完全に目が覚めているボクを残して部屋を後にして去っていくフィス。アイツ、終始人をからかいっぱなしで行きやがった。

 結果としてフィスに起こされたのは事実だけど、からかいに来ただけにも思える。それに、対価の要求も本当にからかう為だけの冗談だったのか分からない。

 だからこそ……ウチのメイドは信用ならない。


  *  *  *  *


 一つ、悪魔である私――フィス(以下、甲と表記)は、千年院家(以下乙)にメイドとして従事する。


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