Identical twins
つい最近まで私たちは一卵性双生児でまったく見分けがつかなかったはずなのだが。
何の因果か、一目でわかるようになってしまった。
私の姉が人をやめてしまったのである。
そこまで真希が打ち込んだところで、不満げな声が降ってきた。
「ちょっと、人聞き悪い風に書かないでよー」
「ねえ結局人なの? 人じゃないの?」
「厳密に言えば人じゃないっぽい」
「てか見ないでよ」
「見なきゃ好き勝手書いてるじゃないのよ」
ふくれた咲希は床にぺたりと座り、ひざに乗せた尾を指で梳いた。いまだ見慣れないそれを真希は無言で見つめる。
綺麗な赤茶色の、艶やかな獣の尾。これは狐のものだろうか。
「狐だっけ」
「ううん、狸」
「は?」
「嘘です狐です」
「……ねぇ」
真希の呼びかけに、咲希は無言で目を上げる。狐が狸がと言っていたときから表情は変わっていない。つまり真顔で冗談を言っていたということだ。
「そのこと、書く?」
「書こうよ」
「仕事減るかもよ」
「逆に増えるかもよ」
膝からするりと滑り降りた狐の尾がぱたりと床を叩く。今までの日常になかった異質な音。ペットがいればあるいは違ったかもしれない。それでも違和感はあるのだろうか。尾をぱたぱたと揺らし、それを見ながら咲希は言う。
「普通の人も隣人になり得るいい例として」
隣人。そこここに住んでいて、人間とさほど変わらない。ただし牙や尾や翼のある人々。今や姉もその一員なのだと、真希はぼんやり思う。
「いい例、かあ。……何か変わった?」
「バランスが取りづらい。あとドライヤーの時間が倍増」
「ねぇちょっと尻尾は自然乾燥にしてよ電気代バカになんないんだから」
「ごめんごめん」
苦笑した咲希は微笑を唇に残し、真希の目を覗き込む。人か、人からずれたか、それだけが違う瓜二つの二人。
「どうかしたの」
「双子の一方が人をやめたらさぁ」
「やめてないって」
「もう一人もそうなるのかな」
「さあ?」
咲希の尾に触った真希は、その温かさに戸惑った。人肌、それよりも高い温度。毛皮で保温されているからだろうか。
「私なら、何になると思う?」
「狸でいいんじゃない?」
「いいんじゃない、て」
「狐と狸の双子。よくない?」
「いいかもね」
視線を交わし、二人でにやりと笑う。
これまでのようにはいかないだろうが、それでも、相棒は相変わらず隣にいる。生まれてから、今までも、これからも。
「じゃあ今回の原稿は咲希が書いてね」
「嘘でしょ」
「マイノリティになる可能性についてよろしく」
「えええ」
呻きながら真希と場所を交代し、パソコンに向かう咲希の尾はしょんぼりと動きを止めていた。今度狐面か獣耳を買ってこよう、と真希は心に決める。
そして、狸は狸でも、尾が生えないと意味がないな、と思った。