追憶の中で
「おい、起きろ!起きろってば!ディブ!今起きねえとただじゃおかないぞ!」
古い電灯が瞬く部屋に男の怒号が響いた。
薬を盛って眠らせたにもかかわらずそれを怒号で起こそうとするなど身勝手にもほどがある。
いつも余裕たっぷりで、お調子者で、紳士的な彼の顔はかつてないほど血の気がなかった。
傍らには、少女が力なく横たわっている。
彼女は男が目を離したすきに、何をしたのか、いや正確には何かをされて、床に倒れこんだ。
瞳を閉じて呼びかけにも応じない。かろうじて呼吸をしていることに安堵するしかない自分の無力さが泣けてきた。
ギアは必死にディブを揺さぶる。
元はと言えば、自分が彼に一服盛って眠らせたのだが、彼は理不尽に怒るしかない。
「ディブ!起きろ!トリシアが起きないんだ!!」
悲痛な叫びだった。
少女は男がどれほど脇で大声をあげて怒ろうとも、逆鱗を強く握りしめ眠っていた。
記憶の中で、自分はとても幸福な光の中にいた。
父が、母が、愛する人が笑っている。
そしてシャルロッテの事が何より好きだった。
「ねえ、シャルロッテ。きょうはどこに行く?でもあまり歩きすぎると赤ちゃんがいてたいへんだから、やっぱりお庭がいいかなあ」
「ふふふー、トリシアは可愛いなあ優しいなあ、ずうっと一緒にいたいなあ」
そう、私たちはずっと一緒にいられない。
ずぶずぶと幸福に溺れていた自分の意識が不意に覚醒する。
ここは、私の記憶の中、過去の出来事よ。あなたはトリシア、この子どもは私の過去。
……きっと逆鱗には魔法がかかっていたんだ…。
だからきっと、この忘れていた記憶には何か大切なことがあるんだ。無意識に私はそれを理解する。
何一ついままで、理解を拒んでいたのに、不思議…こんな何一つ夢物語みたいな現実を受け入れようとするなんて、本当に不思議。
気を張っていないと、過去の感情に飲み込まれる。
シャルロッテ、彼女がこの逆鱗の持ち主。
はっと手のひらを見つめるとそこに逆鱗の姿はなく、跡形もなく消え去っていた。
そうか、まだ私は彼女の逆鱗を見てさえいないのだ。
そう、私はまだ彼女がドラゴンである事もドラゴンの存在さえ知らない。
無知な子ども。
記憶の中の私は彼女の膝もとに頬を寄せて、昔話を聞いている。
場所は家の中、しかし窓の外に広がるのは見知らぬ草原だった。
棚の場所、窓の位置、テーブルの色、すべて私の暮らしている家と同じ。
どうして、家が違う場所に建っているのだろう?
しかし、また過去の感情に飲み込まれる。
「シャルロッテのまわりはいつも風が吹いてるねー!だって風の匂いがするもん」
それを聞いて、シャルロッテはとてもうれしそうに笑った。
「ねえ、リタ今の聞いた?聞いたよね!絶対聞こえてた!」
リタは苦い顔で聞こえないふりをしている。
「この子には才能があるって気付いてるでしょう?ドラゴニスタなんて得体のしれない組織の決まりなんて無視しちゃえばいいんだよ。私はこの子に託したい、いいえこの子以外は嫌!」
でも、とロッテはローヴァに向かって笑いかける。
「ローヴァが嫌いなわけじゃないんだよ?」
父は分かってる、と笑みを返す。
お父さんはお母さんとロッテがおしゃべりしているのを聞いているのが好きだった。愛しい人の声と大切な友人の声を聞くことが、話下手な彼の楽しみだったのだ。
「得体のしれないのはあなたも一緒!駄々をこねないでよあなたいくつ?」
シャルロッテは指折り数えている。
「記憶が確かなら1億と12万8千3百5十3才…」
「数えなくてよろし!」
リタはやりなれている様子で口論をする。
「シャルロッテは長生きなんだねえ、わたしも1おくさいまで生きれる?いちおくって長生き?」
そこではっとしたように二人は口元に手を当てる、しまった…という顔だ。
「う、うーん1億才はちょっと無理かなあ…あはは」
「不可能ではないのよ、トリシアあたしと契約…約束したら出来るもの」
「ロッテ、変なこと教え込まないでちょうだいっ!」
私は笑っている。
とっても楽しい。そうだお母さんはほんとはおしとやかというよりもおてんばだった。
家庭もにぎやかで明るくて笑みが絶えなかった。
シャルロッテだって、負けず劣らずのおてんばで奔放な性格でいつもリタを困らせていた。
影が差す。
雲に太陽が遮られたように、景色から彩度が失われる。
彼女の顔が突然曇る。腹のふくらみに手を添える。
そのしぐさに母がすぐに気付いて彼女のそばに近づく。
「ロッテ、ドラゴンの安定期に関する情報は私たちにはほとんど無いの。無理はすぐに祟るっていうことを忘れないでちょうだい。ドラゴニスタに問い合わせても他に例を見ないと言われたんだから。あなたも赤ちゃんも失いたくないの」
彼女の顔から笑みが消える。
「…あのような若造の戯れなんぞ信用してはならぬと言ったであろう?なにを、今更っ…私にはLeloupさえいればいい。だから、この子にも…」
恐ろしく老練な気配がする、決して狭くない部屋いっぱいに気配が広がって窮屈に感じた。私は怖気づいて彼女のそばから離れた。この恐ろしい気配に飲み込まれてはいけない、このひとに、近づいてはいけな、い。
後じさりたたらを踏むように彼女から数歩離れた。
しかしすぐに瞳に母性の光がともる。
「この子には、この子には私のような孤独の時間を過ごさせたくないの…っ」
リタは強く抱きしめた。
「そうよ、だから、あなたもお腹の子も失いたくないの」
彼女は淡く笑う。
「…違うわリタ、あなただって勘付いているでしょ?妊娠期間が長すぎるし安定期にはもう入ってる。卵はもう準備が整っているのに…考えられる可能性はひとつ、私の記憶や能力や力が全てお腹の子に移行していて…きっと私の命と引き換えに…なるのよ、今までとは違うわ…」
「シャルロッテ、おさんぽ行こう」
この重苦しい空気に耐えきれず、私は彼女の手を取って外に出た。
頬に滴がはじけた、雨かと思って空を見上げると晴天だった。
ああ、これは自分の涙か。
泣きながら日のあたる草原をすすむ。
…私は、昔から泣き虫だった。怒っても悲しくても嬉しくても涙が出てしまう。
「トリシア、ごめん、もういいんだよ、いいんだよいいんだ…」
背中からシャルロッテが抱きしめる。
「シャルロッテ、死んじゃやだぁ」
うわーんとこらえていた声があがる。
シャルロッテのまわりはいつも風の匂いがした。
草の芽吹く匂い、夕立の匂い、朝露の匂い、海を翔る匂い…
「トリシア、今日は、今日は昔話をしてあげる。どうしてもあなたに聞いて欲しい話」
私はおとなしく彼女の膝に頭を置いて額をお腹のふくらみに寄せた。
シャルロッテの美しい指先が私の髪を梳いて小さな頭をなでた。
文才を!誰か私に文才をくれ!
過去の記憶の話と今現在の話の書き分けが難しい
トリシアは逆鱗を覗き込んで魔法にかかり、過去の記憶に迷い込んでしまったようです
話がすり替わっていることに気づいてくれていますか?
私の日本語は通じていますか!?←
書くのはすこぶる楽しいです
はい、とっても
是非読んでください、そして読んでくださりありがとうございました
では次話も乞うご期待☆




