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sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
萌芽(出会い編)
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夜更けの密談(3)

「これを開けると、危ないの?」


彼の右手の痙攣は治まり、呼吸も楽になってきたようにみえる。


「君以外が無理やり開けると大変危険だったね」


彼なりにジョークを言っているつもりなのだろうが、トリシアには脅しにしか聞こえない。


一瞬、開けるのをためらう。

が、ひとつ頭に引っかかった事があった。


「…あなたさっき『呪い返しされた』っていったよね。呪い返しって自分が相手を呪わなきゃ呪いを返されたりしないよね」

「……っ」


どうやら、口がすべらせたのか軽く舌打ちをして顔を逸らした。


「あなた『呪った』のね」


「失礼な!呪ってなんかない!」

ムキになって否定する彼に重ねて尋ねる。

「じゃあ何したの?」


ふたたび居心地悪そうに視線をそらすのは、やはりやましいことがあるからだろうということは容易に想像がつく。

彼女は少し考えを巡らせた。

そして、壁に突き刺さったペーパーナイフを引きぬくために立ち上がる。


「ちょっと、あれホントに開けるの?たちの悪い冗談はよしてくれ。私が言うのもなんだけどろくな物が入ってなような気がする!」


片手では引き抜けず、両手で柄をつかむ。

相当深く突き刺さっている。


「悪意には悪意を、祝福には祝福を。呪いって言うのは両方を意味するはずなんだって」

「だからって、安全だとは思えない!君は頭がおかしいんじゃないのか?!」


トリシアが意地悪そうに笑う。


「あなた、怖気づいたの?」


そう言われてはもう何も言えない。ギアは黙るしかなかった。

強気を装っているが内心はトリシアも不安でいっぱいだった。

引き抜いたペーパーナイフは凝った細工が施されていてきれいなアンティークのようだった。

美しい刃には、先ほどの行為の所為でひびが入りところどころかけている。もう使い物にはならないだろう。

もしも、この大きな力が自分に向かってきても、自分はなす術もなくこの刃よりも脆く傷つくだろう。

しかし、心は波立たぬ湖面のように静まっていた。

なぜだか、この手紙を開けねばならないと思ったのだ。

糊付けされていない封筒の隙間に刃を滑り込ませ、ひといきに紙を切り裂く。


目を瞑り、恐怖心に抗いながら。

緊張のせいで浮かんだ汗が額をつたって滴った。

封筒に滴がはじけても静かに紙に染みいっただけだった。


「…ああ、あいちゃった…あいちゃ、た」


何も起こらなかった。

かすれた声で彼女は安堵を発した。

息を深く吸い込む、新しい空気が肺を満たすと安堵は色を増して血流に乗って全身を包むような気がした。

へたり込んだまま封筒に手をつけないトリシアに代わってギアが封筒を拾い上げた。


「…祝福には祝福を、ね。確かに君が言った通り中身は祝福だった」


「そして私が言った通りとんでもない物が入ってたよ」

彼は封筒の中身を掲げた。


ギアの顔はひきつってちぐはぐな顔。


その輝きに目を見張った。

手のひらほどの大きさの水晶にも似た透明で澄んだ結晶、しかしとても薄い貝殻のような形をしている。宝石、だろうか。

自然の力によって出来たものではなく、人の手によって作られたものでもない。

色は角度ごとに微妙に変化し、光を反射してきらめいた。

封筒から取り出すと結晶に空けられた穴を通って丈夫な紐が凝った編みこみの細工を施しながら結び付けられていた。

半信半疑のままつぶやいた。


「…まさかこれ、うろこ…?」




大きすぎる、いったい何の……?

へび?トカゲ?魚…?恐竜…、?


思い当たるのは一つの生物しかいない。それも架空の伝説上でしか姿を現さない生き物。


「そう、鱗だ。しかも逆鱗げきりんだ!まさか、まさかお目にかかることがあるだなんてね…」


彼はついにこみ上げる気持ちを抑えきれなくなり身を揺らしながら笑った。


「ははっ、くははははは、あっはっはっはははははは…!」

この男は狂ってしまったのだろうか、トリシアは本気でそれを心配した。

放心しているトリシアを置いてけぼりにしてしばらく彼の笑い声だけが部屋を満たす部屋はひどく…薄気味が悪いのに高揚していた。


冷めた紅茶を飲み干し、今度はトリシアがギアの分も注ぐ。

笑い疲れた彼の顔は暗く沈んでいた。



…泣き疲れた顔にも見えたのは気のせいだろうか。



「龍の逆鱗げきりんは数百枚―一説には81枚―ある鱗のうちにたった1枚しかない特別な鱗で、ドラゴンの理性を保つ大事な物なんだ」


ギアは唐突に語り始めた。


「逆鱗は、数ある龍の鱗で最も美しくそれを見た者はたちまち魅了されてしまう。しかし逆鱗に触れられると龍は理性を保てなくなり、どれほど温厚な性格であっても衝動を抑えきれず殺してしまう…そういうものだよ、これは」


ギアの視線は彼女の手のひらに固定されていた。


「龍にとって逆鱗を自ら贈る事はとても特別な事だ。いや特別どころの騒ぎじゃない。道理であんなに厳重に魔法をかけてあるわけだ、まったく…これを贈られたという意味が…君みたいな小娘に分かるって…贈り主は本気で思ってるのだろうか、理解できない」


ほとんど独白だった。

トリシアには逆鱗の意味や重要性など全く分からなかった。

でも、彼女はもう一度よくよく贈られた逆鱗を見つめる。


何かを誘うように瞬き光り、そして七色に輝く。

馬鹿みたいな話だが、ドラゴンの存在を知りもしなかった私がこれに「見覚えがある」のだ。

じわじわと感情が湧きあがってくる。そうかもしれないという疑念が確信に変わりはじめる。



「ねえ、トリシア話聞いてる?君、いったい何でこんなものが贈られてきたのか心当たりある…わけないか、おーいトリシア―」


ひっくり返したり電灯にかざしたり逆鱗を夢中になって見ている彼女にギアは少し苛立っていた。

逆鱗を贈られた事の重大さがまるで分かっていないことが傍から見ていてもまるわかりだった。

しかし、トリシアはそれどころじゃない。ギア以上に重大な事を彼女は思い出し始めている。


一生懸命動かしていた手を力なく床に下ろした。

なんだか泣きたい気持になってきた。


「………ギア、私この逆鱗、知ってるの…」

「ごふぅぅぅぅっ!!!」




彼は盛大に飲んでいた紅茶を吹いてむせた。



だれかこんな頼りない男よりも隣にいてくれないか、どうか誰かこの作為の張り巡らされた世界から助けて…。


夜更けの密談も結構長々と続いてますね

もうそろそろ朝になってもいいような気もするんだけどな

 

そう言えばギアの容姿をちゃんと書いてないなといまさら思いだしたり、

おちゃめな性格はそろそろきちんと書いてあげたい…!

ホントはもっとチャーミングな子なんだ!!

筆者としての文才が深く悔やまれる…

 

なににせよ、今回も読んでくださりありがとうございました

次回も乞うご期待☆

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