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sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
萌芽(出会い編)
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夜更けの密談(2)

「ねぇ、トリシア。君のルルーっていう苗字って母方の方のだよね」


ギアは紅茶に口をつけて、まるで何でもないように話を進める。



「…」



トリシアの思考はほとんど止まっていた。

あの父さえも、私をドラゴニスタにするつもりだったという事実に動揺を抑えきれない。

父は言った、事故にあったその日の出かける前に「書斎の本を全て読んでほしい」と。

さらに、ギアによると釘が打ってあった棺桶は空だという。


父は、死ぬ事を知っていたのだろうか。

知っていながら、あの日この家を出て行ったのだろうか。

何らかの形で、自分が死ぬことをあらかじめ知っていて、死んで、私に葬儀を執り行わせたのだろうか。

空の棺桶を見送らせたのだろうか…。

置き去りにされた気がした。

事故に合ったのとはわけが違う。もし、もしも父が父の意志でそう決めて出ていったのなら…それは自死と変わりないわ…。



ギアはため息をついて、カバンからごそっと分厚い紙の束、正確には紐で製本された書簡を取りだした。

表紙は動物の皮が使われていて西洋の本に見える、が紐で束ねるという方法は東洋の方だろう。

使い古されたように見えるそれは、日焼けをしていてほこりっぽくかび臭い。

彼は開き癖の付いたページから表紙に向かって紙をはぐる。

「これは私のとっておきの手帳だよ」


「ここにはドラゴン、龍という呼び方もあるようだけど…ドラゴンと接触し、交流を持った人間との間で取り交わされた事が詳細に記されてるんだけど…」


ギアは私の顔を見て困った顔をした。


「頼むからそんなに泣かないで」


泣いてる事に気付かなかった。でも指摘されるとことさら涙があふれた。

どうせあなたみたいな…整った、素敵なルックスじゃあ何人も女の子を夜な夜な泣かせてるんでしょ。私一人くらい増えたってたいして変わりやしないじゃない。

そんな嫌味も言えないほど、涙で喉を詰まらせた。


差し出されたハンカチをありがたく受け取る。

少し、呼吸が楽になるまで彼は待ってくれた。多分そんなに短い時間では無かったと思う。


こんなに人の前で涙を流したのも父さんが死んでから初めてのことだった。




伯父が静かなことを不思議に思って目を向けると、熟睡していた。


「ディブには少し眠ってもらおうと思って一服盛ったんだ、少し二人っきりで話したくって」


唇の前に人差し指を立てて、軽くウィンクを飛した。

セリフは熱烈だけれど、手段が穏便ではないので苦笑いをするしかない。


「でね、ここに明記されていることによると君の母方の姓を名乗る女性が一番初めにドラゴンとの接触、交流を持ったらしいんだ。それ以来君の家の女性は嫁ぐのではなく婿をもらっている」


これほど女性に重きを置くことは珍しい、と彼は付け加える。


「以来、姓や土地と一緒に龍を保護する事も男ではなく女の子ども方に相続されていたのでないかな」


ページの頭に「Leloupルルー」と大文字で記されている部分を人差し指でトントンと叩く。

「つまり、リタ、君のお母さんが死亡した時点では本来君がドラゴンとの交流を相続するはずだった」


がしかし、と彼は眉間を軽くもむ。


「ここでドラゴニスタが出てくる。Leloupルルーが龍との交流を持ち、それが子子孫孫へと相続するが慣例化した後にドラゴニスタという組織が発足する。当然、Leloupルルーにも接触する。ドラゴニスタ規定に従うと協定年齢というものが出てくる。それによって君でなくローヴァにドラゴンとの交流が持ち越された」


涙をぬぐいながらおとなしく話を聞いた。

紅茶に手をつけない自分を見てギアが「砂糖とミルクは入れる?」と柔らかい口調で聞いた。


「砂糖3つ、レモンはふたかけら…」

鼻声で注文すると彼はその通りにしてくれた。

「結構、甘くするんだね?」

「ギアの味覚が大人なの、私はお子様なの」


駄々っ子のように主張するとギアはすこぶる機嫌が良さそうにニヤニヤしている。


「…なによ気持ち悪い。私へんなこと言った?」


彼はやはり嬉しそうに「いや、だって」と笑みを浮かべる。


「やっと、私の名前呼んでくれたから」


そうかもしれない、と思ったけれどなんだか認めるのがしゃくだったから


「馬鹿らしい」

と顔をそむけた。

でも、きっと私の頬にも笑みが浮かんでいる。

紅茶のカップを両手で包む。

あったかかった。ずっと私から遠ざかっていたものが戻ってくるのが分かる。


「ねえ、そのお母さんとお父さんが交流していたドラゴンって同じドラゴン?」

「うん同じ、ついでに言うとLeloupルルーたちと交流していたのはすべて同一の、1匹のドラゴンなんだ」


「えっ」

思わず口つけた紅茶から顔を離した。

想像を絶する年月にあたまが追いつかない。

「まあ、驚くのが普通だよね。でもドラゴンって平気で千年とか生きちゃうから」


指を使って計算しようとする私を見て、待ってと穏やかに笑っていたギアは急に真剣な顔をして止めた。


「君がこれから接触するのは、違うドラゴンなんだ」

「え、なんで?」


彼は2杯目の紅茶を注ぐ。ついでに私のカップにも、まだ半分も残ってたのに。


…もしかして動揺してる?


今まで完ぺきだった彼に少しだけ印象が上書きされた。

彼は少しためらって口を開いた。


「君にはその子どもを託したい。ローヴァとリタはその母のシャルロッテ―大地に根ざす者―と交流し保護していたのだけど、彼女は子供を身ごもって、命と引き換えに出産したらしいんだ」


通常はあり得ない、と彼は前置いた。


「通常、ドラゴンは100年もしくは500年のスパンで出産と子育てをする」


彼はleloupルルーのページからドラゴンの絵が書いてあるページを指した。

そこには親子のドラゴンが寄り添っている。


「彼女は雌雄同体だった。雌雄同体のドラゴンは他にも多くいるが、彼女は特殊だった。特殊ゆえに出産は命と引き換えにしなければ不可能だった…と聞いている」


彼は朱い蝋で封をされた封筒を3つ差し出す。

そのうち2つは既にギアが開封していたけれど、封をされたままの封筒は中身が違っていた。

振って中身が何かを見極めようとする。

封を破り裂こうとする前にスッとギアがそれを取り上げた。


「この封筒には魔法がかかっている、見てて」


ギアが逆向きにペーパーナイフの持ち手を両手で握りしめ、一気に突き刺した。




ッ!




瞬間、金属音と閃光が閃いて思わず目を瞑る。

そして目を開けると、ペーパーナイフははじき飛んで壁に突き刺さっていた。

ギアの手はナイフを握りしめたかたちで固まって痙攣していた。額に汗が浮かんでいる彼と手紙、そしてナイフを何度も見比べてもトリシアには何が起こったのか分からない。

ただ苦しそうな彼の背をさする事しかできない。


「何してんのよ…っ!」

血が滴っている。

「ちょっと、何とか言ってったら!」


トリシアは固まって動かないギアの手をこじ開けようと手を伸ばす。

指を一本ずつ拳からはがすのに大変な力が要った。

どれだけ強く手を握りしめたらこんなふうに固まってしまうのか。


「君以外には開けられないようになってる、んだね…。…まさか呪い返しされるとは思ってなかったけど」


「怪我するようなこと、しないでったら…」


左手の指は全て離れた、けれど握った右手はぶるぶると震えている。

思わず自分の両手で包みこむ。

細い指のぬくもりと力強さにギアは柄にもなく戸惑った。でもそれを表には決して出さないようにつとめる。


「あれにはよっぽど大事なものが入っているみたいだ」


開ける勇気はある?

血の気の引いた顔でギアを見上げる彼女の顔は葛藤に揺れていた。

薬を盛られた伯父さんはいいとこなし(笑)

伯父さんが眠ったことで、二人の会話は密談、ということにしたかったのだけど

この話もう少し続きそうです

 

今回もよんでくださりありがとうございました!


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