表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
萌芽(出会い編)
5/225

夜更けの密談

しゅんしゅんとやかんが湯気を吐き出す音が響き渡る。



茶葉をポットに入れ湯を注いで角砂糖とミルク、角切りにしたレモンを皿に盛った。

自分は砂糖を入れずに紅茶を飲み物として嗜めるほど大人ではない。

そういえば、横着をしてカップではなくポットの方に角砂糖を入れて出したら、父に大ブーイングを食らったことがあったっけ…。

「こんな甘い紅茶を飲み続けたら成人病で死んじまう!」


ふふっと思わず吐息が漏れ笑みが浮かんだ。

渾身の父の一言に、私はその時、大笑いしてしまったのだ。


笑っていることに驚き、紅茶のカップに伸ばした手を自分の唇に引き寄せ触れる。



蝋燭にともる灯のように心が大きく脆く揺らいだ。


手の甲に滴が立て続けに数滴はじける。

瞳から思い出のかけらがあふれて止まらない。制御の仕方が分からない。

「だめだめだめ、今泣いちゃやだぁ…」


袖で涙を拭ったら気付かれる、そんなところばかり現実的に考えエプロンを目元に引き寄せギュッと目をつむる。



止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれとまれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ………止まれ…!



しゅんしゅんと湯気のたつ音が耳に障る。

息を殺して涙が止まるまで、ずっと止まれと念じていた。

紅茶の準備をしているとはいえさすがにもうそろそろ部屋に戻らなければ不審に思われるだろう。

しかし心とは裏腹に涙が止まらず、嗚咽が混じりはじめる。


こんなところ見られたくない。私だけの父さんの思い出は、私だけで悲しみたい。

けれどそれにはまだ時間が足りなくて。


しゅんしゅんとやかんが湯気を吐き出す。その音以外は何も聞こえない。



不意に氷水が背中が伝ったような鳥肌が全身を走り抜けた。

嫌な汗が噴き出して悪寒がする、体の反射、本能に身を預け背後を振り返り身構える。膝が笑う。


真っ暗だった台所の電灯が瞬いた。


パチンとスイッチを入れたのは、台所の入口に寄りかかっていたギアだった。


彼は少し驚いた顔をしていた。




「やだ、おど、驚かさないでよ」


つっかえながら言葉を発した。そうでもないと足元から崩れおちそう。

汗がひく、悪寒も粟立った肌も消え去っていた。ついでに涙も一緒に。


「今、持っていこうと思ってたの、泣いてると思った?」


いや、泣いてたけども。拭い忘れた涙は汗か涙か判別できないところに流れていった。


「お客用のカップどれにしようか迷ってて」


本当はそんなカップうちにはない。嘘ばっかり、と自分に呆れる。でもギアに付け入るすきを与えまいと必死だった。

彼は何か言おうとしたが言葉を飲み込む。

そのかわりに「これ持って行くんだろ」とおぼんを持った。笑った彼の顔は優しく見えた。

大人しく彼と一緒に台所を抜ける。

まだこんなにドキドキしてる。気付かれないようにそっと胸に手を当てる。

どうせドキドキするなら恋のときめきの方がずっといいのに。さっきみたいに恐ろしくて驚いたりするより。


自分の目線よりずっと高いギアの横顔を見上げた。


整った顔を見つめても、今以上に動悸が激しくなる事は無かった。





「…ふふっ私の隣にいるとそんなにドキドキするのかな?」


見透かすように、からかうような口調で彼が言うとにくたらしくなった。

ある意味図星だったのでちょっとばかりムキになる。

ポットをひっつかんで紅茶をかけてやろうかという野蛮な衝動に駆られたが、こらえた。


「し・ま・せ・ん!」


意固地な態度は余計に彼を喜ばせただけらしく、あの整った横顔に笑みが浮かんでいると思うとますます憎たらしくなって、ならば意地でも顔を上げまいとうつ向く。


「伯父さん、入るよ!」


部屋に一人いた伯父は私が読み散らかした本に目を通していた。


「ディブ、私が言った通りだろ?」

「ああ、どうやらお前の考え通りで間違いなさそうだよ」


伯父は読んでいた本から顔をあげ本棚を見まわし感嘆の声をあげた。


「ローヴァはトリシアをドラゴニスタにするつもりだったらしい」

「…嘘でしょ」


全身から力が抜ける。

おぼんを持ていなくてよかった、きっと紅茶を床にぶちまけてたに違いない。

それを見越されて言葉をかけられていたなら最悪だわ…なんて考えながら。


「何を根拠に、そんな…!」

声を荒げていないと、何もかも認めそうになっていた。

おぼんを持って両手のふさがっている彼は床も見えないほど散乱した本を器用に足でよけてスペースを作りおぼんを置く。


「ここにある本には全部ドラゴンに関する記述があるんだよ」

彼はポットを手に取りカップへ紅茶を注ぐ。


「そんな、そんな、たったそれだけで…分かるわけ、ないじゃない。父さんの事なんて!」


いや待て、ようやく頭が回転を始める冷静な思考も再開する。

7日間でほぼすべての本が棚から離れた。少なく見積もっても100冊以上あるだろう。

この部屋には壁を埋め尽くすように7つの本棚が部屋を取り囲んでいる。

仮にひと棚50冊だとして計算すると350冊、そのすべてにドラゴンに関する事が書かれているなんてことがはたして偶然にあり得るだろうか。


作為があるんじゃないだろうか。




ギアはついさっきまで怒りに震えて声を荒げていたのに黙りこくったトリシアを見て声をあげて笑う。

「君ってホント面白いね」

自分が信じるに足るか、たとえ自分にとって都合の悪い情報であっても天秤にかけ考慮する。


感情が嵐のように荒れ狂っていても、思考はシンプルに。

それが意図していても、しなくても、彼にとって彼女は最高に興味深い人物だった。


「本当、なの…?」



童話から小説から学術書から分類の分からない怪しげな本も全て?


「間違いないね」


伯父に視線を投げるが彼も肯定した。




「どっちにしろ、君は遅かれ早かれドラゴニスタになる他なかったということではないかな?」

一度投稿寸前でデータが吹っ飛ぶというアクシデントに見舞われながらも

何とか5話投稿です

ギアの存在がどんどん怪しくなってきますね

怪しくしているのは筆者なんですけど

たまに、こいつ何者だろうと自分でも思ってしまいます


とにかく、データが全部吹っ飛んだ時は

今日はもうやめようかな…と絶望の淵に立ちましたが

なんとか持ちこたえました

今回も読んでくださってありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ