龍の生まれる所 240日目
宿題を解いてしまってから、今度はトリシアが自分たちのことを話す番だった。
たった1年間、ドラゴンのいる世界に飛び込んで2年のことだったのに人生の半分は既にそのために使ったような気がするほど濃密な時間。
多くの出会いに溢れていて、シュトとの出会いはその中でもいっとう愛おしかった。
ちなみに出来れば黙っておこうと思っていた出来ごとのほとんどはシュトの口から語られていた。
何って言われると困るけど、鞘と剣の話とか、桂林でのこととか、ギアのこととか。
もうほとんど身内同然の感覚だったので隠す事も馬鹿らしくなって今は開き直っているのだけど。
「なんだい姫さん、ずいぶん男前な誓いを立てるんじゃないか」
「だから、そういうのって人にベラベラ話すものじゃないじゃない!」
「何言ってるんだい、胸張っていいように思えるがな」
「どうせシュトが得意げに自慢げに誇らしげに話したんでしょう?珠姫も大概そうだけど基彦も暉臣もシュトに甘いのよ」
この頃はもう4人の名前をネイティブに呼べるようになった。
日本語もめきめき上達して、日本語で会話してもいいくらいなのだが、やっぱりふんぎりがつかず英会話に甘えている。
今日も散々褒め囃されてからかわれた後に、澄幸と珠姫のいる部屋に向かう。
シュトは私がおかんむりなことを察して小さくなってぱたぱた飛び回って逃げまわっている。
まったくもう!
澄幸は窓辺の日だまりが居心地良くなったことをいいことに連日、窓辺で午睡を取っている。たしかに「午睡を貪ってればいいのよ!」とは言った気がするのだけど、こうも実行されると腹立たしいものがある。
今日も澄幸のいそうな窓辺を探してまわって基彦と暉臣と珠姫にかわるがわるからかいの言葉をかけられたところだ。
こういうところを澄幸は「甘やかされてる」というのだがそれには賛同しかねる。
ノッキングチェアで気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている澄幸を目聡く見つけた。
そこにあざとくシュトが戻ってくる。
「すみゆきがいるねー」
「あっシュト!ちょっとおしゃべりが過ぎるんじゃないかしらって思うんだけどいったいどこで何を話したのよ!」
「まあまあ、怒らないでってば」
なだめられてしまっては怒り続けていられない。とくに相手がシュトだと効果はてきめんだ。
トリシアとシュトは顔を見合わせて意地悪い笑みを浮かべた、そして。
あまり音を立てないで澄幸の近くまでそろっと歩いて行って、そうしておもいっきり揺さぶる。
「すーみーゆーきー!」
「うっわあ!」
思った通り飛び起きた姿を見て二人して愉快そうに笑う。
寝起きでねぼけたままの澄幸には何事かと驚くしかない。
「そういう悪戯はよしてくれ。僕は一応この屋敷の主で、それからとってもお年寄りなんだから」
トリシアは得意げに腰に手を当てて胸を張る。
「だから、私が宿題を解いた暁には午睡を貪ってる暇なんて無くなるって言ったじゃない」
そういうと不機嫌そうに顔をしかめて心の中で舌打ちをする。もっと難しい宿題にしておくんだった。
「ねえねえ、龍って神様と同じって言う考えでいいの?」
「アジア圏ではね、大まかにいうと神格化されている」
澄幸は「ちなみに」と前置いて続ける。
「中国では王権、皇帝のシンボルというかんじだけれど日本では雨や風や水にまつわる神様として信仰されているよ」
「…うーん、じゃあもしかして信仰されている数だけ日本神話に出てくる神様みたいにひょこひょこ龍がいるっていう風に考えていいの?」
澄幸はあまり茶化したりのびのびしている空気ではないことに気付いて居住まいを正す。
といってもノッキングチェアに腰掛けているのでリラックスした体勢にしかならないのだけど。
「その考えが正しいよ。実際僕たち龍には親がいない。という事は人々の信仰が僕たちを作り上げる要素だと思うんだ」
「信仰されて…龍が生まれちゃうの?」
「そう」
想像を絶する肯定にトリシアはしばしぼんやりと目の前にいる龍、澄幸を見つめていた。
「この国はね、雨が降らなければ稲穂が実らないし川が氾濫すれば田畑をのみ込む。自然とともに人々が生活をしていて、自然とともに信仰があったんだよ」
僕たちはそこから生まれた、と嬉しそうにはにかんだ。
トリシアが口を開く気配はなかったが、澄幸は日本神話を耳をすまして聞いているようにみえたので言葉を続けた。
「僕たちには雨を降らせたり、洪水しないように目配せしたり、森が枯れないようにすることしかできないよ。でもね、遠い昔ドラゴンだってそうだったんじゃないのかな。自分のするべき事だけをしていたんだと僕は思うよ」
「信仰って、そんなに大事なの?もっと他に理由があるんじゃないの?」
「僕は、この森の、この水の生れたところに生れた。人々がそれを尊いと言い、雨乞いをし祝詞をあげ供え物をした。他に何が必要なの?」
トリシアはそう問われて言葉に詰まった。何にも言えなかった。それからなぜか涙がせきを切って溢れた。嬉しくて。
澄幸が焦ったように立ちあがってあたふたする。
「泣くなよ、僕が泣かせたみたいじゃないか」
「…だって、びっくりして、涙が止まらないんだもん…」
龍、ドラゴンと人間がともに生きる世界を夢見ていた彼女の言葉はとてもきれいだった。少なくとも澄幸はそう思った。
「でもちょっと考えてごらん、日本神話の中では人と接する神様と身を隠した神様がいたよね、僕たちは人の前に姿を見せるために生れたんじゃないんだ。信仰を具現化させるために生れたんだ」
うん、うん、と何度も頷きながら涙を拭う。
それだけで澄幸は救われた気がした。
「でも、信仰が途絶えると龍は死んでしまう。それだけは覚えていてほしい」
「…死んでしまうの?」
無言で頷いた。
「たくさんの泉が枯れて、森がなくなって、池や川が埋め立てられた。居場所や信仰を失った龍の末路は辛い。実のところ基彦にも暉臣にも珠姫にも故郷があったんだけど、でも結局無くしてしまって、源泉のある僕の土地に逃れてきた」
ゆっくりと澄幸を仰ぎ見た。
彼の顔は悲しそうでも辛そうでも無かった。でも言葉はそれ以上に胸を締め付けるような力があった。
あの3人が、今までトリシアに対して一度も辛い顔を見せた事は無い。
「あの子たちは龍であることを嘆いた事はないよ。誇りに思って僕のところで生きているし、君に弱さを見せたりもしない」
だから君は今までと同じように彼らと接しなさい、という声は親のそれに近かった。
「僕らの生れの話はこれで全部だよ」
「…ごめん、少し考えさせて。ここで何をすべきなのか分からなくなった…」
「何を悩むの?泉が枯れても、山が削られても、龍は死ぬことに変わりないし、君にそれは止められない。止める必要もないじゃないか」
「それでも分かんなくなったの、どうして私がここにいるのか分かんなくなったの」
シュトはいつのまにか人の姿になっていて、トリシアの背中に手を添えるようにひっついていた。
その小さな手のひらから焦らなくてもいいよ、という気持ちが声に出さずとも伝わる。
そのままでもいいよ、という声にも聞こえる。
「…今日は、もう休みなさい。珠姫になら甘えられるだろう」
シュトに付き添われて泣きはらしたとろんとした目で彼の椅子の傍から立ちあがった。
そろそろとした足取りは手負いの小鹿のような、頼りない、情けないものだった。
さて
寒い日が続いているようですが、外に出ると案外ぽかぽかしてたり
突き刺さるような寒さに見舞われたりと
天気に振り回されています
そうなるといっそ天気の方を振り回してやりたくなりますね←
まあ無理だけど!(笑)
次回は金曜日に更新の予定です!
今回も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆




