はじめてのお正月 120日目
トリシアの定位置は自室となった部屋のソファでも日当たりのいい部屋のテレビの前でもなく、こたつのある大きな部屋になった。
こたつを出してから数日も経たないうちに、とりことなった次第である。
意外なことにシュトはこたつのとりこにはならなかった。
気にいったようではあるが、あったまってじっとしているよりはぱたぱた動き回っている方が性に合う。
いわゆる、雪の積もった庭を見て喜び駆けまわる犬派だった。
そもそも気温が寒かろうが暑かろうが適応できるので珠姫のまわりにひっついてまめまめしく動き回っていた。
「トリシア~?」
シュトが駆けてくる。
「やっぱりおこたのところか!」
シュトの目下の敵はこたつだった。
角隣りには澄幸が本を広げている。
「スミユキ、あんまりトリシアを甘やかしちゃだめだよ」
「僕は、甘やかしてなんかないよ」
「甘やかしてる!」
トリシアはこたつに入り浸って澄幸が読み聞かせてくれている日本神話(もちろん日本語)に耳を傾けて、小学1年生が習う漢字と日本語を教えてもらって、みかんを頬張っている。
澄幸は決して甘やかしてはいないのだが、最近よく珠姫にも「甘やかさないでください」と文句を言われる。
僕からすると二人ともトリシアを盗られて妬いてるだけなんじゃないの?
「ト~リ~シ~ア~」
シュトがトリシアの肩を揺すって気を引こうとする。
肩に羽織ったカーディガンが落ちる。
「シュト、ちょっと待って、今、日本神話の神髄が閃きそうなんだってば」
「この前もそう言っておこたに入り浸ってた!シュトの相手をして!」
「駄目だよ、このあとはテルオミに髪を切ってもらってタマキにお正月の準備を手伝う約束してるんだもん、今しかおこたに入ってられないんだもん~!」
やだやだ言いながら片手にみかん、もう片方の手に鉛筆を握ってひらがなで澄幸に話して聞かせてもらったことをまとめて書いている。
「シュトだってトリシアと一緒じゃなきゃたのしくないのに…」
「だったら、シュトもこの後タマキに頼まれたお正月の準備を一緒にやればいいじゃない。そうしようよ」
その発想は思いもよらなかったのかシュトは反射で「あ、そっか」と頷いてしまった。
案外単純だなと澄幸は笑いをかみ殺す。
シュトはいそいそとこたつの中に足を突っ込んで小さな手でみかんを手に取る。
トリシアが一緒ならば、本当にそれでよかったのだろう。
トリシアはすっかり日本の文化に馴染んでいた。
廊下側の大きな窓の外には砂糖のような雪が積もっていた。トリシアの故郷ではこんな風に雪が積もるのは珍しかった。積りはしても、あんなのじゃない。
温かい部屋の中からだと、甘くて柔らかくておいしそうなんだけどな。
テレビではクリスマスだの何だのと赤い服に白いひげの老人、サンタクロースがもてはやされていてマスコット状態だったが、この洋館ではクリスマスの気配は微塵も感じられなかった。
これといったことというと基彦がショートケーキを買ってきてくれただけだった。小さなサンタがやはりケーキの上に鎮座していた。
日本人ってどうして信じてもない宗教イベントに国をあげて熱心になれるのかしらね。そう思いながらもありがたくケーキは胃の中に収まった。
しかも、である。
カレンダーを見るとクリスマスを祝い終えると怒涛の勢いで「お正月」もしくは「大晦日」に向けてスケジュールが埋まっているのが普通らしく、珠姫はいつも以上に精を出し小忙しく働きまわっている。
正月飾りや餅の準備、おせち料理の下準備、年越し蕎麦の手配、年末の大掃除、年賀状…。
目がまわりそうだ。
珠姫はいつも楽しそうに家事をこなしているけれど、この時ばかりは殺気立った気配をまとっている。鬼神のごとき手際の良さで順調に用事を消化している。
ちなみに正月を祝って初詣をするのは神道だが、大晦日の夜に除夜の鐘をつくのは寺なので仏教の影響もあるようだ。
なんで日本人は年末の数日内に宗教行事をあっちこっちはしごするのかな!
基彦や暉臣に聞いたが、日本では仏教と神道のどちらの行事も疎かにしないらしい、が熱心に信仰しているわけでもないらしい。
澄幸に日本神話を読み聞かせてもらっているけれど、雨後のタケノコのようにひょこひょこ神様が登場する。
日本の神話には絶対的な神様も救世主も予言者も登場しない。でもやっぱり信じている気配もない。
それぞれ何かの役割を持って登場する神様たちは愉快に古事記や日本書紀の中で逸話を紡いでいる。
この洋館の建っている山のふもとまで行けば神社や寺があるらしい。初詣には連れてってもらえるのかな。
「トリシア、お待たせしました暉臣の手がやっと空いたので髪を切ってもらいましょうね。それからお寿司を巻くので約束通り一緒に巻きましょう」
「髪、切るのかい?」
「うん、ちょっとだけね」
「僕は肩ぐらいに足る長さが好みだから、短くはしないで欲しいんだけど」
「あなたのために切るわけじゃないんだけど」
「シュトもスミユキの言うくらいがちょうどいいと思うよ?」
「シュトのために切るわけでもないんだけど」
「好いておられる方の好みですか?」
珠姫の言葉にみるみる頬を染め上げて俯く。
あ、この娘にも恋仲の男がいるのか、と初めて澄幸は思った。
「タマキ!変なこと言わないで!私の好み!」
あまりに顕著な態度の変化だったので見る分には面白い、というか可愛らしいしいじらしい。
「では、トリシアの好みの長さに切り揃えてもらいましょうね」
くすくすと笑う珠姫に連れられてトリシアはこたつで温まったせいでか、やや上気した頬でぱたぱたと足早にその場から立ち去った。
「シュト、トリシアには恋人がいるの?」
「いるよ?」
なぜ語尾が疑問形なのか聞きたかったが無粋な真似は慎んだ方がいいだろうと思いとどまった。
「でも相手は人じゃないから、トリシアは困ってるみたいなんだけどね」
秘密だよ?と立ち去る際にシュトに口止めされて澄幸はキツネにつままれたような顔できょとんとして一人取り残された。
暉臣は片手にハサミを持って既にスタンバイしていた。
「よろしくね」
「うんよろしく」
タオルやらなんやらの支度が整うとすぐに小気味よいリズムでちょきちょきとハサミが音を立てはじめた。
「タマキはどうして家事や料理は得意なのに不器用なのかな」
「そういう性分なんだろう。しかし刺繍は駄目だけど着物を仕立て直すのは得意なんて、考え直すとやっぱりちょっと可笑しいな」
「テルオミは器用なの?」
「さあな、これに関しては俺しかやる奴がいなかったから上手くなる他なかったのかもな」
暉臣は無口ではないがおしゃべりでもない。
基彦と珠姫に言いたい事を全部盗られてしまうんだ、と冗談めかして笑っていたがたぶんそのとおりなのだと思う。
どのくらいの付き合いになるのかはトリシアは訊いたことがないので推測するしかないけれど。
「こざっぱりしたな。我ながらよく出来た」
手鏡を見せてくれると、本当にきれいに整っていた。
「新年はやっぱりサッパリした気分で迎えたいもんだし、姫さんもさっさと珠姫のところに行って手伝ってやってくれよ。あいつ今年は姫さんがいるからって張り切ってるんだからな」
「うん、お寿司巻いてくる」
「俺はお雑煮が好きなんだがな。姫さんも初めての正月を楽しめよ」
手際良く切った髪の後始末をしながら首をかしげたトリシアに暉臣が笑った。
「親方の堅っ苦しい日本神話なんざ真面目に聞きながらこたつに足突っ込んで年を越すのは、面白かあないからな」
トリシアも笑みをこぼした。
「じゃあ、楽しい年の越し方を教えてね」
ああ、と返事を聞いてトリシアは珠姫のいるはずの台所に駆けて行った。
そう言えば、もうこの館で道に迷わなくなったなあ。
いままで小説の中の季節や時間をはっきり意識して書いたことが無かったもので
すっかり弱り切っての更新です(笑)
12月ってあれだね、本当に忙しいというかイベントが多いから
ひとつひとつ書くと話数が大変なことになると悟ったので←
トリシアたちにとって大事な事を中心に書こうと決めました
これで大丈夫かな!?
では次回は月曜日に更新の予定です
今回も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆




