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sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
誘拐(DParty編)
157/225

距離の埋め合わせ 100日目

庭は色味を徐々に失い、数日前には木枯しが吹いた。

珠姫は甲斐甲斐しく色のない庭を汚さないようにと、落ち葉を掃いていたので庭はいつもきれいだった。

珠姫の和装ではうなじが露わになり、見る目にも寒々しい。

日に日に寒さが増すばかりなので時々「たまには替わるよ」と言うのだが、珠姫は決まって笑って首を振る。

試しに外に出た事があるが、故郷とは比べ物にならないほど寒かった。

息は真っ白になって手はかじかんだ。

気温はたいして低くないのに冷え込むのはどうしてだと訊くと、湿度の関係だと言われた。

理学書…が手元にあればよかった。というか高校か中学で使っていた理科の教科書があればよかった。

しかしここは日本だ。ジャパニーズなものしか取り扱っていない。

仕方なーく、澄幸に訊くと彼は厭うことなく親切丁寧に教えてくれた。

あの後、啖呵を切って部屋を出た後から、澄幸とは折り合いが良くなかった。


トリシアは宿題を諦めることを決めて日本語を学ぶことに専念するようにした事が後ろ暗かったし。

澄幸は宿題に古事記やら日本書紀やらを引っ張り出してきたことを3人がかりで吊るしあげられた。


暉臣や基彦たちの目から見てもその本は古臭かった。


というかかび臭かった。




「親方ぁ!これは俺でも読めませんぜ、学がないって言われちゃあお終いだけど、少なくとも明治初期の文献出すなんざ酷です!」

「おお、それなりのところに売ればいい小遣いが入りそうだ」


前者が基彦で後者の不謹慎なことこの上ないのが暉臣のリアクションだ。

珠姫はしっかり資料を持ってきて、日本語を言語として会得するまでにかかる時間がおおよそ3000時間である事、ネイティブな日本語を話せるようになるまで3年はかかることを具体的かつ現実的に突きつけた。

どこで覚えたのか珠姫は笑顔を顔に張り付けて、笑顔でも背筋が寒くなることがあることをはじめて知った。

もちろん心からの笑みでないことは澄幸にも分かってる。


「分かった、分かったよ、僕が大人げなかったよ」

最終的に、平謝りすることでその場は免れた。

まったく、この館の主は僕のはずなんだけどなあ…。とため息をつく。





トリシアは最近テレビにかじりつく生活を送っていた。

最近買って来たレコーダー機器で主にアニメを見ているのだ。

お気に入りはジブリで、「となりのトトロ」をヘビーローテーションしている。

ヘビーローテーションといえばそんな歌を歌っていたアイドルが日本にいるらしいのだが、そのあたりの事には4人が4人とも疎いので確認は出来ない。

トリシアはあまりテレビを見ない子だったのだが、音声は日本語でテロップは英語に設定して見ている。トリシアの教科書は今のところこのジブリのDVDたちだ。

シュトと仲良く並んで見るのが日課になりつつある。

珠姫もそれらなら安心してみせられる様子なので放っておかれている。

「うーん、日本語って難しいなー」

「ねー」

トリシアの部屋には手のひらに収まる大きさの付箋にひらがなで書かれた単語が貼り付けられている。


「べっと」とか「そふぁ」とか「つくえ」「いす」「まど」「ゆか」「てんじょう」「らんぷ」「とけい」などなどなど。

ちなみにカタカナが入ってくると更にややこしくなるので現在は導入していない。

ひらがなだけならばたった五十音、五十文字覚えればほとんどの物事に事足りるので便利だ。


「単語だけなら完璧なんだけどなあ…ちぇっ」

「あーあ、トリシアひらがななら完璧だってきのう言ってたのにどうかしたの?」


訳知り顔の幼い顔がちょっぴり小憎たらしい。

トリシアはぼそっと


「助詞がね…」

助詞、ひらがなばかりでカタカナや漢字は一切介入しないのだが、これが一番の曲者だった。迂闊に完璧だなんて言うんじゃなかった。

(助詞:が、の、を、に、へ、と、から…などのこと)

たった一文字違うだけで文章の意味が全く違ってしまうし、おなじ助詞を使っても正反対の文章にもなってしまう。

だから、会話がいまいち要領得ないままなのだ。

単語と単語の間にあったりもするが語尾につく事もある。

便利ではあるが、日本語以外の言語では少なくとも一文字、ひとつの音で狂ってしまうような事もないはずだ。


ため息を深ーく吐いたところにタイミングよく澄幸が顔を出した。

この部屋は大きな窓に面した廊下沿いにある部屋で日当たりがいいし庭もよく見える。庭がお気に入りのシュトがよく居る部屋でもある。


「…最近話せてないから、僕から来たよ」

「…うーん、おっしゃる通りね、私、自分から話しかけた記憶がないもの」


トリシアは澄幸から見ると拗ねて見える。

意地悪な宿題を出したからかな、と澄幸は視線を泳がせた。


トリシアは拗ねているわけではなく、ばつが悪いだけなのだけど、それは口で言うものではないだろう。


「…宿題のこと、怒ってる?」


一時期肌荒れがひどかったのだが、彼女の頬は滑らかで血色もよくなっている。ストレス性のニキビだと珠姫は言っていたが、それも何だか自分の所為の様に思えて申し訳なかった。


「怒ってないよ。でもなんか、ひどいなーとは思った」

「避けられてるような気がするんだけど…」

「…それは宿題を途中で放り出したのが後ろめたかったから…」


トリシアが遠慮がちに澄幸の方を見た。

澄幸には少し、恥ずかしくて言いにくかった。

「…僕でよければ、古事記も日本書紀も風土記も、絵本みたいに読み聞かせてあげれる。あのかび臭い本でも、僕なら読める。珠姫にも出来ない」


彼女が呆けたように、びっくりして目を見開いて、でも嬉しい事があったかのように頬を染上げてまじまじと見つめている。


「…いいの?本当の本当にいいの?」

「二度は言わない、気が向けば僕の部屋に来れば?」


澄幸はわざとらしく寒そうに腕をさすって体を震わせた。



「冷えるなあ、近々おこたを出すことにしよう」


そして目線をこっちによこす。


「トリシアはおこたを知らないだろう?」

「…知らない、気に入ったら、そこで話をしてくれる?」


澄幸はやっと嬉しげに目を細めて笑った。


「きっと気に入る、おこたにはみかんがつきものだからね、珠姫か基彦にみかんも買ってきてもらおう」


トリシアは黙って少しソファの端に寄る。包まっていたひざ掛けやテキストや辞書、単語帳を十把一絡げにシュトの方へ追いやった。

当然シュトからはブーイングが上がったが、澄幸の方を見ると納得した様子でテレビの方に向き直った。

結果的にソファにひとり分くらいのスペースが出来た。

澄幸はふっと笑って、ありがたくお誘いに乗ってソファに腰を下ろす。


「僕は『紅の豚』か『耳をすませば』が見たい気分なんだけど」

「特別にリクエストを叶えてあげる」


そろそろ3順目くらいになった『魔女の宅急便』をストップして、彼女は『耳をすませば』を選んだ。

いつものように音声を日本語テロップを英語にセットしてDVDは回転をはじめた。




さてさて、

個人的にジブリ作品の中では「耳をすませば」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」がお気に入りです

「耳をすませば」は別格ですね

あの少しレトロな色合いの青春が胸にこみ上げてくるものがあるんです


いや、ジブリの話してる場合じゃないぞ自分(笑)


では次回の更新は金曜日の予定です

今回も読んでくださってありがとうございます!

次話も乞うご期待☆

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