宿題 0日目
トリシアはとっとっと軽やかに足音を立てながら洋館を探る。
「こっちかな」
トリシアひとりがふらふらと歩いているように見えたが返答があった。
「あっちじゃないかな」
その声が降ってきたようにととっと足音が床に弾けた。
振り返ると彼女の腰くらいの背丈の子どもがあどけない顔で立っていた。
「……もう!さっきまで小さくなって飛んでたくせに驚かせないでよ!」
「うーん、だって探検たのしそうだったんだもん」
二人は澄幸の部屋を探している。御呼ばれしたのだ。
しかし肝心の澄幸の部屋が分からない。
「シュトはさ、鼻が利くとか耳が良いとか目が良いとかそういうのないの?」
「ええーっ?犬猫とかと同じあつかいしないでよ!魔法が使えるのはドラゴンだけなんだからねっ!」
「はいはい失礼しました。失言でした。まことにすみませんでござんした~」
「むう~~~~っ!」
トリシアのまわりを跳びはねながら息巻くので鬱陶しいことこの上ない。
「こころが!こころがこもってない!せーいを感じない!」
つんと上を向いてシュトから顔を背けた。ちょっとむっとしている。
お前のようなちみっちゃい年頃の子どもから誠意を問われたくはない!
この100分の1人前!
しかし客観的に第三者の目で見るとトリシアの謝罪は全く誠意がこもっていなかったのでこの場合最終的に軍配はシュトに上がることとなるのは確約済みだ。
「もーっ!魔法を当てにしてちゃだめだよトリシア、まっとうな大人にならなくちゃ!」
「ふははは!まっとうな大人!あんたが言うには100年早い!ウサギよろしくぴょんぴょん跳びはねてるようなお子様には100年早い!」
悪役のように邪悪、といっても語弊はないだろう。
廊下に響き渡る高笑いにシュトは翻弄される。
「う~~~~っ!」
悔しい!
確かに飛んで跳ねてはしゃぎまわっていたのでぐうの音も出ない。
しかしシュトはまんまとトリシアに論点をすり替えられたことに全く気付かない。謝罪の誠意を問うていたはずだったのだが、ホイホイ釣られてしまうあたりがトリシアの主導権を奪えない要因だったりするのだがなあ。
周りの皆々様の灰汁の強さのおかげでシュトは精神的に学習事が多々あるの事を自覚し、めきめき闘志を燃やしている。
主にトリシアとギアとレイ、それからローリエが揃っていると情操教育も何もへったくれもないので近い未来、シャルロッテに負けず劣らずのお転婆になるのは必然のようにも思われる。
将来有望だ。
そこへ澄幸が遠慮がちに「ねえ」と、しかし興味津々に聞き耳を立てていたのか笑いで声を震わせながら声をかける。
「頼むから部屋の前で楽しそうな話をしないでくれ。僕の部屋はここだから」
「ぎゃーーっ!いつから?!いつから聞いてたのよ!」
澄幸の登場に飛び上がって悲鳴を上げた。
若干傷つく。そんな死人に出くわしたような声を上げなくたっていいじゃないか。
「僕の部屋の前で突っ立ってたのは二人でしょう?僕を怒るのは筋違いというものだよ」
正論。全くの正論です。返す言葉もございません。
「じゃあ、招いたのは僕だからね、どうぞ入って」
そう言ってダークブラウンのつやつやしたドアを開いて澄幸はトリシアとシュトを招き入れた。
部屋の中は窓と本棚と文机がそろっていて、つやつやした革張りの一人掛けの椅子が二つあった。細身のふちどりと猫足がチャームポイントの可愛らしい椅子だった。
「ずっと思ってたけど、あなたの趣味嫌いじゃないなあ」
「お褒めにあずかり光栄…といっておいたらいいのかな?これは主に僕が好きなものだけど集めたのは別人だからね」
「ふうん、誰?」
「昔、この洋館を建てたおじいさん」
彼の「昔」を掘り起こそうとすると歴史年表が必要なくらいの数字が飛び出してくるのは分かっていたのであえて聞かないでおく。
いつか、いつかね。そのうちね、そのうち聞くから。
「で、スミユキ『龍』について理解を深めなくちゃ取り合ってくれないのはなんとなーく分かってるから、宿題出してよ」
「宿題ね。実にいい言葉だ」
澄幸はうきうきと椅子から立ち上がって本棚を振り返った。
彼は話していると年が離れている気がしないのだが、じっくり見るととても大人の男性だった。青年という言葉が実にしっくりくる。
細身の体も健康的に筋肉がついている。
基彦と暉臣がいつも傍にいるから彼はとっても小さく見える。しかしそれらを取り払って彼と相対すればそんな気は全くしない。
顔は、イケメンじゃないけど。
……ギアを見なれているからそう思うのかもしれないけれど。こんな時に彼の顔が一番に浮かぶのが憎たらしい、帰ったらその美貌張ったおしてやる!
ただ彼は銀縁の眼鏡が実によく似合うとは思う。ギアとは違う意味での美しさがある事も確かだ。
「さあ、これで決まり。きっと当分は僕の方が優勢だね。間違いない」
取り出だしたるは数冊の本。若干かび臭い。
「古事記、日本書紀、風土記…主に日本神話に関する本だよ。これを読んで、解釈の仕方は任せるからその他の参考資料とあわせて『龍』について考えてごらん」
トリシアはその本を開いて怪訝そうに目を細める。
トリシアの膝に座っていたシュトには軽く彼女が苛立っている事が分かった。
「…あの、何か言ってもいいのかしら?」
「どうぞ?」
腕を組み待ち構える彼にトリシアは遠慮なく申し出た。
本をつきつける。
「日本語なんですけどっ!ぜーんぶみっちり漢字とひらがなばっかりなんだけど!素人目に見ても現代的な日本語じゃないんだけどっ!」
ばっさばっさと本を振りかざすと澄幸は当然のように答えた。
「言っとくけど、ここ日本だから。英語の本が本棚埋め尽くしてるわけないじゃない」
「ずるい!謀ったな!読解する前に日本語習わせて時間稼ぐっていう仄暗い考えがうっすら透けて見えてんのよ!もおーーーーーーーー!」
地団駄を踏むことを辛うじてシュトが膝に乗っている事で思いとどませている。
「だから、長期滞在って言うことになると英会話じゃつまんないし」
「分かったわよ!ああもう!覚えりゃいいんでしょ?!」
「ねー、えいごとにほんごって何かちがうの?」
あどけない声を上げたのは膝の上のシュトだった。
「違うよ、言語が。シュトはずっと英語だったのかな?」
シュトはちょっと困ったように首をひねって。
「ごめん、シュト、鳴き声がちがうだけだとおもってた。二人はちがうと何かたいへんなの?」
トリシアがまるで降参したように天井を仰ぎ見た。若干歳を食って見えると言ったらきっと殺されるのでお利口なシュトは余計なことを言わない。
「そうね、人間の言葉と鳥がちゅんちゅんさえずってるのと変わりがないのね…思ったよりハイスペック過ぎて泣きそう…」
「ちなみに、たぶん僕も言葉で苦労しない派かもね。日本を出た事がないからよく分からないけど」
「じゃあ何で英語しゃべってんのよ!」
「覚えたからに決まってるでしょ?」
再び悔しそうにトリシアが歯がみする。
「私だけ仲間はずれなわけ!?耐えらんない!孤立無援よ!四面楚歌よ!」
「まあまあまあ、龍の事知りたいんでしょ?教えてほしいんでしょ?あわよくばどっかのお偉いさんと会わせて話し合せてやりたいんでしょ?」
トリシアは分厚くてかび臭い本を両手で持ってわなわなと悔しそうに「そ、そうね」と頷いた。何時何時でも理性的に物を考えられる彼女の長所は誘拐されたからといっても、いささかも損なわれない。
シュトには負けず嫌いな性格がめらめらとやる気を焚きつけているのだと了解している。悔しくて悔しくて仕方がないのが丸わかり。
意外とこの娘ってば、子どもっぽいんだよねえ。ムキになるところとか。
決めたことを貫き通せるところが他人と違うだけで。でもその違を簡単に埋め合わせる事は出来ない。
シュトがトリシアに絶対的な信頼を寄せている一つの理由だ。
「質問には答えてくれるの?」
「それは誠実に答えなきゃ鬼だよ。その本、難しいもん。あ、でも泣き言は取り合うつもりないから」
あっさり並みの、外国人が片足突っ込んだ程度の日本語なんかじゃ歯が立たないことを認めたうえで、それでも日本語から学べという。
「大事なことは僕が答えるけどね、誰に聞いても答えてくれるよ。皆、僕よりは若いがそこそこの年月は生きてるからね」
「なんだか、本当に留学してホームステイしてる雰囲気になってきそうで怖いわ」
「僕は歓迎するよ」
両手をひろげて受け入れるジェスチャーをする。さあ胸に飛び込んでこい。
澄幸の笑顔は汚れのない純粋な笑みで満ち満ちていて、もう何もかも言う気が失せてしまった。
せめてあてつけに捨て台詞を吐いてやる。
「…しばらく悦に入って日当たりのいい場所で午睡を貪ってればいいのよ。その鼻っ面に質問叩きつけて泡を食わせてやるんだから!」
勢いよく啖呵を切ってトリシアは「シュト行くよ!」と立ちあがった。
危うくシュトが膝から転げ落ちそうになったが、彼女が見逃すはずもなく人攫いのようにシュトを小脇に抱えてもう方脇には本を携えて部屋を出て行った。
「本当に、あの娘がいるだけで日常が愉快になることこの上ないな」
肩を揺らして後ろ姿を見送った自分を彼女は振り返る事などなく……。
今話から誘拐先での滞在日数をサブタイトルに盛り込むことに決めました!
ですのでたぶん、ぶっ飛んだ話数にはならないはずです(笑)
折に触れて書きたい事を自由に書くつもりですので
滞在日数にも注目してもらいつつ楽しんでください!
では次回は金曜日に更新予定ですので金曜日にお目にかかりたいと思います!
今回も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆




