誘拐とプリンセスの護送
ぐんぐんと速度を上げて車が走るのを確認して、他人事のように高速道路に入ったのだろうなと思った。
これは土地勘があろうとなかろうとどうにもならなさそうだと少し諦めたりもした。
車の揺れは少なく、居心地も良かったのでもう1時間弱走っているけど疲れを感じなかった。
「目隠し外してもいいぞ」
「え、いいの?」
やや困惑しながらも遠慮なく目隠しを取らせてもらうと、そこは鬱蒼とした木々が迫る小道だった。
舗装された道ではあるが、人通りはなくまた集落はおろか民家さえ見当たらなかった。
「こ、れは…またとんでもない所だわね…」
その小道は車がすれ違えるぎりぎりの幅だったけれど、それもだんだん狭まっているように感じる。
一台の車ともすれちがうことなく木々の茂る山道に車は入り、つづら折りの道をスイスイと車は進んだ。
フロントガラスに枝葉がぶつかりそうなほど木々が茂っているがよく手入れされた山だと山育ちのトリシアは見受けた。
決して小さくはない図体の車が小気味よく細い道を進んでいくのに思わず頬を緩めた。
「何笑ってるんだ」
表情は硬くしていたつもりなのだけど漏れてたらしい。
「こんな山道をスイスイ上るのって気持ちがいいから。それになんだかこの山、手入れがきちんとされてるし、持ち主の人格がうかがえるもの」
助手席の男が笑う。
「姫さんは見る目があるなあ、目の付けどころもなかなかいい」
「でどうせ、この山の持ち主があなた達の『親方』さん、なんでしょ?」
男は快活に笑ったまま答えなかったが、それはイエスと言っているのと同じだと解釈する。
少し開けた場所に出て、突然人がいた。
驚いて窓越しに凝視した。
大きなポリタンクをいくつも抱えている。
水を組んでいるのだろうか…?
「少し、見られますか?休憩もいたしませんでしたし」
「じゃ、ご厚意に甘えて」
少しぐったりしているシュトを抱き上げて外に出させてもらう。
空気がおいしかった。
新鮮な、空気を洗い直せるのだとしたらまさにそのような感じ。
山が鳴いているような木々のこずえと夏の終わりの蝉の声が風になって通り抜けた気がした。
水は、湧水を飲みやすいように竹を切って組んだ物に注がれて手元につづいていた。
苔がみずみずしく、汚らしくない。光っていてとてもきれい。
竹から流れ落ちてくる水を手で掬い受け止めると凍ってしまいそうなくらい
冷たくて思わず「ひやっ!」と声を上げてしまう。
口に含むと、喉がからからだったことにだと気付いた。もう一度口に含むとさらに心地よかった。
シュトは見よう見まねで水を掬い取ろうよするがうまく出来ない。手を大きく広げて指の間も隙間だらけなのに一生懸命で飲めないことがもどかしそうなのが面白い。
自分の手を差し出すと、シュトは喜んで口をつけた。
「きれいですね」
「でしょう?気にいていただけたようでよかった」
水源はすぐそこの泉のようだった。
泉の近くには小さいながらもきちんとした祠があって何かが奉られていた。
木で出来た観音開きの扉は格子が組まれていた。
律儀な人が多いのか日本の硬貨がたくさん光っている。
格子の向こうを見ようと視線を絞る。
と、苛烈な視線とかちあった。
身をすくめて半歩後退去ってしまった。
木彫りの、おそらく木彫りと思われる「龍」だった。鱗の1枚1枚から彫り込まれたそれは驚くほど精巧で……。
「龍神さまよ。そこに奉られとるんわ。たまげたん?」
明らかに外国人だと分かっていながら先程ポリタンクを抱えていた人影、おばあさんはひるむことなく日本語で話しかけてきた。
「あ、え?えっと」
「このあたりの水を護っとられるんよ。日本語わからんのかい?」
なんとか、言葉が通じていないことに気付いてもらえた雰囲気なのでおずおずと頷く。それでもおばあさんは満足そうに「そうかあ」と微笑った。
そして背後から男が声をかけた。
「お久しぶりです豊倉さん。毎度毎度熱心ですね!」
「ああ!あんたぁ久しぶりじゃない!あそこのご主人元気にしとってかい」
「ええ、彼女はあの人に招かれてホームステイする女の子です。日本語にはちょっと不自由しているので勘弁してあげてください」
「ええんよぉ。わたしらあは若者が珍しいからつい声をかけてしもうていけんね」
流暢な日本語が滑らかに彼の舌から紡がれていくのを意外な目で見ていた。
繊細な音遣い少ない音節でよどみなく会話が流れて行く。
あんな、無骨そうな男が柔らかな言葉を話すのが物珍しかった。
「じゃあ豊倉さん、また来てくださいね」
「ここの水を使うと体の調子が違うからねえ。龍神さまのおかげやからね」
彼女はしっかりした足並みで重そうなポリタンクを抱えて下って行った。
心配になってついて行こうとすると下に車があるようなので安心して見送れた。
「ああいう人、たくさんいるの?」
「いるよ。だからここも廃れてない」
日本語の訛りを一切感じさせない英語で彼は短く返した。
「…私、ホームステイってことになってるの?」
「なんだい、日本語分かるのか姫さんは…。まあ表向きの話さ」
「単語だけ耳に入ってきただけ。それより日本語も英語も使いこなせるのね」
「もともと俺たちは『ここ』で生まれ育ったからな。当然さ。英語は親方が教えてくれた、何かと便利だって」
日系、ではなく彼らはもともと日本人だったのか。
「名前って聞いていい?」
「こういう時はお前の土地では氏と名のどちらを名乗るんだ?」
「うじとな…?うーんファーストネームだけど、それは氏と名のどっち?」
「名、だな。俺は基彦、モトヒコだ」
トリシアは基彦よりも細身で少し髪の長い男を指差す。日本人は肌も髪も目も同じ色で区別がつかない。
「暉臣、テルオミ。であっちの姉ちゃんが珠姫、タマキだ」
視線を交わして小さく頷き合いながら、確認をとるように名前を呼ぶ。
「こういうのって、おかしいかしら」
右手をスッと差し出すとおかしそうにモトヒコは肩を揺らして笑った。
「面白い、俺はかまわんね」
彼は軽く手を握って不敵とも思える笑みをニッと浮かべた。
暉臣も珠姫も快く握手を交わしてくれた。
シュトはそれを見ると少しだけ安堵したのか、ぴったりとくっつけた体をトリシアから少しだけ離して、顔をのぞかせる。
「でも一応、俺たちは誘拐犯なわけだから」
さてさて
当然のことながらトリシアは日本語しゃべれません
なのでトリシアが会話をしていたら周りの人物たちは
英語で会話をしているんだなと思ってください
実際、今後日本語で会話をするシーンが出てくることもあるのだけど
言葉に不自由しているはずなので
そのあたりも合わせてお楽しみください
今回も読んでくださってありがとうございます!
では次話も乞うご期待☆




