誘拐の実態
トリシアは拍子抜けした気分だった。
肩すかしをくらったような、そんな感じ。
「誘拐だなんていうから、クスリでも嗅がされて眠ってるところをカバンに詰められちゃうんじゃないかと思ってた」
「ドラマの見すぎ。親方がああいうんだからこっちもそんな乱暴出来ねえよ。第一たっぷり脅しを利かせたのは姫さんだろうに…」
控えていた男はどちらも日系の顔立ちで流暢な英語を使いこなした。
彼らは自身の組織の主を「親方」と呼んでいる。
2日かけて空港のある街まで何の工作もなく連れてゆき(もしくはついて行き)何の隠しだてもなく飛行機に乗せられた。
行き先を隠すこともない。
足がつかないように、顔写真だけすり替えられた偽造パスポートを使用したが、それでもなんだか誘拐された側としては「なんだかなあ」という感じである。
あまりに無防備で奇妙な「誘拐」は逆にトリシアを困惑に陥れた。
「目隠しとかしなくていいの?っていうかチケットに行き先書いてあるけどこれ、もいいわけ?」
チケットにはJAPANと大文字でしっかりと書いてある。
桂林からだと日本はかなり近い。
「女の子に目隠しさせて歩かせたりしたらあからさまに怪しい集団じゃねえかよ」
「それもそうね…」
「ちびはご機嫌斜めのままか?」
そこは遠慮なく頷かせてもらう。
トリシアにしがみついて離れないシュトは過去最大級に機嫌が悪かった。
静電気のようにぴりぴりと魔力を帯びて抱っこしていると少し痛い。
「そうねえ…あんたがたの組織を名乗る連中のこといちばん気に入らないのこの子だから、そこは大目に見てあげてよ」
そう言うと、歯切れの悪いことばで「ああ」だとか「まあ」だとか言って申し訳なさそうに小さく頭を下げるのでトリシアはなんとなく彼らが悪い人には思えなかった。
「私の事ちょっとはぞんざいに扱ってもいいのに。…仲間を殺した仇よ一応。あなた誘拐犯なんでしょ?」
「そんなことしたらちびにも親方にも申し訳が立たねえし、……あんな野蛮なことをする連中はおれたちの仲間でもなんでも無え。女に手を上げる奴なんか最低もいいとこだ」
嫌悪を露わにして吐き捨てる。
言葉づかいは悪いのだが、なかなか仁義に篤い話せる人たちだと感じた。
「…そうねえ…」
この組織の全貌は霧のように実態がつかめないまま桂林を飛び立つことになるのがなんとなく不安を募らせる。
飛行機内で席が隣になったのはカタリーナだった。
彼女は目に見えて憔悴しきっていてとても自分を誘拐する誘拐犯のものとは思えない。
逆に自分が誘拐犯だと名乗った方が周りの人が納得してしまうんじゃないかというくらいだ。
いたたまれなくなったので、そっと耳打ちした。
「カタリーナ、私ずっとおかしいなって思ってたんだけど…」
彼女は瞬きするだけで表情に変化はない。
「私を誘拐しに来るなら、ルツカの方だと思ってたの。あなたが人質でルツカが誘拐を買って出る、そのほうがなんだかしっくりくるんだけど」
「…けれどボスは私を指名したわ、ルツカが人質に取られてるのは確かなの」
「うん、でね?もしかしてルツカはあなたを人質に取られてると思い込んでいて身動きできないんじゃないのかな」
「えっ?」
いったいどこをどう考えればそうなるのかカタリーナの理解を超えていた。
彼女が健全な精神状態なら正常な状況判断が出来ても不思議じゃないはずなのだが、今の彼女にはそれが出来なかった。
今の彼女は自分の半身を失っているから。
きっと自分が彼女の立場でも同じ行動を取るんだろうと想像する。
「そもそも、ルツカが魔法を使って抵抗してあなたを守って逃げちゃえば誘拐犯の役を断ることだって不可能じゃないはずなのよ。でもそれが出来なかったのはルツカにカタリーナを人質に取られたと思い込ませて身動きできなくしてからの方がうまく行くんじゃないかなって思ったの」
「お互いがお互いを人質に取られてるって思い込まされてたって言うこと…?」
「そういうこと。だからルツカに危害は加えられようがないの。きっと日本で心配して待ってるから、ちゃっちゃと行っちゃいましょう」
泣きながら何度も頷くカタリーナは「ごめんなさい」と何度も何度も謝った。
本当に、私は誘拐されてるのかなあ…。
うとうとしているとあっという間に飛行機は桂林を飛び立ち、日本についてしまった。
流れに身を任せていると入国審査も何もかも済んでしまい空港を出てしまう。
空港はどことなくジャパニーズな感じがしていたしひらがなやカタカナや漢字がどことなく規則性をもって羅列している。
建物を出ると更にジャパニーズな感じが増した。これが噂に聞く「和風」というのだろうか。
ビル、瓦の屋根、垣根、団地。
先進的な洗練された建物や交通機関。
「ここは日本のどこなのかな~、とか聞いてもいい?」
「悪いが、それは教えられんね。俺たちって一応お前さんのことを誘拐してるから」
「ですよねえ…」
黒のワゴン車が滑らかに自分たち一行の前に止まってドアが開かれた。
なかなか清潔感があってシートも居心地がよさそうで趣味がいい。
映画やドラマなんかで登場する黒い車は悪者が使っていると相場が決まっているけども、嫌悪感のない車でなかなか愛くるしい。
トリシアの荷物、段ボール2箱とスーツケース1つも軽々詰め込んでトリシアも座るように促された。
運転席に座る女とミラー越しに視線を交えた。
「手荒な手段になってしまい申し訳ない、と伝言を預かっております」
「彼、から?」
無言で頷く。
黒い髪、黒い目、色白な日系の肌、メガネ、黒のフォーマルスーツの女性は色気があって理知的な印象を受けた。
助手席に片方の男、後部座席の真ん中にトリシアとシュトが座っていてその両わきに男とカタリーナが控えている。
「で、申し訳ないけどしばらく目隠ししてて欲しいんだが」
「うーん、なんだかやっと誘拐されてる実感がわいてきたわ」
二つのアイマスクを渡されてしみじみと呟く。
「つくづく変わり者の姫さんだ」
トリシアの方の分はカタリーナが、シュトの分はトリシアが括り付けた。
「トリシアぁ…」
「ごめんね、でもまあ身の安全のためだからちょっとは我慢しなきゃね」
エンジンがかかり車が走り出すのがかすかに分かった。
揺れをあまり感じない滑らかな走りは、柔らかに眠気を誘う。
眠りに落ちる前に少しだけ、故郷の家の草原に思いをはせて、それからトリシアは目を瞑った。
さてさて
穏便な誘拐になってしまっているのは筆者の気質というか性格というか
なんかもっとスリリングなカーチェイスとか繰り広げる予定だたんだけどね
それはちょっと無理だったね(笑)
少しスリリングな要素をだせるように励みます
本当は銃撃戦とかにも興味があるんだよ
では今回も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆




