1.唯野さんち
「…またか」
スーパーの特売からの帰り、@玄関の前。
ぎゃーぎゃーと五月蝿い声が扉越しにも聞こえる。ご近所迷惑だ。
声をかけたところで聞こえないだろうから、あえて声を上げずにダイニングに向かう。
すう、と息を吸って一喝。
「ストーップ!!」
腰に手を当てて仁王立ちだ。
「全員正座!!」
今まで暴れていたちびっこ達はちょっぴり顔を青ざめさせながら素直に言うことを聞いた。よし。
「何この惨状!? こないだ片付けたばっかじゃないの!」
自分の部屋を散らかすのならまだしも、ここは居間。皆が集まってご飯食べたりする場所! ゴミの中でご飯食べる趣味はあたしにはない!
「紅理ちゃん」
「ごめんね・・・?」
あたしの怒りの叫びに、儚げな顔をして謝罪の言葉を口にするのは同じ顔をした小学生のツインズ、聖と倖。
やばい、超かわいい。
目を潤ませて見上げてくる唯野家の4男と5男は、自分が可愛いと自覚しているのだから質が悪い。
お姉さんは将来が心配だ。
とは言え、謝っている子供を怒り続けることなんて出来ない。多少甘いことは自覚しているけど。
「あんたも何一緒になって暴れてんの! さっさと片付けなさい!」
「ひでー!」
なので可愛らしい小細工など一切出来ないツインズの兄、3男、智を叱る。
双子と一緒に暴れてたんだから、同罪だ。お兄ちゃんなんだから、止めてくれないと。
そんないつものやりとりをしつつ、問答無用で3人に後片付けをさせていると、玄関から音が近づいてきた。
「ただいま。何怒ってんの?」
ひょっこりと顔を覗かせてるのは次男、悟。
見えてるのはほんとに顔だけ。普通に入ってきなさいよ、普通に。
こんなんだけどうちの高校の生徒会長でもある。
1年生のくせに生徒会長。
1年生でも生徒会に入るのは、まあ、あるだろうけど会長とか何考えてるんだ。
ていうか、何で当選すんの。顔か、顔が良いからか。中身変なのに。
うちの生徒会、あんまり目立った行動もなく、選挙もあるんだかないんだかみたいなのだから皆関心が薄い。
そんな中で何か一芸に秀でてたり目立つ生徒がいたら簡単に票は獲得できる。
まあ、何にでもやりたいって気持ちがあるのはいいことなんだろうけど、何で会長なんて立候補したのか聞いてみたら「学校にかかる諸経費を少しでも安くしようと思って」とか答える辺りがちょっと。
いや、いい心がけなんだろうけど、どっちかと言うともっと若者らしい意見が聞きたかったよ、幼馴染みとしては。
つーか、会長になったからって学費にまつわる経費って削減出来るんだろうか。よく知らないけど。
まあ、その恩恵は私も受けるわけだから、いいや。
でも家計の為に生徒会長になる男って他にいないと思う。
「智たちが部屋散らかしてたから。悟も暇なら手伝ってあげて」
「ご飯作るの手伝おうか?」
「食材無駄にしたくないから遠慮します」
手伝おうという気持ちはうれしいけど、気持ちだけで良い。本気で。
おじさんもおばさんも、よくこんなの残して行く気になったものだ。
大して家事の出来なかった私ですらこれはないだろうと思って唯野家に通うようになって早幾年月。
今では家事も完璧だ。
唯野家とあたしの関係は…幼馴染の腐れ縁。
親同士の仲が良くて、ちっちゃい頃から一緒だった。
両親が仕事の都合で海外にいるので、この家には今大人がいない。
ていうか、生活力のある人間がいない。
特に、家事全般。
「紅理ちゃん、お部屋片付けたよ?」
「ありがと。ご飯もうすぐ出来るからお箸並べるの手伝ってくれる?」
「はーい」
「…ただいま」
ご飯が出来た絶好のタイミングで帰ってきたのは、唯野家の長男、直。
サッカーの特待で入学したと言う家計にこの上なく優しい奴だ。
この時間までみっちり練習。
毎日毎日頑張るなぁ、と感心する。
「・・・甘」
なんかここまでにおいが漂ってくる。
たぶん直の持ってる紙袋が発生源だ。
「また貰ったの?」
「んー。何か渡された。やる」
匂いがするって事は出来たてを差し入れたのか。
毎回毎回頑張るなぁ、とそっちにも感心する。
ここの家族の良いところは全員顔立ちが上レベルに整っているところだ。
おかげでご近所さんからの受けもよく、女の子からの差し入れを含め食べ物もしょっちゅう貰っている。
ご近所のおば様が高校生のお小遣いでは手が届かない高そうなお菓子とかくれるんだよねぇ。
そしてうちの料理部もけっこうレベルが高い。
目当ての男子にあげようってんだから、出来の悪いものを持って行くわけはなく、ライバルに差をつけようと切磋琢磨した結果だ。
出来が悪くても美味しいとか言って食べてくれるのは漫画の中の世界だ。現実には文句たらたら言いつつもったいないから無理して詰め込むか、お腹が空いてないとか当たり障りなく断わるかのどっちかだ。どちらにしろ次がない。
次回も貰ってもらうためにはある程度のものは作らなければいけない。
そしてその努力の対象が目の前にいる、と。
直と悟はまあ、もてる。
この二人とよく一緒にいるあたしは女の子達にとっては好ましい存在とは言えないだろうけど、別に嫌がらせとかはされないから気にしないことにしてる。たまに視線が怖いけど。
周りからどう見えてようと、この二人と恋愛もないなぁ、と思ってたら。
「紅理さん、俺と付き合わない?」
「は?」
ご飯を運ぶのを手伝ってくれてた悟から、そんな発言が飛んできた。