第7話
五月中に終わったらいいな、と言っていたな。
あれは嘘だ。
目の前には、今は見る影もないがカルボナーラが盛られていた皿。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせてコップになみなみと注がれていた水をいっきに飲み干す。するとこの喫茶店を経営する大森重永さん、通称マスター(らしい)が俺の食べ終わった皿を下げて調理場に戻っていった。ちなみにこのマスター、素晴らしい顎鬚を蓄えたナイスダンディだったりする。
今いるのは、街の中心部にある商店街の端っこにある、クラッシックなBGMが流れる喫茶店「憩い」。年齢五十いくらかの大森さん夫婦が経営する一昔前の雰囲気を残す喫茶店だ。事情を話してくれるとのことで、小野川に案内されたのが喫茶店だった意外だったが、ここに下宿しているとのこと。
「どうだ? なかなかだったろ?」
そう声をかけてきたのは、一つはなれたところにあるテーブルを使って、目が覚めた宮野に”治療”してもらっている小野川。
「おう、うまかったよっと、うおっ!?」
カウンター席にある、ちょっと脚が高めの椅子に座っていたおかげで、振り向こうとしたところでバランスを崩してこけかけてしまった。とっさにカウンターをつかんで転倒はしなくて済んだけど、小野川に笑われてしまった。
「はい、終わったよ」
宮野の少し疲れたような声。どうやら治療も終ったらしく、小野川が「ありがとう」と言った。
「では、神埼君も気になっているだろうし、本題に入ろうか」
俺が頷くと、満足そうに小野川は頷いた。その隣では、かなり消耗したらしい宮野が、すぐ隣でへにゃ~と机に伏せている。可愛いじゃないか、チクショウ。おかげで緊張していたところが緩んだ。
ゴホンと小野川が咳払いする。いかんいかん、せっかく話をしてくれるというのだからしっかり聞かねば。一応俺の意思が伝わったのか、小野川が溜息をついたが、語りだしてくれた。
「一般的には知られていないが、昔から”異能”と呼ばれる、まさに魔法と似たようなものがあった。その”異能”を発現した者、その者のことを”異能者”と呼ぶんだ。
多くはその力をむやみやたらに使ったりしないが、中には碌でもないことをする者もいる。
その者たちを何とかしようとしているのが、”アイギス”。私が所属している組織の名前だ」
そこまで言い切った小野川は前におかれたミルクティーを飲んで一息つくと、「ここまではいいかい?」と聞いてきた。
「あー、大丈夫」
ちょっと頭の中を整理しながら答えを返す。
様は悪い奴もいる。それを何とかする警察みたいなもんがある、と言うことだろう。
「”アイギス”の構成員は各地に散らばっていて、それぞれ担当のエリアで”異能”に関する出来事の処理に当たる。主としては、”異能者”の対応だな」
「今の状態みたいに?」
俺の問いに「ああ」と頷く。
「”異能者を発見しだい、その者の見極めを行う。常識的な判断が出来るかどうか・謝った力の使い方をしないか等についてだな。それで監督者が良いと判断したら、”異能”の制御に、世界の裏の事情といったことを学んでもらう」
「見極め、か」
「ああ、”異能”の力は何であれ、巨大なものだ。お前もよくわかるだろ?」
確かに。あのひょろすけが悪い例と言えるだろう。
「もし、見極めでダメだったら?」
「専門の”異能者”を呼んで、”異能”の能力を消し、更にその間の記憶を消す。もっとも、そんな輩は大抵自滅したりすることが多いらしいけどね」
自滅、と聞いて最後に干からびてミイラになったあの姿を思い出してしまった。……少しは慣れたつもりだけど、所詮は少しだな。気分が悪くなることに変わりはない。
小野川も思い出してしまったのか、僅かばかり顔をしかめた。
「その他、事件とか、”異能者”が出た場合は組織への報告。君たちについてとか、今回の出来事とかだな。そしてここ、『憩い』は”アイギス”の拠点の一つだ」
「ここが?」
そう言われて店内をぐるりと見回すが、これといって変わったところなどないように思える。
「それといって、特に変わったところはないさ。ここには情報を送ったり、うけとったりするんだよ」
そんな俺の姿がおかしかったのか、小野川は髪の毛の先っちょを手でいじりながら苦笑していた。
「情報を?」
「ああ、なにか”異能”に関する大きな出来事とか、”アイギス”のメンバーの誰がどこにいるとか。大きなことから小さなことまで。言ってしまえば、コンピュータの端末みたいなものだな。他には、稀に私みたいに下宿してたりもする」
そこまで言い終えた小野川は、大きく息をついて、「大体こんなものだ」話を切った。
「大体わかった。でも、ここら辺を担当しているのが小野川だけなのか? 他にはいないのか?」
「昔からあるといえど、”異能者”はその数は少ない。エリア担当は自然に、広く、薄くになっていくんだ」
なるほど、と頷く。しかし、小野川も未成年なのに、そんなことをしていて大丈夫なのだろうか?
「……いつかはこういう経験はするようになる。それが今だったということだ。本来、今回みたいなことなんて、滅多に起こるものではないんだよ」
「なんで――」
「顔に出てたな」
「……さいで」
ジト目で見られしまった。そんなに分かりやすものだったのか……
「あ、そういえば、あの公園ってどうなるんだ?」
「確実に、騒ぎにはなるだろうな」
これも最近の物騒な話に加わるんだろうか。……って、物騒な出来事?
「まさか最近あった物騒なことって全部!?」
「その通り」
ピッ、と指を突き付けられた。あんまりうれしくない正解だな、おい。あった出来事と言えば、斬殺事件に小火騒ぎだったか?
「斬殺事件は――」
「ああ、あのひょろすけの方だな。大方、”異能”を得てはしゃぎ過ぎたんだろうな」
「小火騒ぎってのは?」
「……それで現状だが」
「おいっ」
「なに、塀が少し焼けた程度だ」
顔を背けて、それ以上聞いてくるな、という無言のプレッシャーが飛ばされてくる。
しばらく黙っていると、小野川は咳払いをして「ところで」と口を開いた。
「久賀美という男を知っているな?」
「おう……忘れるわけがない」
今思い出しても腹が立つ。あの人を馬鹿にした態度に、神経を逆撫でる言葉。おまけに、何もできないまま好き勝手にされて、顔面一発殴ったぐらいでは収まらないくらいの恨みがある。
「……詳しく聞こうか」
小野川に促されるまま、今日あった出来事、久賀美に”異能”を渡され(?)、その後のひょろすけとの戦いについて話した。
「ふむ。話を聞く限り、どうやらキミも小春みたいに久賀美にやられたらしいな」
「宮野も……なのか?」
確認するように宮野のほうに顔を向ける。
「うん~、そうだよ」
と突っ伏した状態でへにゃとした笑顔で返してくれた。うん、久賀美に恨み辛みもなにもなさそうな可愛い笑顔だ。理不尽な目に合ったとか、そんな感じに怨むどころか、起こっている様子すらない。宮野は聖人君子か何かか!?
「どうした?」
頭抱えて唸っている俺に、小野川が怪訝そうに聞いてきた。
「いや、久賀美にやり返すやらどうのこうの考えてる俺が間違ってるんじゃないか、と思ってきた」
俺の心情を聞いて、「あー」と小野川は手を顔にあてた。どうやら、彼女も思い当たる節があるらしい。
「私も時々、自分が馬鹿みたいに思えてくるときがあるよ」
「え、なに?」
知らぬは本人だけ、ということか。だからそんな邪気のない顔を向けないでください。宮野は首を傾げてクエスチョンマークを浮かべたまま、突っ伏していった。うん、どことなく癒される。
「とりあえず、だ。今この辺りで久賀美がなに《・・》かで”異能者”を増やしていることは分かっている」
気を取り直すように小野川は一息に言った。
「私の仕事としては、久賀美を止めることだ。ま、一回失敗してしまった手前、偉そうなことはいえないけどね」
と小野川は肩を竦めた。それほど堪えていない様にも見えるけど、明らかに落ち込んでいる。
「そういえば、あの怪我は」
「ああ、久賀美を抑えようとしたんだが、負けてしまってね。なんとか逃げた……というより、見逃してもらった、と言ったほうが正しいかもしれないね」
その時のことを思い出してか、小野川は顔をしかめた。
「そんなに、強かったのか?」
仮にも、一つのエリアを任せられた宮野が負けるくらい強かった、ということだろう。
「最初は、一対一で拮抗していたんだが、途中で久賀美の仲間らしい姉弟に襲撃を受けてな。流石に三対一ではどうしようもなかった」
「そんなに……組織の方には連絡しないのか?」
「それはこの後しておくよ」
それは俺のことを優先してくれた、と言うことでいいのだろうか。治療とかもあったし、ついでの意味が強そうだけど。
ここまで喋り続けて咽喉が渇いたらしい。小野川は一息つくと、すっかり冷めた様子のミルクティーを飲んだ。
「それじゃあ、最後になるが……」
ミルクティーの入ったカップを置くと、小野川はまた一段と真剣な目をして言った。
組まれた膝の上で握るその両手は、かなりの力が入っているのか、少し白くなっている。
「君、”アイギス”に入らないかい?」
そう、またなんだ、すまないね。
とりあえず、あらすじの方もちゃんとした(?)"あらすじ"っぽくしてみた。一応こんな感じで話の流れは大体決まっているから、完成までは持っていくので生暖かい目で見下してください。
誤字脱字、アドヴァイスその他感想などなどありましたらよろしくお願いします。