第9話
「”異能”が世間一般に知られていないのは、私たちがひた向きに隠しているからさ」
「なんでさ?」
「”異能者”の存在なんて、一般人からすれば脅威以外の何物でもないからな」
たしかに、俺の”異能”でも簡単に人を傷つけることができる。小野川も、炎なんてのは俺よりわかりやすい。
「それにこれは、政府も関わっている」
「お国が?」
これはまた。まぁ、考えてもみればアイギスなんて組織があるんだ。一番でかい組織の国がその事を知っていても、不思議じゃないわな。異能のことが公になった場合はかなり荒れそうなことだけは確実っぽいけど。
「まあ、昔からの秘匿するのが異能の風潮らしいけど。それとは別に、魔女狩りを恐れている。魔女狩りは知ってるかな?」
「知らんけど、いい響きじゃなさそうだな」
「簡単にいえば、中世時代起こったあやしい奴は処刑、といったところかな。起こるとしたら、さしずめ異能者狩りと言ったところかな? 人間は、自分にない”力”を恐れるものらしいよ?」
確かに、そうなったら異能者対それ以外の人間、なんてことになりそうだ。
「ところでさ」
「なんだい?」
「こんなところで、そんなこと話してもいいのか?」
今俺たちがいるところは、商店街のど真ん中にある小さな公園、その中心にある噴水のそばにあるベンチに座っている。宮野が「待ってて!」と元気よく駈け出してから、小野川と異能に関する話をしているのだが、放課後という時間帯もあってか、公園の中にも結構子供の数も多い。今話していることも聞こえているかもしれない。一般には秘密じゃなかったのか?
「ん? ああ、これくらいなら大丈夫だ。そこまで他人の会話に注意をしている奴もそうそういないだろうし、聞かれたとしても、話だけなら妄想の産物ぐらいにしか思われないからな。それに、子供が聞いたところでそれを確かめる術はない。重要なのは実際にそんなことがあるかどうか、だよ」
「はぁ」
たしかに普段、周りが何を話しているかとかそれほど気にしたことないからなぁ。子供に聞かれてもアニメか何かの話とか思われるだろうし。とりあえず、異能を見せなければいいってことだろうか。
「だったら俺の異能って、バレにくいんじゃないか?」
「身体強化だっけ? 確かに、ちょっと使ったとしても問題ないだろうね。すごい人間もいたもんだ、ってところかな。 垂直跳びで三四メートルでもいきなり跳ばない限り」
「意味なくそんなことするかい」
一体俺を何だと思ってるんだ?
「確かに、すまないな」
謝るんならその小さく笑うのをやめてくれ。
しかし、さっきから良く貧乏ゆすりをする。学校にいたときからそうだったけど、機嫌でも悪いのか? この話しかけ辛い雰囲気がちょっときつい。
「おまたせー!」
微妙な沈黙に居心地の悪さを感じていると、宮野が満面の笑顔で袋を抱えてやってきた。
「はい、タイ焼きだよ!」
嬉しくてたまりません、と全身で表現してくれている宮野が俺と小野川のあいだに座ると、一匹ずつタイ焼きを渡してくれた。
「ああ、ありがとう」
「ありがとう」
空気が弛緩していっている気がした。いいタイミングで来てくれたと、宮野に感謝しながら早速頭から一口かぶりつく。
「お、うまいな」
薄めの皮の中に、アンコがたっぷりと詰まっている。いつぞやの縁日で買ったタイ焼きとは全然違うな。
「えへへ~、そうでしょそうでしょ? これね、私のお気に入りなんだよ?」
タイ焼きを小さい口で頬張る宮野は、満面の笑みを浮かべている。
「布教ってところか?」
「そうそう、気に入ったら二人とも買ってね!」
そういって宮野が指差す方向には、タイ焼き……専門店? タイ焼きに専門店なんてあったのかよ、知らなかった。
「で、何の話してたの?」
「ん? ああ、神崎の"異能"だと、遅刻しそうな時でもちょっと力を出して走れば、間に合いそうだな、って話してたところだよ」
「いやいや、そんなこと話してないから」
アンコを口の端に付けたままなにさらっと出まかせを言ってるんだよあんたは。でもまあ、確かに遅刻寸前でも間に合うかもしれないけどさ。
「あ~、それいいねぇ。私もよく寝坊しそうになったりするから、そんな"異能"がよかったなぁ」
本当にうらやましそうな目で見られる。
う~ん……巻き込まれたとは思えないほどのんきというか、なんというか。今でも俺は思い出しただけで少しはむかつくんだけどなぁ。
「なあ、アレは被害者として正しいのか? 俺が間違ってるのか?」
「気にするな、そのうち慣れる」
小野川に聞いてみると、遠い目をされた。あんたらまだ知り合って一週間ほどだったはずだろ? それで慣れるとか、どんなけ濃い日々だったんだよ……
「朝なんかいっつもお婆ちゃんに叩き起こされたりして、大変なんだから」
「へぇ、宮野の所はオバアちゃんと一緒に暮らしてるのか」
「うん、お母さんとお父さんが転勤で海外に行ってるから、お爺ちゃんの家に住んでるの。神崎君は?」
「え、俺?」
うん、と元気よく頷かれた。
い、言えねぇ。爺さんに拾われたから両親が居ないとか言えねぇよ! 小学校の時この話をしたらすんごい重い空気になったし……
いや、例外があったけどさ。相沢と(ほぼ一方的だったが)アニメか漫画の話をしていた時、あるキャラクターと境遇が似てる所があってそのことをポロッと祖父に拾われた、両親がいないなどと零してしまったところ、お前はどこぞの主人公か!? と怒鳴られ嘆かれた。うん、気はすんごい楽だったけど、あのバカは例外中の例外だろう、たぶん。
ええい、とりあえず、そのことを言わなけりゃいいんだ。
「あー……俺も爺さんのところで暮らしてたなぁ。高校に来るときに遠すぎるからアパートに移ったけど」
嘘は言ってない、大丈夫だ。
「私のところは、父母、兄に私、妹だな。もちろん全員関係者だぞ」
「え、マジで?」
「ああ、マジだ」
一家で"異能"に関係しているのか……って、
「最初の話からちょっと脱線してね?」
「あ」
いや「あ」じゃねぇよ、「あ」じゃ。話を脱線させといてタイ焼き食ってるんじゃありません!
「ごめんごめん、話を戻そうか。それで、どこまで話したっけ?」
「え~と、確か世間一般には異能については秘匿している、だったかな」
「ああ、分かった。それで、私たちアイギスは異能をばらさないように活動しているわけだ。だが、中にはそんな事を考えない奴等もいる」
「それが、久賀美みたいな奴等か」
「その通り。まあ、久賀美はかなり特殊な立ち位置にいるようだがな」
人為的に異能者を増やすなんてのは、小野川の様子を見る限り聞いたことも見たこともないようだ。ひょっとして歴史上初めての出来事なのか?
「それで、そのことについてアイギスの方はなんて?」
「ああ、そのことなんだが……」
そこで言いよどむ小野川の顔は、今までと違って難しい顔をしていた。
「んく……うん?」
4個目のタイ焼きを食べていた宮野も、雰囲気を感じ取ってか小野川の方を見る。
「アイギスは、動けそうにないらしい」
「……はい?」
突然言われたことに、理解が追いつかなかった。
「え、動けないって……アイギスが!?」
「ああ。今回、アイギスの方は動けないそうだ」
そう言った小野川の顔は、どこかあきらめたかのような表情だった。
「何があったの?」
そんな小野川を見て、宮野も真剣な表情になる。
「昨日、異能者の中にも馬鹿なことをする奴もいるって話覚えているか?」
勿論頷く。昨日の今日だ、それくらいなら忘れるはずがない。
「"リベリオン"って言ってね、そんな連中が集まった組織があるんだ」
「リベリ、オン……?」
「反乱、反逆って意味だよ」
宮野が手に持っていたタイ焼きを降ろして、俺の疑問に答えてくれた。
「私も、まだそのこと聞いてないね」
説明を求めるような、真剣な表情をした宮野の言葉。
それに応えるように、小野川も頷く。
「リベリオンは、現在の異能者の扱いが気に入らないと主張して、ただ暴れている集団だった」
「だった?」
「今は違うってことだね」
宮野の捕捉にその通りだ、とありがたそうに小野川は頷いた。
「その通り。最近、といっても数十年前ほどかららしいが、今まではただ暴れていただけだったというのに、突然組織化した動きを見せたんだ。アイギスの方も情報を集めたが、詳しいことはわからなかった。でも、手に入れた情報もあったよ。リベリオンをそこまでの組織にしたのは、とある一人の人物が関わっているらしい」
「つまり、その正体不明の人物がリベリオンを動かして何かしようとしているから、アイギスはその対応に追われている、ってことでいいの? 悠ちゃん」
「大まか、そのようなものだな」
「それじゃあ、久賀美の方は……」
「昨日支部に連絡を取ったら、かなり混乱していたみたいだ。それだけ、リベリオンがなにかでかいことをしたのかしようとしているのか……とにかく、今は下手に手出しせず、最悪報告を送るだけでいいと言われたよ」
そのことを言った小野川の顔は、すごく悔しそうな顔をしていた。
「……今日、小野川の機嫌が悪かったのはそれが原因か?」
「わかってたのか」
思い切って聞いてみたが、どうやら自覚はあったらしい。
「何となくだけど、ね」
「宮野もか?」
「うん、話してくれるまで待ってようと思ってた」
やはり宮野の方も気づいてたか。当然だな、俺よりか付き合いは長いわけだし。
「そうか……二人とも、言っておくことがある」
「ん?」
小野川は俺たちを、特に俺の方を見てくる。
「特に神埼だが、久賀美には手を出すんじゃないぞ」
「それは!」
「やつの傍には、他にも二人の異能者がいる」
そのことを言われた時を思い出したのか、強く握りしめる小野川の手に爪が食い込んでいるのが見えた。
「中学生ぐらいの双子の兄妹だ。私が久賀美と闘っていると割り込んできた」
「それってあの時の?」
ひょろすけの攻撃をなんとか宮野と防いだ時、小野川はかなり傷ついた状態で出てきた。
「ああ、それであの様だよ」
自嘲気味に呟く小野川。その表情は、今まで見てきた小野川からは想像できないほど弱弱しい感じになっている。
「……小野川は、それでいいのかよ?」
「どういう、ことだ?」
低めの声で、小野川に睨まれる。
「いや、このままやられっぱなしで大人しくなるのか? 久賀美を放って置くのか?」
「私だって! どうにかしたいと思うさ……でも、応援がない以上、私だけではどうしようもないんだよ」
そういうと、小野川は力なく項垂れてしまった。
「悠ちゃん……」
宮野もそんな姿をみて、心配そうに呟いた。
「俺は……俺は、やられっぱなしは嫌だね」
「神崎?」
「私も、久賀美さんは止めないといけない、って思う」
「宮野も……」
「だってそうでしょ? 私の場合は悠ちゃんがいたからよかったけど、他の人たちはそうじゃないんだよ? 誰とも相談とか出来なかったら、大変なことになると思うの」
宮野の言う通り、俺もそんなことになってたらどうなっていたか分からない。ひょっとしたらあのひょろすけみたいになってた可能性もあるわけだ。
「小野川一人で駄目でも、俺と宮野が協力したら何とかなるかもしれないだろ?」
「それに、友達が困ってたら助けてあげるのが友達でしょ?」
「しかし!」
「おまけに俺は、助けられた恩がある」
「私もね」
その恩を返すいい機会だ。
「二人とも……」
小野川が目を見開いて俺たちを見る。
「あー、あれだ。恩も返せるしやり返せる、一石二鳥だろ。俺にとったら」
その言葉を聞いた小野川は、きょとんとした間の抜けた顔を晒すと、何故か声を上げて笑い始めやがった。おまけに宮野もだ。
「……笑うな」
「クククッ、いや、すまないすまない」
「フフッ、ゴメンね」
「だからあんたら、謝るんなら笑うなと」
それからちょっとして、ようやく笑いが収まった二人。
小野川は何か吹っ切ったように言い笑顔で言ってくれた。
「二人とも、協力してくれ」
答えは当然――
「おう!」
「もちろん!」
迷わず返事を返した。
「ありがとう」
その日一番いい笑顔で小野川は笑ってくれた。
小説を書くって本当に難しいですね。
特に日常編が自分には厳しいように感じる。