第2話 病弱美少女になりまして
「あの・・・・・・お嬢様、もうそろそろ休まれた方がいいのでは?」
「なんの! 僕はまだまだ平気だよ! もう一回お願い!」
執事服姿の女性が心配そうに聞くが、お嬢様と呼ばれた女性は元気そうに笑ってそう言った。僕、と自分のことを呼んではいるけれど、彼女は女性だ。
彼女の名前はルウフィリア・グレイ。通称ルウ。バイガン王国で代々騎士を務めている、グレイ伯爵家の一人娘で、白い絹糸のような美しい髪、妖精のような人間離れした美しい容姿を持つ美少女だ。
儚げな雰囲気で、見た目からいえば図書室で詩集とかを読んでいそうな感じだ。
だがしかし、今のルウが手に持っているのは詩集ではなく剣だ。訓練用の木剣を持ち、執事服姿の女性──ルウの執事兼護衛のリア・ネーコに相対していた。
今のルウは剣の訓練をしている。この執事兼護衛役のリアに訓練をつけてもらっているのだ。
「まあいいですけど・・・・・・ご無理はなさらないようにしてくださいね?」
リアはそう言って木剣を構えた。
「さあ、いつでも打ち込んできてください!」
ルウはトンと床を蹴るとリアに向かって行こうとした──が。
「かはあっ!」
「お嬢様ー!!?」
ルウは吐血してしまった。
(喀血とか、夏目漱石かよ・・・・・・)
ルウはその場にへたり込んで、リアが駆け寄ってくるのを眺めていた。
◇
「いつもごめんね・・・・・・」
「いえいえ、これも私の仕事ですから」
ルウは車椅子に乗せられ、リアの手によって運ばれていた。
ルウは車椅子によって運ばれながら、
(成長しても全然病弱のままだなあ・・・・・・)
と考えていた。
(生まれ変わった当初は、まあ病弱とはいってもそこまでではないだろうと思ってたんだけど、まさか激しめの運動をちょっとしたら血を吐くくらい体が弱いとはね・・・・・・成長したらもしかしたら丈夫になるかもと思ったけど、14歳、前世基準で中学校二年生くらいの年になっても全然丈夫にならないとはね・・・・・・)
もうお気付きだとは思うが、この伯爵家令嬢、ルウフィリア・グレイは元日本人の転生者、居竹勇気だ。
彼、まあ今は彼女だが、彼女は生まれ変わって14年、病弱ながらも必死に頑張って生きてきたのである。具体的には剣の訓練をしたり、他の運動もしたりして体を鍛えたのだが、残念ながらあまり強くはならなかった。
「うう・・・・・・おいたわしやお嬢様・・・・・・剣の腕前は一流なのに・・・・・・」
「いやいや、そんなことないって。僕なんてまだまだだよ」
「そんなことはありません! お嬢様の剣の腕前は普通の14歳と比べればはるかに進んでおります! 体がもう少しお強ければ・・・・・・」
そう言って、リアは沈痛な面持ちをした。まあ本当にそこまでルウが強いかどうかはともかく、体がもう少し強ければというのはルウも同感だ。
(そう、もう少し強くならなければ──そう、理想のお嫁さんを見つけるために!)
生まれ変わっても、夢は変わっていない。勇気の、ルウの夢は今もおっぱいの大きい、優しい女の子をお嫁さんにすること! それだけだ。
幸いにも、このバイガン王国では同性婚もOKとされている。だから、ルウがおっぱいが大きくて優しい女の子と結婚したってなんの問題もないのだ。
懸念点としては跡取りとかの問題があるが、ルウには兄がいる。この兄は女の子が好きで結婚願望もあるので、跡取りの問題は大丈夫だろう。兄もやっぱりおっぱいの大きい女の子が好きだそうで、ルウは兄とおっぱい談義をしたことがある。意外とこの兄とは話が合うのだ。ルウは見た目は妖精みたいな美少女だが、中身は不純な巨乳好きおじさんなので・・・・・・。
というか、妹とそんな話をするなよ。
で、まあルウはそういう女の子と結婚したくて体を鍛えて頑張ってるわけだ。やっぱり、元男としてはお嫁さんを守ってリードできるような強い人間になりたいのである。まあ周りの人に迷惑をかけたくないというのももちろんある。
だが、今のままではまだダメだ。今はとりあえず、周りの人間に守られながら生きていくより他ない。
「・・・・・・仕方ない。とりあえず今は、僕のことを守ってほしい、リア」
「もちろんです! 全力でお守りいたします!」
「でも、僕はこれからもっと体を鍛えて、今よりももっと強くなるから。そしたら──」
ルウは振り返って、笑顔でこう言った。
「そしたら僕がリアのことを守ってあげるからね」
「ぐうッ!」
リアは急に胸を押さえた。
「な、なになにどうしたの!?」
「すいません、突然心臓にキュンを受けてしまって・・・・・・」
「何それ・・・・・・」
「ご安心ください! お嬢様のことは私がこの命に変えてもお守りいたします!」
「いやだから守るのは僕だって・・・・・・」
そんなリアとルウのやり取りを、ふと廊下を通りがかったメイドたちが生温かい目で見守るのであった。
・・・・・・
「あれ? しまった。キャベツがない」
「なーにやってんだよ。ちゃんと確認しとかないとダメじゃないか」
グレイ伯爵家屋敷のキッチンで、専属コックたちがそんな会話をしていた。どうやら、キャベツの在庫がなくなってしまったらしい。管理が雑だ。
「仕方ない。今日のサラダはキャベツなしでいいか・・・・・・」
コックがそう言って作り始めようとした時。
「それなら、僕が買ってこようか?」
そんな声がした。専属コック2人が振り向くと、キッチンの入り口のところにルウが立っていた。
「「お、お嬢様!?」」
「夕食までにはまだ時間があるから、近くの八百屋さんで買ってくるよ」
「い、いけません! お嬢様にそんなことをさせては・・・・・・!」
「いやいや、たまには僕も街へ出てみないとだからね。みんながどんな暮らしをしてるか、ちゃんとこの目で見てみないと」
「し、しかし・・・・・・!」
コックはルウをおつかいに行かせることにちょっと抵抗を見せたものの、ルウが折れなかったので仕方なくおつかいに行ってもらうことにした。
ルウは機会があれば出来るだけ街に行きたいと考えている。屋敷の中で深窓の令嬢となっているのは性に合わないし、
(それにおっぱいの大きい女の子がいるかもしれないからね・・・・・・!)
そういうわけでそこそこ不純な目的で理由をつけては時々街に行っている。周りからは伯爵家令嬢という立場に驕ることなく、常に庶民の目線に立とうとする徳高き行いだと思われている。
で、ルウは屋敷の近くの八百屋に来ていた。
「店主さん、調子はどうですか?」
「ん? ああ、まあぼちぼちってとこだな・・・・・・ってルウ様じゃないですか! 護衛もつけずになぜこんなところに・・・・・・」
「何でもキャベツがないらしくて、おつかいに来たんだよ」
「なぜルウ様が・・・・・・ルウ様自らがいらっしゃらなくても、メイドにでも買いに行かせれば良かったでしょうに・・・・・・」
「僕もたまには街に来てみたかったんだ。それで、キャベツあるかな? 二玉くらいほしいらしいんだけど・・・・・・」
「それくらいお安いご用です!」
八百屋の店主は超速でキャベツをとってくると、ルウに渡した。
「どうぞ! お代は頂かなくて結構ですので・・・・・・」
「いやいや、そういうわけにはいかないよ。ちゃんとお代も払うよ。特別扱いはしなくていい」
ルウはちゃんとお金を払い、キャベツを受け取るとバッグに入れて帰ろうとした。
その時、不意にこんな声が聞こえた。
「もう終わりだって、ここの伯爵家はさあ!」
ここの伯爵家・・・・・・グレイ伯爵家のことだろうか。
ルウは声のした方を見た。声のしたのは隣の酒場だ。酒場のテラス席のようなところで、昼間っから飲んだくれているおじさんが発した声らしかった。
「ちょ、おい! そんなことを大声で話すな!! お屋敷勤めのメイドにでも聞かれたらどうするんだ!!」
「いいよ別に聞かれたって! 関係ねえよそんなの! 俺はこの伯爵領の未来を憂えて言ってるんだから、むしろ感謝してほしいね」
一緒に飲んでいる者にたしなめられても、男の言葉は止まらない。
「聞けば、グレイ伯爵の長男(ルウの兄)は怠け癖があってだらけてばかりいるという。その妹は病弱でしょっちゅう倒れてばかりいるという話じゃないか! そんなことでこの伯爵領の未来は本当に大丈夫なのかよ!?」
酔っ払った男はそんなことを、あたり構わず大声で話している。
間の悪いことに、ルウがその言葉を聞いてしまっていた。
「あ、あいつ・・・・・・!」
八百屋はぐっとその酔っ払いを睨みつけ、ルウに言った。
「ちょっとお待ちくださいルウ様! 今すぐにあいつを──」
「いいよ。別に」
ルウはそれを止めた。
「お兄様は確かにだらしない人だし、僕もまだまだ不甲斐ないのは事実だからね」
(そうだ、このままじゃダメだ。今のままではおっぱいの大きい女の子をお嫁さんにすることなど到底不可能!)
「おお、なんと謙虚な・・・・・・!」
「ああいう人に心配をさせないように(そしておっぱいの大きくてかわいい女の子をお嫁さんに出来るように)もっと頑張らなくちゃね・・・・・・」
「ルウ様、やはりあなたは高徳の方だ・・・・・・!」
高徳ではなく不純であった。
と、まあちょっとしたすれ違いを起こしながらも、キャベツを二玉ちゃんと手に入れた。おつかいを無事に果たして、ルウはお屋敷へと帰るのであった。




