第1話 転生しました。
「あー、とりあえずそこに座ってくださーい」
目の前の、だるそうに頬杖をついた女性がそう言った。
「・・・・・・え?」
いきなりこんなことを言われた三十代くらいのこの男──居竹勇気は困惑した。
女性は、そんな勇気にじろっと目を向けると、何度も言わせるなと言わんばかりの調子で再びこう言った。
「ですから、座ってください」
「あの、ちょっと待ってください! 状況がよく飲み込めないんですが・・・・・・」
勇気は辺りをキョロキョロと見回して言った。
「あのー・・・・・・まず、ここはどこなんですか? 僕はいつの間にこんなところへ連れて来られたんでしょうか・・・・・・」
勇気が今いるのはだだっ広く、ただひたすらに真っ白な空間だ。白い壁とかではない。なんと形容したものやらわからないが・・・・・・とにかく白い。『白』という概念そのものが、この部屋(?)を満たしている、といった雰囲気だ。アンミカさんもこれにはびっくりだろう。
困惑する勇気に、目の前のだるそうな女性はようやく頬杖をやめると、姿勢を正して勇気に向き直った。
「あなた、自分がここに来るまで何をしていたかの記憶はありますか?」
女性は、勇気に向かってそんなことを聞いてきた。
「え? もちろんありますよ。ここに来るまでの記憶でしょ? 記憶、記憶、き、おく・・・・・・」
思い出そうとして、初めて勇気は自分がここに来るまでの記憶を持っていないことに気がついた。
確か、いつものように会社から帰って自宅のマンションの階段を上がっていたことは憶えている。勇気は運動のために、エレベーターを使わずに階段を使っているのだ。そう、それは憶えているのだが、そこから先の記憶がぼんやりとしていて思い出せない。記憶に霞がかかったようになっていて、気がついたらここにいたという感じだ。
「あー、やっぱりか。ちょっとめんどくさいなあ・・・・・・」
女性はめんどくさがっている。
「えっと・・・・・・」
勇気が困惑していると、女性は言った。
「いいですか? めんどくさいんで端的に説明します」
「はあ・・・・・・」
「居竹勇気さん、あなたは死んだんです」
「・・・・・・え?」
「あなたは死んだんです。完全に死にました。あなたは憶えていらっしゃらないようなんで説明しますけど、勇気さんはマンションの階段から滑って落ちて死んだんです。当たりどころが悪かったんですかね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんですか?」
「急に僕が、その、死んだとか言われても信じられないというか・・・・・・何か証拠とかあるんですか?」
「証拠ですか・・・・・・じゃあ、自分の手を見てください」
言われて、勇気は自分の手を見てみた。
「あ、透けてる・・・・・・」
勇気の手が透けていた。半透明になっていた。
「どうですか? それが証拠です」
「うーん・・・・・・」
「まあそれだけじゃ信じられないとは思うんですけど、とりあえず信じてもらわなきゃ話が進まないんで、信じてもらってもいいですか?」
「あ、はい。わかりました・・・・・・」
まだ何か納得できない感じはするが、確かにこの女性の言う通り信じなければ話が進まなそうだ。とりあえず勇気は信じることにした。
「と、いうことは本当に僕は死んでしまったのか・・・・・・そうか。母さんや父さんに別れを告げずに死んでしまったのか・・・・・・悲しませることになるな。いろいろ迷惑かけたことを、謝ることも出来なかったな・・・・・・」
「あー、そういうのはいいんでさっさと本題に入りますよー」
「人の心とかないんか?」
で、本題。
「えっと、僕が死んだってことはここはあの世ってことでいいんですか?」
「いえ、ここはあの世とこの世の中間地帯です。本来ならあなたは天国の第一階層に行ってもらう予定でしたが、ちょっとこちらの諸々の事情で転生してもらうことになりました」
「転生?」
「そうです。あなたのいた地球がある世界とは異なる世界、異世界に生まれ変わってもらいます」
「異世界・・・・・・あの、ひょっとしてそれって・・・・・・」
「そうです。あなたが想像してる感じの異世界ですね。魔法とかが使えて、魔物なんかがいる世界です。そこに生まれ変わってもらいます。私はその案内をするために、今回派遣されました天使です」
「天使なんだ。随分人の心のない天使だなあ・・・・・・」
天使はペンをとり、メモ帳を取り出すと言った。
「さて、何か要望とかありますか? 聞きますよ」
なるほど、異世界転生するにあたって要望を聞いてくれて、その要望に沿ったスキルとかをくれるんだろうな。勇気はそう思ったので、素直に要望を言った。
「そうですね・・・・・・やっぱり、両親とか周りの人たちとかに迷惑をかけないようにしたいです。前の時にはけっこう迷惑かけてしまったので・・・・・・だから、迷惑をかけないように、とりあえずは健康に生まれて、両親や周りの人たちに心配させないようにしたいです」
親や周りの人間に迷惑をかけないようにするために、一番大事なことは勤勉であることだろう。ただ、それは自分の心構えのことなので、次に大事そうな健康を願うことにしたのだ。
「両親や周りの人たちに心配をかけないように、健康に・・・・・・他には?」
「他には、えっと・・・・・・かわいい女の子と結婚したいです!」
「かわいい女の子と結婚したい、ですか」
「そうです! 次生まれ変わるならかわいい女の子と結婚したいです! ハーレムなんて大それたことは言いません! ただ1人、可愛くて優しい女の人と結婚したいです!」
勇気はこの歳になるまで、残念ながら女性とお付き合いしたことがない。だから、勇気はこう願った。ちなみに優先順位としてはかわいいお嫁さんをもらうことが第一位だ。いや、周りの人に迷惑をかけないことも大事だけどお嫁さんをもらうことも大事だから! それだって親を安心させることになるわけだから、結果的には迷惑どころかむしろ大正解だろ!
だから、決して優しくておっぱいの大きい女の子に甘やかしてもらいたいとかではなくて──
「優しくておっぱいの大きい女の子に甘やかされたいです」
「うわあ・・・・・・」
天使に引かれた。
と、まあそんな感じで勇気はこの担当天使に自分の願望を伝えた。
「どうですかね? 僕のこの願いは叶えられるんでしょうか・・・・・・?」
「さあー、どうなんですかね?」
「あれ?」
「なんですか?」
「え、いやだって願いを聞いてくれるって・・・・・・転生するにあたって、僕の願いを叶えるために色々取り計らってくれるんじゃないんですか?」
そのために願いを聞いたのではなかったのだろうか。勇気がそう思ってそう聞くと、天使は悪びれる様子もなくこう言った。
「いや、私はただ願いを聞くと言っただけです。願いを叶えるとは言ってませんよ」
「は?」
「もしかしてスキルとかつけてくれると思いましたか? 残念ながら、もうどんな人間に生まれ変わるかは決定しているので、今更私の権限で何かを変えることはできないんですよー」
「あんたやっぱり天使じゃなくて悪魔だろ?」
「えーっと、勇気さんは・・・・・・あー、どうやら病弱な貴族令嬢に生まれ変わる予定になってるみたいですね。だから今言った二つの願いを叶えるのは難しいかもしれないですねー」
「はあー?」
「まあ、頑張ってくださいねー」
「くそがよー」
こうして、勇気は病弱令嬢に生まれ変わることになったのであった。




