第9話_スタディウィズユー
体育祭が終わり、中間テストが近づく6月の中旬、風が蒸し暑さを含み始めた昼休みの教室で、我が孫である渡辺幸樹と友達の中村君が話しています。
「おーい渡辺、調子はどう? 何点くらい?」
「80点くらいの良い感じ、中村は?」
「68点くらい、ギリギリ良い感じ」
「刻むねぇ」
「そろそろ期末テストだろ、何とかなりそう?」
「英語以外はなんとかなりそう、単語覚えきれねえんだわ」
「僕は数A以外イケる、相変わらず図形問題がピンと来ないんだ」
「お互い大変だなぁ」
「そんなこと言って、渡辺はいつも大体80点超えてるじゃないか、苦労してるようには見えないよ」
「普段直美の勉強見るついでに頑張ってるからな、教えると頭に入るってヤツだ」
「わぁ、何それ幼馴染っぽい、直美ちゃんは何が得意なのさ?」
「アイツは何でも得意だぞ、一応生物と物理は俺の方が強いが」
そうそう、直美ちゃんは普通に頭が良いです、勉強しなくても80点とか取れるタイプです。暗記系は2回見ればほとんど覚えられるし公式も授業真面目に受けとけば覚えられるとかなんとか、全く羨ましい話ですよ。私と息子(幸樹のパパ)は、勉強が苦手でしたからね、ちゃんと勉強すれば伸びるけど、サボるとガッツリ点が落ちる、所謂サボれない体質なのです、要領が悪いとも言いますが。その点幸樹はお母さんの地頭の良さをしっかり継いでいるので、勉強しなくても70点近くは取れます、良い所だけはお父さんに似て勉強すれば点がしっかり伸びますから、ちゃーんと勉強しておけば中々良い点数を取るんですよ、いわゆる配合大成功というヤツです。
「で、そのせいで慢心して勉強しなくなるまでがワンセットなんだわ」
「分かる分かる、要領の良さに胡坐をかくと酷いことになるからね、僕もその辺はよぉく分かるとも」
「いや、アイツはそれでも80点は取る、そして更に慢心して勉強しなくなる」
「何それ強過ぎない? 漫画の天才キャラか何か?」
「だから俺が『勉強しろ~~……! サボると祟るぞぉ……!!』って毎度隣で圧かけてるのよ、あっちも勉強ついでに分かりやすく教えてくれるから、俺の成績も上がるし」
「なるほどねぇ、勉強会に呼ぼうと思ってたけどやめた方が良い?」
「いやそれは行く、直美とはいつでも勉強会出来るが、お前らと勉強会する機会は少ない」
「渡辺それ背中刺されるヤツだよ、結婚してから旦那が冷たくなったって書き込みが事件後に見つかるヤツだよ」
「いや別に結婚してないけど」
あら、良いこと言いますね中村君。ええ、ええ、釣った魚に餌をやらない手合いは須らく滅ぶべきです、一番大事な人間を大事にできない人間に成し遂げられることなど何一つ在りはしないのですから、根底から破綻したような人間性の輩は一度打ち砕いて精神性を造り直すべきなのですよ。
まあそれはそれとして直美ちゃんは餌貰いまくってるから、多少雑に扱っても問題ないですけどね、中村君たちの勉強会も精々週2日でしょうから、他の5日で構ってあげれば収支は大幅プラスです。
「んじゃまあ、ひとまず一日だけにしておく」
「うんうんそれでいいんだ、身内の好感度なんて稼げば稼ぐだけ得だからね。火・土にやるから来れそうな日に来てくれたまえ」
「んじゃ火曜に行くわ、あと別に身内じゃないけどな」
「はいよー、早く身内になれるように応援してるからね~」
「んにぇっ!? ……ありがと」
うむ、死んでふよふよ浮くしか能のない幽霊となったおばあちゃんの分まで応援してくれたまえよ。あと孫は早く告れよ、多分勝てるから。
と、いうわけで今日は土曜の夕方、外から帰ってきた幸樹と直美ちゃんが、テスト前の勉強をしています。
「ってワケで、この意地の悪い問題はこうやって処すのよ」
「なるほど~……言われないと分かんねぇよこんなの」
「うん、私も答え見ないと分かんない。結局数学なんてパターン覚えてメタ読みする競技だからねぇ」
「夢が無いなぁ」
今は数学の問題集を進めているところですね、割と面倒くさい問題が多いから直美ちゃんはやるのを嫌がっていたのですが、幸樹の「テスト範囲にわざわざ書いてあるから絶対やらないとヤバイ」という主張と「もし無駄骨だったら木の下に埋めてもらっても構わないよ」という言葉に説得されて、こうして仕方なく進めているのです。ちなみにこの埋めても良いというのは何でも一つ言うことを聞くという意味です、具体的には命乞いの茶番を経て「しょうがない、フラペチーノで手を打とうじゃないか」という流れに持っていくのですね。
「しかしまあ、直美はよく答え見てすぐ理解できるな。見ても結構分かんない時あるぞ俺」
「フフフ、これがIQ125の圧倒的パワー……」
「高くない?」
「まあネットのIQテスト結果だから当てにならんけどねー。で、そんな頭の良い私でも答え見ないと分かんない問題があるからこの問題集は鬼畜だよ、マジおにちく」
「おにちくなのか」
おにちくなら仕方ないですね、可愛さ割で許してあげましょう。さて、そうこうして問題集のテスト範囲を半分片づけた二人は問題集を閉じて休憩を取り始めました。30分毎に休憩する姿はだらけ過ぎに見えるかもしれませんが、毎日ちょっとずつ勉強している二人にはこの程度の緩さでちょうど良いのです。結局テスト前の勉強なんて普段やったことの振り返りに過ぎませんからね、コツコツやっとけば大して苦労はせずに済むのですよ。
「んじゃ半分クリアのノルマ達成したし休憩しよ、梨切ってプリーズ」
「はいよー」
今日のフルーツはこの前直美ちゃんが買ってきた三個入りの梨、包丁でサーっと皮を剥いたら少し大きめに六等分カット、芯を落として種をVの字に切り落とし、皿に乗せたら完成です。
「切れたぞー」
「わーい」
「気づけばもう梨が店に並ぶ時期かぁ」
「時間の流れはあっという間だね、光陰矢の如しってヤツだ」
「学校の前期ももうすぐ終わりだし、あっという間だったなぁ」
いただきまーすと二人の合唱が響き、梨にフォークが突き刺さります、刺し口から汗のような果汁が流れ落ち、シャクリシャクリと砂利を揉むような子気味良い咀嚼音が響きます。
「いやぁやっぱ夏は梨だね、豊富な水分が身体に染みるよ」
「おいしい上に夏バテ防止にもなる、旬の果物ってのは偉いよホント」
「お買い得で食べるだけ得、財布にも身体にも優しい」
「直美に貰ってばっかで俺は財布痛めてないけど、いつも果物ありがとな」
「どういたしまして、私も切ってくれて助かっとるよ」
冷蔵庫に直美ちゃんの領地が出来た、キウイを買ってきた日から数か月、果物を安く買って二人で食べる生活に、二人もだいぶ慣れてきたようです。幸樹も一方的に奢られるだけでなくお返しに夕飯を作ったりして、二人の関係は円滑に回っています。
「それに幸樹は私に夕飯作ってくれてるでしょ、ちゃーんとあげてる分は貰ってるよ」
「まあそれはそう、直美はうまいとき口に出してくれるから、作る側としても楽しい」
「幸樹のご飯おいしいからねー、というかやっぱ幸樹もおいしいって言われると嬉しいんだ? お母さんと同じこと言ってる」
「そりゃ料理作る人は誰でもそうよ、直美だってコーヒーうめぇって言われたら嬉しいでしょ」
「あー、そう言われると確かに、納得したわ」
うむ、おばあちゃんも料理をうまいって言われると嬉しいです。幸樹には飯がうまい時はちゃんと言うように教育してあります、こういう細かな好感度稼ぎが家族仲を維持するのですよ、身内の好意は積極的に稼ぐよう私のおばあちゃんの代から代々言い伝えられてますからね、渡辺家200年くらいの伝統と言っても過言ではないでしょう、別にそんな大層なモンじゃないですけど。
「そうそう、夕飯と言えばカツオだよ、直美ちゃんはスーパーで買ったカツオの刺身を食べるのが楽しみで仕方ないんだよ!」
「俺も楽しみで仕方ない、刺身は去年親帰ってきたとき以来だからマジで久しぶり」
「幸樹前に言ってたもんね『一人で柵買うと食べきれないから買えねえんだわ』って」
「生ものだから当日中に食べないといけないのがキツイんだよ、味落ちるから冷凍もしたくないし」
「せっかく冷凍されてない物を買えたんだから、生のままでいただきたいよねぇ」
「で、直美と食べれば一食で食べきれるってワケ、丁度580円でたっぷり一柵お安く買えたしな」
「わぁいカツオ、直美カツオの刺身大好き、生姜醤油でおいしく食べるぅ」
「んじゃ、そのためにもとっとと勉強終わらせないとな、そろそろ続きやるぞー」
「はーい、刺身のために頑張るぞー」
そう、遂におばあちゃんと同じ発想に至った幸樹が、二人で食べる用にカツオのお刺身を柵で買ってきたのです、直美ちゃんに果物を貰うたびに着々と積みあがっていく奢られた額、それを相殺するための切り札として、彼は贅沢にカツオを一柵買ってきたのですよ。
事の経緯はこうです、買い出しに行ったスーパーの鮮魚コーナーを眺めていた二人、ふと安売りのカツオをが目にとまります、いつも通りスルーしようとする幸樹でしたが「丸々としてておいしそうだねー」という直美ちゃんのコメントを聞いて足を止めました、そして何かしら5秒ほど考えたのち「カツオ買ったら食べる?」と、直美ちゃんに問いかけたのですね。「食べる!」と即答する直美ちゃん、そこからはとんとん拍子でお会計まで直行でした、ちなみにカツオを買った張本人は会計をした後、「そういえば二人なら柵食べきれるじゃん、マジかよこれで刺身買い放題だ」って言ってたので、単に直美ちゃんが食べたそうだから買ったみたいです、良いぞ良いぞ。あと読者の皆様は直美ちゃんが食べる分、食費が嵩んでいないか心配になるかもしれませんがそこは大丈夫、現状ちゃんと生活費の予算内に収まっていますし、なんならまだ予算には余裕もあります、一応幸樹は家の金で直美ちゃん餌付けしてることを咎められたときのため、食べさせた分の食料品とその値段をメモしてあるようですが……まあそのメモの出番はないでしょう。なんせ前も言いましたがウチの人たちは直美ちゃんが大好きですからね、息子夫婦は自分たちの分まで息子に構ってくれる直美ちゃんに感謝してますし、食費も予算内に収めているのですから文句を言うハズもありません。
「ほい4分の3終了! 小休憩じゃあ!」
「トントン拍子に進んだな」
「時々簡単な問題が固まってる時あるよね」
「難しくしようが無いんだろうね、マジボーナスタイム」
時間は流れて次の休憩、簡単な問題をまとめて処分した二人が早めの休憩に入ろうとしています。
「どうする? もうちょっと進めておくか?」
「いーや休むね、直美ちゃんは休息を欲している! というわけで膝出せ膝、私は膝枕を所望します!」
「へーい」
スルスルと滑るように幸樹の横に移動した直美ちゃん、孫のテキトーに組まれた脚に勢いよく倒れ込みました。野郎の筋肉質で高反発な太ももに勢いよく突っ込んだせいで「ぐぇっ」と若干痛そうな声を上げていましたが、すぐに頭を撫でまわされて猫様のように目を細め喜んでいます。ところで直美ちゃんが何故男に膝枕させるというちょっと奇特な趣味を持っているのか気になりますよね? どうしてか聞きたいですよね? まあ興味が無いとしても話しますが。
時は小学校三年だか四年だったかの頃、直美ちゃんはおじいちゃんの死から立ち直り膝枕の口実が無くなった幸樹に適当な理由を付けたり付けなかったりして、膝枕をする生活を送っていました、幸樹は膝に乗せられて頭を撫でまわされ挙句の果てに「いい子いい子」と好き放題言われる現状に羞恥心が耐え切れずなんとか断ろうとしていましたが、直美ちゃんの押しの強さに流されて事あるごとに密室羞恥プレイを受けていたのですね。で、その現状に待ったをかけたのが私おばあちゃんこと渡辺幸子当時七十三歳くらい、数多の恋愛にちょっかいを掛けてきた老婆の直感は、このまま孫のフラストレーションを解消しない場合それが爆発してちょっと話が拗れてしまう気配を敏感に感じ取っていたのです。まあぶっちゃけそれくらいのケンカは今までもありましたし、いつもならそれもまた人生と放置していたのですが当時はおじいちゃんが死んで一年くらいの幸樹の情緒が不安定な時期、いつもより格段に弱っている幸樹ではケンカに上手く対処できずそのまま大きなトラブルになりかねないと思ったおばあちゃんは、二人に色々ぶっちゃけさせて腹を叩き割られた状態の話し合いをさせたのですよ。その結果直美ちゃんが「膝枕してると幸せな気持ちになる、やらせろ」という主張をして本当か確かめるため幸樹も膝枕に挑戦、それにハマった直美ちゃんが時々やらせるようになった、という経緯があったのです。
まあ要するに野郎の膝枕を試してみたら直美ちゃんがドハマりしたということです、彼女の奇特な趣味にはこんな背景があったのですね。
さて、ここで一旦話を区切らせていただきます。そうです、今回も文字数の都合です、本当は今回と次回は一話にする予定だったのですが……ほら、流石に一話九千字超えはヤバイじゃないですか? そんなわけで続きはまた次の更新で……。




