第8話_レストウィズユー
さて、前回は幸樹がシャワーを浴びに浴室へ入ったところでしたね。孫が念入りに身を清めること二十分、スッキリ綺麗になってシャワーから出てきた彼は、私服に着替えて戻ってきた直美ちゃんがキッチンに広げた店を前に困惑していました、というか直美ちゃんもう戻ってきたんですね、さてはお湯だけ浴びてシャンプーとボディソープをサボってましたね? ちょっと髪の毛湿ってますし、生乾きじゃーん。
「えっ、何その道具たち」
「ふふん、これこそ直美ちゃん秘伝のドリップコーヒー抽出セット! お手軽に本格コーヒーを楽しめる素敵アイテムなのだー!」
「おおっ、なんかオシャレっぽい」
「まあお父さんが飽きて死蔵した道具をもらっただけなんだけどね」
「お下がりなのね、ていうか直美コーヒー淹れられんの? すげー」
「ふふーん、そうでしょうそうでしょう、直美ちゃんはすごいでしょう」
「ああ、流石直美、お前がナンバーワンだ」
「うむうむ、たくさん褒められて直美ちゃんもご満悦である。使う豆はスーパーのお徳用パックだけどおいしいから、テレビの準備でもして待っててねー」
「はーい」
持ち込んだケトル(直火可)に水を注いで火にかけた直美ちゃん、手際よく豆を挽いてドリップコーヒーの準備を始めます、その間幸樹はスマホをテレビに繋いで、アニメ視聴会の準備を進めています、彼の準備はすぐ終わりましたが残念なことに、コーヒーはすぐにはできません。
「直美ー準備出来たぞー」
「まだかかるからなんかテキトーに流しててー」
「へーい」
直美ちゃんは豆を挽き終えてお湯が沸くのを待っています、とは言っても火をつけてから結構経ってるんですぐ湧くと思いますけどね。実際、流してたゲームのBGMが終わる頃には、リビングにコーヒーのいい香りが漂い始めました。
「おー、いい匂い」
「もうすぐ出来るから待っててねー」
「こんないい匂いするのに安い豆ってマジ?」
「マジマジ、直美ちゃんが厳選しただけあって安いのにおいしい豆なのよ」
「これは期待が持てる、マジ楽しみ」
粉々になった豆にお湯が注がれて、ポットに真っ黒なコーヒーが貯まります、黒い水面が600mLのプリントに達したところでお湯の残ったコーヒー粉が引き揚げられ、それは冷蔵庫のカステラ・牛乳と共にローテーブルへ並べられました。
「ほれほれ、直美ちゃんがコーヒーを注いでしんぜよう」
「うーん……苦しゅうない?」
「コーヒーは苦いけどねー、そーれ牛乳ドボドボー」
「多くない? そんな入れてコーヒーの味残る?」
「苦い系だからしっかり残るよ、ほれほれ飲んでみ」
「では一口……おお、本当に苦みがある」
「これでカステラもおいしくいただけるって寸法よ」
「甘さと苦さが合わさって最強に見えるってヤツだな」
「例の激苦チョコと合わせると舌がおかしくなって死にそう」
「アレはおばあちゃんですら根を上げた究極の苦味だからな、何なら単品でも死ぬ」
「アレはやばかったね~……」
二人の記憶にもアレの存在は深く刻まれているようです、確かおばあちゃんが「コレ死ぬほど苦いから食べて見て頂戴」って二人に渡して、二人共一口かじってギブアップしていましたっけ。まあ私は非常に賢い人間なので牛乳・砂糖と一緒に電子レンジに突っ込んで、ホットココアを錬成し事なきを得ましたがね、はいそこ普通に純ココア買って作る方が安いとか言わない、在庫処分としては上々でしょうが、というか本来そのままゴミ箱に埋葬するところを、おいしく加工して供養してあげたんですから十分でしょうが。あと今更だけどあのチョコが好きな人がいたらごめんなさいね、もし腹が立ったら「へっ、おこちゃま舌が何か言ってらぁ」と心の中で呟いて見逃してください、見逃せなかったなら大人しくその憎しみを受け入れましょう……。
「んじゃ昨日の続きから再生してちょ」
「はいよー、そういや今更だけどそっちの親の許可出てる? いや本当に今更だけど」
「そこは大丈夫、幸樹の家にはいくら泊まっても良いって言われてる」
「えっ」
えっ?
「あっでも迷惑にならない程度にって言われてた、迷惑になる時は言ってね」
「あっはい……いやなんで……?」
「ほらほら、そんなどうでもいいこと考えてないで画面見なよ画面、本編始まってんぞー」
「どうでもいいかな……どうでもいいかも?」
「実際どうでもいい、古事記にもそう書かれている」
「そっかぁ、画面見まーす」
いやどうでも良くないでしょ、わけわからんぞ。えっなんでですか? 本当に私が言えることじゃないですけど普通に考えて年頃の娘が外泊しまくるなんて許可出ませんよね、まして直美ちゃん家の雰囲気良くない的なこと言ってたし別に幸樹と付き合っても無いし何なら付き合ってても厳しいですよね? んんん????? ……もしかして、直美ちゃんの両親も早くくっつけって思ってるんですかね、それならまあギリギリ納得できます、というか他の可能性がロクでもない物ばっかりなのでそういうことにしましょう、悪い想像、ヨクナイ。
幸樹たちはカステラをつまみながらアニメを視聴しています、そしてコーヒーと手を組んで真の実力を解放したカステラの消費速度たるや圧倒的で、昨日一口で退場させられたとは思えない速度でどんどん食べられていきます。第四話が終わるころにはコーヒー共々半分まで減っており、このままでは次の話が終わるころにはお茶請け切れになってしまうでしょう。そしてそのことに気付いたのは私だけではないみたいで、幸樹もカステラの消費速度に危機感を抱いたようです。
「あれ? 直美、直美」
「はいはい直美だよ」
「カステラ減りまくってる、残り半分」
「え? あっマジじゃん!? よく見たらコーヒーも半減してるんですけど!」
「ヤバイな、このままでは第五話が終わったタイミングでこの会がお開きになってしまう」
「えっ、この会の寿命ってお茶請けの残量にかかってるの?」
「ああそうだ、万が一残りのカステラを床に落としてしまえばその瞬間、俺たちは家の外にはじき出されてしまうだろう」
「デスゲームか何か?」
「まあ冗談は置いといて、もしお菓子が無くなったら俺のクッキーを供出するから安心してくれていいぞ」
「ヤッター! あと良い感じの飲み物もあったりしない? コーヒーおかわりはカフェイン中毒的に避けたいんだよね」
「うーん、ティーバッグあったかもしれないから再生止めて探してみる、あとカフェイン中毒ってどれくらいでなるの?」
「一日600mLまでは安全、それを超えると段々中毒リスクが上がってくる、そういうわけで大事を取ってこれ以上のコーヒーはやめときたいのだよ」
「なるほどね、んじゃ探してくらぁ」
「行ってら~」
幸樹は背中を預けていたクッションから立ち上がって、キッチン周りの棚を漁りに行きました、暇になった直美ちゃんはあちこちの棚からティーバッグを発掘しようとしている幸樹を背に、空いたクッションに頭を乗せて横になり始めます、イメージとしてはお腹用と枕代わりにそれぞれ一つずつ使っている感じですね、顔をうずめてリラックスしています。やっぱり体育祭の後ですからね、まだ疲れが残っているのでしょう、幸樹が発掘を終えるまでの五分ちょいの間、直美ちゃんはずっとそのままでした。
「ティーバッグあったぞー、しかも未開封」
「ふぉお、ふぁいふ!」
「なんて?」
「ふっふょんいふあっへへふぁへへふぁい」
「クッションに埋まってて喋れない? 顔上げろ顔、おもて上げろや」
「ははーっ、ティーバッグナイスー! でもなんで未開封?」
「ママが買って忘れたんだと思う、どうせ次帰ってくるときにはダメになってるだろうし、俺らが飲んで供養してやろう」
「飲み物追加だー」
ええそうです、遠慮なく使っておしまいなさい。見るからに安い茶葉ですし忘れてるならママとしても大事じゃない物でしょう、それにどうせまた新しい茶葉を買って帰ってくるでしょうから、古いヤツを使うこともありません、ちゃんと飲んで供養してやるのが優しさというものです。お母さんは割とルーズなところがあってあと五日で家を出るってタイミングでジュースの原液とか買ってくるんですよね、仕事先に持っていくのかと思いきや「余った分はプレゼントするよ、遠慮なく飲んでやってくれ」とか言って家に置いて行きますし。まあ稼いでますし賭けの類もしない子だからそれぐらいは良いと思いますけどね、もうちょっとキッチリしても良いんじゃない? そんなことを原液から作ったメロン味の乳酸飲料をグビグビ飲みながら、おばあちゃんは思っていたワケです、おいしいんですよねアレ。
「んじゃ続き再生してちょ」
「はいよー」
「……うんうん、紅茶もカステラに合うねー」
「本場の味だね、カステラって確かオランダのお菓子だし」
「オランダでも紅茶飲むのかな?」
「飲むんじゃない? ヨーロッパだし」
「私はコーヒーだと思うなー、イタリアだとエスプレッソのコーヒーを飲みまくるらしいよ」
「そうなの? コーヒーと言えばアメリカのイメージだった」
「それは分かる、キャンプファイヤーとか囲んで飲んでそう」
「焼きマシュマロとか食べながらな」
「ゴーウェースト!」
ちなみにオランダにはコーヒーの文化が深く根付いているそうですよ、無料のコーヒーサーバーがそこらへんにあるとかなんとか。それはそれとして、苦い物好きなおばあちゃんですが、実はコーヒーを豆から淹れたりはしていません、普段はペットボトルの物を飲んでいましたし、精々がドリップパックって名前のコーヒー版ティーバッグで一杯淹れていた程度です、だって豆の違いとかあんま分からんし、ペットボトルも缶コーヒーも全部おいしいですし。とはいえ直美ちゃんがちゃちゃっと淹れてたのを見るに思ったより楽そうかも……? 今度自分でやってみても良いかもしれないですね、老いたからといってチャレンジ精神を失ってはならぬ。
紅茶という新たな仲間を得たアニメ視聴会は順調に進んでいます、カステラは変わらぬペースで減っていき、予想通り第五話が終わるタイミングで食べ尽くされてしまいました。そして予定通り幸樹の部屋から開封済みのチョコクッキー(16枚入り)を召喚して、第六話が始まります。
「うーん、クッキーうまし」
「いいだろコレ、何と一袋170円」
「あらお買い得、ワタクシのお茶請けリストに追加してさしあげましてよ」
「ありがたき幸せ、隣駅のスーパーで安く買ってるから他だと高いよ、注意してね」
「はーい」
アニメが流れるのに合わせてちょっとずつクッキーが齧られていきます、十分に一枚のゆっくりとしたペースでクッキーが消費されていて、カステラを速攻で食べ尽くした反省が見て取れますね。
二分に一口のクッキーと紅茶、棚に固定されたテレビから流れるアニメ。そんな変わらない絵面に少し飽きたのか、三枚目のクッキーを摘まもうとする幸樹の右手を、直美ちゃんがガシッと掴みました。
「? なんじゃ」
「ちょっと手元が暇、だからお前の手で遊ぶこととする」
「またネイルでもするの?」
「そこまではしないよー、意味も無く握ったり指相撲吹っ掛けたりするだけ」
「いいけど、それ楽しい?」
「多分楽しい」
「そっかぁ、ならいいや」
分かりますよ、実際手を握って意味も無くちょっかいをかけるのは楽しいです、私も昔は直美ちゃんがやっているように、おじいちゃんの手の甲を親指でとんとん叩き続けて、仕返しに耳たぶ引っ張られて「グエーッ!」ってなっていたものです、どうやら直美ちゃんは孫の手(本物)に満足したようで、それからは大人しく画面に向き合っています。時々手を振り回して仕返しにほっぺを引っ張られたり、口元にクッキーを押し付けられ、強制餌付けされた幸樹が何とも言えない顔をしたり、たっぷり十二時近くまでくつろいで過ごしました。
「そろそろ時間だー、昼飯食べに帰らないとだよー」
「たっぷり八話まで見たなぁ」
「じっくりくつろがせてもらったよ、また今度続き見に来るね」
「おーう待ってるぞー」
「はーい。あっそうだ、空いてる食器棚にコーヒーセット仕舞わせてもらうね」
「そういえば棚使うって言ってたっけ、いいの? 家で飲めなくなっちゃうけど」
「まあ家近いし大丈夫じゃない? ダメだったらその時はその時ってことで」
「んじゃ了解、コップとか片しとくぞー」
「おなしゃーす」
水切り棚で休んでいたコーヒーセットたちを食器棚の空き部屋に収納します、こうして私物が増えると、外堀が埋まっている感じがしていいですね。そしてその次は直美ちゃんが帰る番です、今日の幸樹は先手を打って、直美ちゃんが「ハグミー!」と言ってくる前に、ギュッと抱きしめて頭を撫で回し始めました、これには直美ちゃんも思わずニッコリ。
「んみゃ~……頼む前にしてくれるなんて嬉しいじゃないのよさ、流石幸樹だぁ」
「いつもやってるからね、流石に慣れてきた」
「ウムウム、直美ちゃんもご満悦であるぞ」
「そりゃよかった、んじゃぎゅうっと」
「ん”ん”ん”~~……」
「相変わらず声がヤバイぞ」
「ん”!」
「痛っ!? ごめんって謝るから力入れないで!」
「ん!」
「分かったもう言わない、約束する」
「ぷへぇ……よろしい許す、それはそれとしてガチで力いれるの楽しいね、またやりたい」
「痛いから勘弁してほしい、やるならたまにね」
「分かった、適当な断りづらい時に頼む」
「そうしてくれ、んじゃまたなー」
「はーい、ばいばーい」
スムーズに承認欲求を満たした直美ちゃんは、弱みに付け込むことを宣言して悠々と帰っていきました。ちなみにこの断りづらい時というのは何かしらの埋め合わせや「なんでもいうことを聞く」と宣言したときなどです、今まではアイスを奢らせる、プリクラを撮る、ツインテールにする等が主な内容でしたが、それに鯖折りが追加されたわけですね、割とそういう機会はりますから、これから幸樹は直美ちゃんの妙に強い力に苦しめられることになるでしょう、ガンバ。




