第5話_ウェイクミーアッププリーズ
「疲れたー……」
「私も疲れたー……」
六月の初頭、梅雨が明けて十日ほど過ぎた頃、幸樹と直美ちゃんは体育祭の後でバテていました。人のいない空き教室で机を向かい合わせて、空いた電車に乗れる時間を机に突っ伏しながら待っています。
「日差し……死ぬ……」
「紫外線……体力削れる……」
ご覧の通り過剰な紫外線とウミチカ(海が近い)による湿度で体力を削られ切っており、喋ることすらままなりません。その上この二人は身長の力で割と運動が出来るので、出場できる限界まで競技に駆り出されていました、このように限界化するのも無理のないことでしょう、まあ二人共頼られてノリノリでしたから自業自得なのですけど。
「……直美は徒競走一着だったね……おめでとう」
「これが身長の力……幸樹も二着だったね、すごい」
「あれギリギリ三着だった……運動部には勝てなかったよ……」
「そっかぁ……」
ちなみに二着の子は陸上部でガチってる子です、運動部でもない野生の高身長にギリギリまで迫られて「ウチに来てくれればなぁ……」と何とも言えない表情を浮かべていました。対照的に直美ちゃんは割と余裕をもって一着でゴールしていましたよ、一緒に走ってた運動部が陸上部じゃなかったこともありますが、一番の決め手はやはり身長でしょう、なんせ女子の平均身長が157cmとかのところ、この子170cmですからね、もはや巨人ですよ、圧倒的な力です。ぶっちゃけ体育って身長が高ければある程度ゴリ押せるんですよね、歩幅・筋肉量・体重、これらの大きさである程度何とかなってしまうのです、ウチの幸樹も運動神経は並かちょっと良い程度なのにバスケの授業で活躍しまくってたらしいですからね、やっぱ身長はパワーですよ。
「直美……今日は俺頑張った……競技にもたくさん出た」
「そうだね……幸樹は頑張った……私もたくさん出て頑張った……」
「だから……頭撫でて……」
「疲れてるから無理……これで我慢して……あと私にも同じことして……」
そう言うと直美ちゃんがポン、と幸樹の頭に手を乗せて動かなくなりました。幸樹もゆっくりと直美ちゃんの頭に手を乗せて、これまた同じように動かなくなりました。二人は目をつむってリラックスしていますが、傍から見たら互いの頭を机に押し付けあっているような意味不明な絵面です、二人共学校では周りの目を気にしていちゃつくのは自重しているのですけど、疲れている上に空き教室ということもあって完全に気が抜けていますね。
「幸樹、今日はすごい疲れたでしょ……」
「すごい疲れた……」
「だから、帰ったら膝枕してあげる……」
「……いいの……?」
「ハグしてくれてるから……お礼……昔みたいにする……」
「ありがとう……」
そう言い残すと二人は口すら動かせなくなりました。ちなみに直美ちゃんの言った「昔みたいにする」というのは文字通りの意味で、小学校から中学校時代のように膝枕をしてあげる、という意味です。結構前、具体的には中学校二年生の秋頃に幸樹がハグ等自重令を出すまで、二人がベタベタスキンシップしまくっていたということはご存知の通りですが、その中には直美ちゃんが疲れた幸樹に膝を貸して頭を撫でてやることも含まれていました。これは驚愕の事実なのですが、幸樹も疲れた時は直美ちゃんに頭を撫でてもらったり甘やかしてもらっているのです、直美ちゃんが辛いときは幸樹が甘やかして、逆に幸樹が辛いときは直美ちゃんが甘やかす、双方向に助け合うのがこの二人の関係なのですよ。
直美ちゃんが膝枕をするようになったのは確か小学三年生の頃でしたかね、「おじいちゃんが死んで落ち込んでいる幸樹を何とか励ましてあげたい、頭を撫でたりハグする以上の方法が知りたい」的なことを言ってきた直美ちゃんに、弔い酒と称して高級ウィスキーを飲んで酔っ払ってたおばあちゃんが、秘伝の奥義と称して「落ち込んでる男の子には膝枕してあげるのが一番効くわ! 頭撫でまわしながら励ましの言葉を囁いてあげればそれはもうショートケーキの百倍元気になるってモンよ!」とか言ったことが原因だった気もしますが、まあそれで二人の仲が深まったのですから私の軽率な発言などは些細な問題でしょう。
外ではしゃいでいる生徒たちの声や廊下を通るまばらな足音、踏切の電子音やトンビの鳴き声が時間と共に流れて、外がじわじわと暗くなっていきます。四十分ほど経って夕日の縁が水平線に触れた頃、喋れるくらいまで回復した二人が教室を出て、駅に向かって歩き始めました。
「暗くなってきた、幸樹は打ち上げ、行く?」
「行かない、直美は?」
「行かない、いつも通り」
「だよなー」
直美ちゃんは基本こういう集まり行くことがありません、なんでも「化けの皮が剥がれる、あとしつこい奴がいるとダルい」とのことで。直美ちゃん疲れると話し方が昔に戻るんですよね、いつものケラケラした感じの喋り方は狙ってやっているので疲れると維持できなくなるのです。それに中二あたりからの直美ちゃんはちょっとシャレにならない可愛さでしたから、同じ集まりに来てくれた上にネタキャラフィルターが外れているとなればアホな野郎がワンチャンあると勘違いして寄ってくるのも仕方ないことでしょう、直美ちゃんも昔はそこらへん苦労してましたからね、可愛けりゃ何でもいいワケじゃないってことをよく理解しているのです。
だから可愛いアピールしてる直美ちゃんって実はとっても貴重なんですよ? 学校ではおばあちゃん直伝のケラケラムーブで可愛さよりイロモノ感をアピールして、普段着にはダサいデザインのTシャツを着てクソダサルックスにしているのが直美ちゃんです、自分を可愛く見せようとしたり「私可愛いでしょ?」なんて聞いてくるのは信頼している相手の前だけなのですよ、つまり幼馴染特権ですね。
「幸樹が一緒なら、行くけど」
「残念ながらクラスが違うので、諦めてもろて」
「はーい、幸樹はいいの?」
「いいのいいの、どうせ話す相手あんまいないし」
「じゃあ、一緒に帰ってお疲れ様会、しよ」
「しようしよう、帰りになんか買ってこうぜ」
「おー」
そうそう、昔の直美ちゃんはこういう感じの子でしたね、ポツポツ喋って表情もあまり動かない、絵に描いたような無口キャラでした。それが我々渡辺一家に捕まったばかりにどんどん愉快な性格になって……いつの間にやらおばあちゃんを継ぐ立派なガハハ系ガールですよ。なんか進化先をミスったような気がしなくもないですが、まあ楽しそうなんでいいでしょう、少なくともおばあちゃんは今の直美ちゃんの方が素敵だと思いますよ。
ただ今の路線になる前に面倒な目に遭ったり路線変更した途端色々上手く生きだしたせいで、今の直美ちゃんは素の自分は他人に受け入れられないと思ってる節があるんですよね、周りも未熟だった小学校時代ならともかく今は高校生、そんな狭量な輩が堂々と闊歩できる環境ではありませんし、もっと安心しても良いとおばあちゃんは思います。それはそれとして幼馴染の前だと安心して素の喋り方ができるって改めて字に起こしてみるとコッテコテのギャルゲーみたいな設定ですね、平成初期の脈動を感じますよ、まあさっき言った面倒な目に遭った時の直美ちゃんにウチの孫がいいとこ見せましたから、それ自体はおかしくないことだと思いますけどね。
そうやって話しながら二人が駅に入ったタイミングで、直美ちゃんが少しビクッとしました。
「あ、真紀いる」
「あの髪に紅白縄巻いてる人?」
「そう、その子、今上手く話せないから、見られたら困る、壁になって」
「俺がいる時点でバレるんじゃねぇかなぁ、これでいい?」
「うん、良い感じ、カモフラージュ率100%」
「ダンボール被るか?」
「要らない、新しめの作品だと、普通にバレるから」
「えっそうなの」
名前は出しませんが某裸蛇さんが出てくるゲームのお話ですね、えっ? あれバレるようになったんですか? おばあちゃんが遊んでた時代は敵兵がおバカさんで、見つかりそうになってもとりあえずダンボール被っておけば大体何とかなったんですけど……今の敵兵はちゃんと道の真ん中にあるダンボールを警戒できるようになったんですね、当たり前のことだけどすごいぞ。
長いこと空き教室で待っていただけあって駅の中にはほとんど人がいません、体育祭が終わって皆が帰るタイミングではそれこそ足の踏み場もないような混雑具合でしたが、今はぐったりした高校生がぽつぽつ居る程度、電車に入り切らない生徒を無理矢理押し込むようなこともなく、駅にいた皆がスムーズに乗車して座席に座ることが出来ました。
「空いてるね」
「帰るのを待った甲斐があったな」
「ほとんど、ダウンしてたような、ものだけど、ね」
「それはそう」
車窓に夕暮れの海を映しながら、電車がゆっくりと進んでいきます。昔から電車を支えてきた線路は民家の隙間や車道を通るルートのままで、最新の車両が全速力を出せば脱線したり事故を起こしてしまいます、線路という枷に足を引っ張られた新しい車両が窮屈そうに海沿いを走り、徐行した自動車を追い抜かし、ゆっくり目的地へ向かっています。
「幸樹、帰りに、何買、う……」
「……もしかして眠い?」
「ぶっちゃけ……クソネミ……」
「寝とけ寝とけ、着いたら起こす」
「うっす……我が生涯に、一片の、くい……な…………」
「世紀末覇者? …………寝てる」
死の間際までボケを忘れぬとは京極直美、見事な女であった……まあ寝ただけですけど。そうそう、直美ちゃんがいつもの喋り方を狙ってやっているのは本当ですが、かといって別に愉快な言動の全てが演技というわけではないのです、面白おかしく過ごしたほうが人生が楽しくなると思っているのは本当ですし、幸樹にドヤ顔して雑にあしらわれるのを楽しんでいるのも本当です、疲れ切ってるのに某世紀末覇者のマネをして、良い感じの遺言を遺したのがその証拠です。
普段なら幸樹は本を読んでいるところですが、疲れているためか今日は本を読まず、目をつむって瞑想しています、大丈夫ですかねコレ、このまま寝ちゃうやつじゃないですか? さっきは着いたら起こすって言ってましたけど別に幸樹も眠気に強いとかそういうの特に無いんですよね、昔から帰りの電車でスヤスヤしてるとこをおばあちゃんに起こされて、駅のホームまで引っ張り出されるような子でしたから。というかさっきからこの子ビクともしないんですけどこれ本当に寝ちゃってません? おい孫お前起こすって言っといて寝るのはちょっとダサいぞお前、このままだと終点に着いて三十秒くらい経った後乗務員さんに「お客さん終点ですよ~」って起こされてちょっと恥ずかしい思いをして直美ちゃんにも「寝てやんの~」ってほっぺグリグリされちゃいますよ、じゃあ別に良いか。
おばあちゃんが孫の身を案じている間にも電車は進んでいます、やたら小さい踏切や川にかかった橋を越えて、列車は今や終点の一駅前を通過しました、ちなみに幸樹は未だ目をつむったまま微動だにしません、こりゃダメですね完全に寝ています、終わりです。全く自分の睡眠耐性を考えず変に見栄を張るからこうなるんですよ、悔い改めてこれからは身の程に合った態度を心掛けなさい、電車も終点に着いたことですし、孫の無様を笑って供養してやるとしましょう。
「…………着いたぞ直美、起きろ」
「…………」
「おい起きろ、着いたから」
「うにぇ……」
「肩揺すってんだから起きろって、かくなる上は」
「んぇっ!? 何……!?」
「終点着いた、とりあえず降りるぞ」
「うぇ……はーい……」
あっこいつほっぺ引っ張って起こしましたよ、しかもそのまま寝ぼけた直美ちゃんの手を引いて駅のホームに引っ張り出しました。っていうか起きとったんかワレェ! 乗車駅からずっと目をつむってビクともしなかったから、てっきりご就寝なさったのかとばかり、やるな孫よどうやら私は貴様を見くびっていたようだ……
とまあ本来ならここで真の力を解放した私が必殺のなでなでをしてやるところなのですが、そこはまあ幽霊なので仕方なくやめておきます。いやはやまさかちゃんと起きていたとは、幸樹も成長しているようです、男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったもの、すぐ寝落ちしていた小学生の頃と一緒にしていてはダメですね。
「ほらほら着いたぞ、シャキッとせいシャキッと」
「はーい……ジャキッとする……」
「ジャキっとすんな、前髪切るわけでもあるまいに」
「じゃあムキッとする……」
「筋トレすな、割と起きてるだろお前」
「うへへ、実はもうシャキッとしてまーす」
「そりゃ良かった、んじゃ帰るぞ」
「はーい」
小気味よいコントを済ませた二人が乗り換え先の改札へと歩いて行きます、電車に乗っている間に夕日はほとんど沈んでしまい、会社帰りらしいスーツを着た大人が駅に増え始めました、そろそろ退勤ラッシュが始まる時間だと察したのか、早足になった二人がそそくさと改札を通り、乗り換え先の電車に乗り込みます。
「社会人っぽい人、多かったね」
「多分そろそろ退勤ラッシュになるよな、これ」
「前に巻き込まれたこと、あったね」
「あったなぁ、下校時刻ギリギリに帰ったら電車がスーツの大人だらけで、ぎゅうぎゅう詰めだったっていう」
「遅すぎても、良くない、めんどいよね」
「過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつだな」
「うんうん、何事もほどほどが大事」
確かその時の二人は「限界まで遅く帰れば電車ガラガラなんじゃね?」「やはり天才じゃったか」とかアホなことを話していました、その結果本格的に退勤ラッシュが始まるちょっと前くらいの時間に帰ることになって「こんなの僕のデータにないぞ……」「なんで……? こんなはずじゃ……」とか言いながらしょんぼり帰っていきましたね。今日の二人はその時の反省を活かしほどほどの時間で帰ったので、空いた電車に座り、空いた駅をゆったり歩いて快適な移動をすることが出来ました。電車を降り改札を出た二人は、お疲れ様会の物資を仕入れるため駅前のスーパーに入っていきます。
「幸樹は何買う? 私切り落としカステラあったら欲しい」
「俺はジンジャーエール飲みたい、ガッツリ1リットル半入ってる奴」
「んじゃそうしよ、甘い物だけだと飽きるから、ポテチも一袋買う」
「了解、んじゃ俺もスナック一袋買っとこう」
幸樹がジンジャーエールを好きなのはおばあちゃんの影響です、私が安いバーボンにジンジャーエールをドバドバぶち込んで優勝してた時に幸樹にもジンジャーエールを飲ませてあげたら、ハマっちゃったみたいで。生前はジンジャーエールをあげる代わりに私の飲酒に付き合ってもらったりもしていました、おばあちゃんがひたすら思い出話とハマってるゲームの話をして、幸樹が適当な相槌を打ちながらジンジャーエールを楽しむ、なんとも幸せな時間でしたよ、酔っ払って孫にダル絡みしてるって考えると絵面最悪ですけどね、まあ孫はジンジャーエールに満足してましたからギリギリ許されるでしょう。
「おっ、切り落としカステラ売ってる、ラッキー」
「そんなレアなの?」
「探してると見つからないけど、探してないと見つかる、そんな感じ」
「なら、今日は探してるのに買えてラッキーだな」
「うむ、僥倖」
目当ての品を抱えた直美ちゃんといつのまにかジンジャーエールを確保していた幸樹が、少し長いレジ待ちの列に並びます。この切り落としカステラは不定期に販売されるお買い得なカステラで、一本丸々200円で買えてしまう素晴らしい商品なのです。直美ちゃんは昔からこれを気に入っていて、遊びに来る時のお土産としてもよく持ってきていました、ときどき異常に縦長の物が混ざってたりして形は悪いですが、味はしっかりおいしい、コスパという言葉がそのまま形になったようなカステラなのですよ。
実はおばあちゃんもこのカステラが好きだったりします、二人から分けてもらったコレにアイリッシュウィスキーをかけて食べるとまあうまいことうまいこと、お返しにおばあちゃんのおつまみをあげれば二人も喜びますし、ウィンウィンの関係という奴です。ちなみに直美ちゃんはチョコ系が好きで幸樹はミックスナッツ系を好みます、ジャイアントコーンとかの揚げ物系は二人共喜ぶから、安牌として重宝していました。ただその影響で二人共好みが若干おっさん臭くなってしまったんですよね、ハードタイプのビーフジャーキーをもらって大喜びする子供ってなんですか、好みが渋すぎるでしょう。イマドキの子ってのはフラペチーノとかタピオカミルクティーとかデコ盛り盛りのパフェとか、そういう映える物を好むのが普通じゃないんですか? 切り落としカステラにジンジャーエールでお疲れ様会って生活感あり過ぎでしょう。
「むふふ、久しぶりにカステラゲット、嬉しい」
「俺も久しぶりのジンジャーエールだから楽しみ、アニメ見ながらカステラジンジャーエールして優勝しような」
「いざチャンピョン」
今回の払った金額は二人合わせて700円ほど、高校生のパーティーには少々控えめな価格です、こういう時コンビニに行かずスーパーで安く済ませようとするのは二人の良いところですね。コンビニはいつもやっていて品ぞろえが良い代わりに、スーパーの五割増しくらいの値段になりますから、わざわざスーパーまで歩く体力があるならその方が経済的なのです、まあ駅前のスーパーは駅のすぐそばでそんな歩かないんですけど。あのスーパー駅出口の真正面にあるしお菓子にジュース、菓子パンやアイスなどの品ぞろえも良いから実質コンビニなんですよね、その上普通に値段も安いものですから、夕方には高校生の集団がアイスコーナーに群がっていたりします、私もちょっとおつまみが足りない時にミックスナッツとか安く買ってましたし。




