第16話_アフタースクールウィズユー!
こんにちは、おばあちゃんです。本日は前回の続き、中身のない掛け合いで時間を浪費した二人が、駅に向かって歩き出したところからです。
下校ラッシュのピークを過ぎた通学路は人もまばらで、十数分前の殺人的な勢いは見る影もありません、おかげで二人も急かされることなく、ゆったりのんびりと歩けています。あの科目が楽だった、その科目はダメそうだった、古典マジ理不尽、そうやってテストの話をしながらドヤ顔したり頭を撫でたり、二人の雑談は駅に着いても続いています。
「しかし古典はマジヤバかったな、平均点60切るだろアレ」
「古典はマジでクソだった、二度とやらんわあんなクソゲー」
「テストは義務定期」
「けっ、なーにが古典だこちとら理系予定だっつーの、国立入試に使われなけりゃ誰も取らねーよあんなクソ科目」
「まあまあ、その分直美の得意な現文も評価されるから」
「現文いいよねー、ラノベ読んで読書スキル上げとけばガチらなくても90点取れる」
「誰もがお前みたいな天才肌と思うなよ、俺は頑張らなきゃ80点止まりなのによぉ、それをお前はよぉ~~」
「ふっふっふ、怖いか? 私の才能が、嫉妬したお前にほっぺグリグリされながら普通に喋れる私の圧倒的才能が……!」
「思うなよ」のあたりから右ほっぺをグリグリされているにも関わらず、直美ちゃんはその自尊心に満ち溢れた表情を全く崩さずにしゃべっています。今までの二人は学校にいる間あまりイチャつかないよう自重していました、にも関わらず今こうして堂々とスキンシップしているのは、やっぱり距離が詰まったからなのでしょう、ありていに言って浮かれまくってます。まあとはいえ意外と周りからの目線は集めてないので、そこは一安心です、これがイチャイチャウフフって感じだったらそれはもう針の筵で痛々しかったでしょうが、二人の状態はケラケラガハハといった様子、色気が薄いおかげでなんとか許されています、三人ほど「いいなぁ……」って淀んだ瞳を向けている人間は居ますが、逆に考えれば三十人以上もいる駅でその程度、四捨五入すれば何の問題も無いと見なせるでしょう。
あと孫、お前80点も十分高いでしょうが何才能無いみたいな顔してんだお前は、もしパパがそれ聞いた日には苦悶の声を上げながら床に這いつくばりますからね。前に言ったかもしれませんが、パパは勉強頑張らないと点数がガッツリ落ちる人間です、頑張って80点取って友達の天才肌たちに負けて「憎い……才能の差が憎い……!」と嘆くのがテスト返却の恒例行事でした。中でも特に暗記系の科目が苦手なようで、前のテストで勉強した内容が次のテストに出てこない、テストの度に一から勉強しないといけないのが辛かったらしいです。まあでもそんなパパも仕事始めてからは打って変わって楽しそうにしていますよ、なんか自分に合った仕事だったらしく「楽しいし評価されるしそれで増えた仕事も楽しいしで……最高だ、我が世の春が来た」とか海外出張へ行く前に言ってました、お母さんもそんな感じで、国内で出張しまくってる以外はほとんど変わらない、いわゆる似た者夫婦です。まあそうやって仕事しまくってた結果どんどんプライベートの時間が減って行って、いつしか年に一週間しか家に帰らない状態になってしまったこともあったのですが、そしてそんな二人におばあちゃんが説教をして話し合いさせた結果、二人の間では『八月いっぱいは死んでも休んで帰る』というルールが設けられました。「そんなまとめて休めるの?」とおばあちゃんは心配でしたが、曰く「人に恵まれてるからなんとかなる、根回しとスケジュール管理をしっかりすれば割と大丈夫」らしいです、よく分かりませんが二人がそういうならそうなのでしょう、人に恵まれているようで良かった良かった。
そうそう、パパとママは八月になると家に帰ってくるんです、夏休みに合わせて休みを取って、家で一年分の家族成分を摂取するのですね。とはいえそれで一年間頑張れるのは何十年も一緒にいるパパとママの話、家族歴二十年にも達していない孫には物足りないでしょう。だからこそ、そこを補ってくれる直美ちゃんにこうして今、電車で肩を重ねて座るくらいに入れ込んでいるのです。
さて、そうして私が話している間に電車に乗り込んだ二人は、空いてる席に並んで座って、隣にいる知らない学生に触れないよう肩を寄せ合い縮こまっています。お昼前というのもあって観光客の多い車内で、それぞれ本とスマホを開く、いつも通りの光景です。時々意味も無くお腹をつついたり、仕返しにまたほっぺグリグリしたり、そうしているうちに時間は過ぎて、あっという間に乗換駅、いつものように人が掃けるまで待ってから、二人が降車しました。
「帰ったら何しよっか」
「何すっかなぁ、いつも通りアニメ見るか?」
「いつも通りいくかぁ、ルパンとか見ようぜ」
「今日は古典アニメ攻めるかー」
「おー」
どうやら二人は今日も一緒に家で過ごす様子、ここ数日毎日こうしているからか、最早家に来るかの確認すら無くなってしまいました。一般的な家庭ならここで自制するよう釘を刺すのでしょうが我々渡辺家にそのような理性的な人物は居ません、いやまあ爛れ切った生活をしていれば話は変わりますが別にこれくらいなら一々文句言わないですよ、至って健全です。というかここで止めると孫の家に一人でいる時間が大幅に増えるんですよ、そうすると段々食事や家事に手を抜き始めて、スーパーの安売りされた惣菜を食べる日が増えていき、最終的に大学生の一人暮らしみたいな最低限の、なんというか高校生がしてはいけないレベルで夢と華やかさの無い生活を送ることになってしまうんです。今の幸樹は少なくとも野菜や挽肉を購入して調理し、それを冷凍して数日に分け食べるような丁寧な生活をしています、野郎の一人暮らしでここまで出来ているのはハッキリ言って奇跡と言って良いでしょう、そういうわけで実利の面から見て我々がこれを止める理由は無いのです、前も言った気がしますが直美ちゃんには我々の分まで孫に構ってやってもらわなければいけませんからね、孫のことはあなたに任せましたよ……まあこれも本人たちには聞こえてないんですけど。
そうして時は流れ現在帰宅後、並んでクッションに背を預けた二人が、テレビに映るアニメを眺めています。本日のドリンクはシンプルに麦茶、どれだけ飲んでも身体に優しい気の利くナイスなbarley tea(ネイティブな発音)です。この麦茶を切らさないよう定期的に作っているのも孫が丁寧な生活をしている証左、直美ちゃんに水道水を飲ませるわけにもいかないでしょう? あなたはこれからも労力を払って健康に良くカフェインも含まれないこのナイスな飲料を作り続ける運命なのですよククククク……
「いやー古いアニメもいいねぇ、味がある」
「ヌルヌルじゃないからこその良さ、あるよな」
「なー」
エンディングが流れて二人が雑談を始めました、今日は既に三話ほど見ているのでエンディングにも慣れてきたようです。そうそう、昔のアニメ特有の良さがあるというのはおばあちゃんも同意しますよ、フレームレート(一秒あたりに流れる絵の枚数のことです)が少ないから視聴感が漫画に近いんですよね、うまく伝わるか分からないですけどなんというか、映像と画像のちょうど中間で、両方の良さが同時に存在しているんです。インターネットに存在する『静止画MAD』という物を知っていますか? 作品の名シーンを集めてスライドショーにした二次創作物なのですが、これが意外と、映像とはまた違う良さがあるのです。最近のヌルヌル動く映像と動きのない静止画、古き良きアニメからはその両方の良さを摂取できると、私は思うのです。
「あ~……いいなぁコレ、なんというかこうしてだらだらしてると、人生を満喫している感じがする」
「わかる、ものすごい青春スコア稼げてる感じがするわ」
「青春スコアってなんか良いね、スコア稼ごうぜスコア、私は膝に乗って手を握るからそっちは頭撫でて」
「はいはい、そうやって言い終わる前に乗ってるんだから全くもう……これ両手握られたら撫でられねえな、右手解放してくれ」
「しょうがないにゃあ、左手だけで勘弁してやろう……そうそう、そんな感じでなでなでお願い、青春スコア稼げてるよ~」
「こんな簡単にスコアを稼げるとは……青春、チョロいな」
青春を完全攻略した二人は「「フハハハハ!」」なんて笑っています、楽しそうですね。そうそう、こういうので良いんですよ、こうやって馬鹿なこと言ってゲラゲラ笑うのが人生を豊かにするんです、そうやってこれからもイチャつくがよろしい、私もおじいちゃんに同じことしてるから。
……そういえばこうして遊んでますけど、直美ちゃんの家ってどうなってるんですかね? なんかヤバそうな雰囲気出てましたけど、ここ数日特に辛そうにしている素振りもないんですよね。あそっか私幽霊だから見て来ればいいじゃん、よし行こうそれ行こう、いざ鎌倉。
直美ちゃんの家に誰もいなかった……特に食器が散らかってたりも無いですし、見た感じ普通の家でした、マジ無駄骨。仕方ない二人が話題に出すことを待ちましょう、時間はあるしそのうちシリアスな話も混ざるハズ。
そうして待つことしばらく、具体的にはアニメを更に二話見終わってエンディングが流れ始めたタイミングで、ついに孫が直美ちゃんの家庭環境について切り出しました。
「そういや直美、家ってどうなってる? 言いたくなかったらごめんね」
「あー、そういや言ってなかったね、最近人生充実してるから、そのへんどうでも良くてさ。家はアレ、なんか冷め始めた感じ、私が家に居ないから親としての意識とか薄れ始めたのかな? 仲悪いから話さないって感じになってるよー」
「ヤベェな、いやマジでヤベェな、直美? 辛かったら無理しないでね?」
「いやぁ別に無理してないよ、私としては無駄なケンカが無くなったから過ごしやすくて助かってるし。まあ、こうしてこっちに居場所があるからそう言えるんだけどね?」
「……俺は支えになれてるか?」
「なってるよ、それはもう本当に助かってる。話す相手の居ない家は寂しいね、おばあちゃんの死んじゃった幸樹の気持ちがちょっと分かったよ。今の私がこうしてずっとリラックスできる居場所はここだけだからねー、学校は居心地がいいけど、ずっと居座るわけにもいかないじゃん? だから幸樹がいなかったら、本当にどうしようもなくなるところだった、とっても助かってるよ」
「そっか、それなら良かった」
「そうそう、それにこれは幸樹も同じでしょ? 幸樹は昔から寂しがり屋さんだから、家に一人だと辛いよね? こうやって一緒にいれば、私だけじゃなく幸樹も幸せだよね?」
「まあそれはそう、マジで助かってるからこれからもよろしくな」
「おうおう任せるが良いぞ、そして感謝の念を込めて思いっきり力入れて抱き締めるが良いぞ」
「はーいぎゅっとしちゃおうねー」
「んにぇぇぇ~~……」
久しぶりに聞きましたねその奇声、今日は猫が伸びしてる時に上げそうな声です、そして相変わらず孫は何も言いません、これが普通なのかな……あと直美ちゃん家ヤベェな、最悪離婚でしょこれ、万が一引っ越しにでもなったら目も当てられない。頼むから大学行って一人暮らし始めるまでは持ってくださいよ、孫の人生にはこの子が必要なんですよ、マジ祈りますからね、私幽霊だから祈られる側ですけど……あっこれ天丼か。とはいえ気にしすぎても仕方ないので一旦「まあなんとかなるべ」と流すことにしましょう、なーに最悪パパとママがなんとかしますよ、ウチの息子はなんというか、ちょっと怖いレベルで口が上手いですからね、やろうと思えばなんとでもできるでしょう。いや本当に怖いんですよウチの息子、誰とでも仲良くなれるというか人とトラブルになる度に必ず円満解決するというか、多分相手の言って欲しいことを見抜くのがうまいんですよね、どうやってるかは知りませんが人から好感を得る方法を心得ているのでしょう、そのクセ身内には小細工を使ってこないのが小賢しいんだから全くもう。
それからの二人は静かにアニメを視聴して──場所を入れ替えて孫を膝に乗せようとした直美ちゃんが数分でギブアップしたりしていましたが──まあそうやって、テスト後のボーナスタイムを楽しんで過ごしました、おばあちゃんも若者の恋愛を眺められて大満足ですわぞ、この調子でよろしくね。




