第11話_コンフォートミープリーズ
さて、時は流れて夕食後。食器等を片付けて広くなったテーブルを挟み、二人が座っています。夕食中に決まった直美ちゃんがひたすら愚痴をこぼし続ける時間ですね。机の上には原液から作った乳酸菌系のジュースも同席しています、甘味は脳をダイレクトに癒しますからね、このような負荷のかかる場面の必需品です。
「さて、それでは愚痴るのでよろしくお願いします」
「はい、愚痴られます」
「あのですね、最近親がヤバいんですよ、さらなる段階に到達してしまったんですよ」
「すぐ喧嘩するって言ってたヤツな、さらに上ってどうなるんだ」
「なんかもう取り繕わなくなってきた、こう……「特別にお前と話してあげる、感謝しろ」みたいな感じで、仲の悪さをガンガン表に出してきたんだよ」
「すぐ喧嘩から常に喧嘩にランクアップしたわけか、最悪のクラスチェンジだな」
「ホントにね、魔法使いが遊び人になった感じだよ」
「賢者になってくれりゃ良かったのになぁ」
「やっぱ悟りの書が無いとダメだね、教科書の重要性を感じるよ」
「だなー」
「ねぇー、ホント……本当に……」
静かなダイニングにコップを置く音が響きました、申し訳程度に啜られたジュースは変わらずコップを満たしており、この無意味な会話と同じくその意義を果たせずにいます。おい孫もっとやる気出せ、明らかにこの子言いたいこと言ってないでしょ気を使わせるなもっと本音を聞き出せお前。あのねぇ愚痴ってのは感情を吐き出す物なんですよ、楽しく話したり気を使って話すのは愚痴じゃないでしょそれじゃ愚かしさも痴態も全くないじゃねえですか何で愚痴と書くか考えろってんですよ。オラやれ孫! 私が膝枕云々でテメェらの腹叩き割って考えてること全部吐き出させた日を思い出して直美ちゃんの抱えている感情が腐り始める前に全て放り投げさせてしまえっお前ならできるだろ私とおじいちゃんの何を見て育ったんだお前は! はよやれ! ドゥーイッ!! ナウ!!
「……別に遠慮しなくていいのよ?」
「…………さすがに分かっちゃうかぁ」
「そりゃあんな『如何にも無理してます』って話し方されたらな、愚痴なんだからもっと言いたいこと言っていいんだぞ」
「ううん…………あのですね、幸樹」
「おう」
「私としては、愚痴というのは相手に大きな負担をかける物だと思うんですよ」
「まあそれはそう、とはいえ今更じゃないか?」
よぉし良くやったぞ孫よ、それでこそ渡辺の名を継ぐに相応しい、拗らせ切ってたおじいちゃんを完全に浄化したこの私の血を引く者として相応しい振舞いだ。まあそれはそれとして、ウチの孫は女心が分かってないですねぇ。小学生がギャーギャー文句叫ぶのと高校生がヘラるのが同じだと思ったら大間違いですよ、主に聞いてもらう側にとって。騒ぐのが仕事の小学生と違って、高校生にもなれば理性やら羞恥心やら建前やらの社会性が育ってくるのです、それら諸々を完全に投げ捨てて甘えるというのはハードルが高い、特に思春期の人間にとってとてつもなくハードルが高く困難なことなのです。まーだからこそそれが出来た時の幸福感がヤバいんですけどね、やっぱこう安心感と言うかね……「こんだけみっともないザマ晒しても許してくれるんだ……!」っていう『許される実感』というヤツが一番人生を豊かにしてくれるんですよ。あんまり長く話してもアレなんで端折りますけどこの子たちにもそういう人生の美味しい部分をもっとよく味わってほしいですね、私は。
「いやなんというか……今私ヤバいんだよ、今までの人生で一番ストレス溜まって一番限界化してるんだよ」
「おう、頑張ってんだな」
「そう頑張ってるの、死ぬほど頑張ってるの、てか死にそうなの。だから今の私が愚痴ったら今までの人生で一度も見たことが無いような、本当の本当にダメダメで無様な見るに堪えない一緒にいるだけでゴリゴリメンタル削られるようなダメ人間状態になっちゃうんだよ」
「そうなのか……? いやそこまで言うならそうなんだな」
「そうなんだよ、ヤバいんだよ。だからですね、その、ですね……つまりなんというか……あの、その、さ」
「…………?」
「…………嫌われちゃったり、しない……かな~ってさ、ですね……」
「うーん、別に? 嫌わないから大丈夫、安心しろ」
(無言のガッツポーズ)(本作3回目)
そうだ、それでいい。よくやったぞ孫よ、これで直美ちゃんの人生におけるメインヒロインの座はお前の物だ、まあ男ですけど最近は男でも容赦なくヒロイン扱いされますからね、良いでしょ。しっかしまあ直美ちゃんは可愛いですねぇ、本当に可愛い、そうやって保身や心配やらでこんがらがった感情をそのまま言葉にできるのが本当に可愛いです。もうね、ウチの孫は勝ち組ですよ、こんな可愛くて良い子に心の底から嫌われたくないと思われてる時点で優勝ですよ、勝者、ウィナー、存在意義の達成、人生の肯定。
「大丈夫かぁ……良いの? そうやって優しくされたら味を占めちゃうよ?」
「いいぞ、味を占めて」
「本当に? すごい嫌な気持ちになるかもしれないよ? もしそれで嫌われたら私マジで立ち直れなくなるよ?」
「大丈夫だけど……まあ、その時はスモールダブルのアイスで許してやろう。普通ならレギュラーのところを友達価格でスモールだぞ、感謝するがよい」
「あははっ、それはありがたいね……うん、本当に、ありがたい」
これは某数字が名前のアイス屋さんのアイスですね、美味しいけど割と高いんですよこれが。ちなみにレギュラーサイズはすごい大きいのでおばあちゃんは頼まないです、味が濃いのもあって途中で食べきれなくなるんですよね、まあ数日に分けて食べれば問題ないんですけど……やっぱこういうのって一気に食べたいじゃないですか? イベント感も込みのお値段ですから、そこまで含めてちゃんと味わいたいんですよね、そもそも味に対するコスパで言えばどう考えてもスーパーのカップアイス買った方が良いじゃないですか、やっぱ差別化点をしっかり意識してこそ賢い消費者だと私は思うんですよ。
ああ、直美ちゃんに対する言及が無いのは大事な部分が終わったからですね、こう言うとあれですがこの後は単に愚痴聞いてよしよししておしまいですから、私が変に気を揉む必要もないのです。だからこそこうやって通常運転に戻って関係ない話をペチャクチャ喋れるのですよ。そうこう言っているうちにジュースを半分ほど一気飲みした直美ちゃんが「すぅ」と肺に空気を送りました、本気で愚痴り始めるようですね、ガンバ。
「んじゃあ話すね、そこまで言ったんだから最後まで聞いてもらうよ」
「おう、どんと来い」
「あのね、親がクソなの、しょっちゅう自殺するだの仕事行かないだの喚いてきて本っ当に鬱陶しいの」
「思ったよりヤバイな? 限界状態じゃん」
「しかもこれ昔からずっとそうなんだよ、流石に自殺はしないからまだいいけど仕事休むのはガチでやるし…………今までの二人は家族ごっこしたかったから取り繕ってたけど最近それすら無くなってきて、仲良しモードの時間が殆ど無くなった……辛い……死ぬほど辛い……」
「そりゃ辛いわな」
「そうだよ辛いんだよ、私は上手いこと誤解を解いたりご機嫌取りしてあげたりして頑張ってるんだよ? そんなに二人が仲良くできるように頑張ってるのにさぁ……二人共すぐ不機嫌になって当たり散らして喧嘩始めるんだよぉ……なんだよ電車が目の前で出発したからキレるって、それなら電車の時間調べとけばよかっただろ……! 死ねよマジで……!! なんだよぉ私のこと嫌いなのかよぉ……ふざけんなよぉ……うううぅぅ……!!」
「よしよし直美は頑張ったんだな、大変だったな」
机に突っ伏して呻き始めた直美ちゃんを幸樹がよしよししています。このよしよしというのは比喩ではなく文字通りの意味ですね、本当に頭を撫でながらよしよし言ってます、幼児扱いです、楽しそうです。いやー直美ちゃんの家も拗れてますね、おじいちゃんの家ほどではありませんがストレス値でいえばかなりの物です、おじいちゃんの家がどんなかって? 遺産相続を放棄すると言ったら喜んで要求を飲んでくれましたよあの低能共は、蛆虫が霜降り肉を得ようがカラスに肉ごと丸呑みされるのが道理でしょうに、どうしてああいう無能は身の丈を弁えられないのでしょうね?
さて、その点直美ちゃんは孫が面倒見てやれば何とかなりそうで良かったです。金が絡まなければメンタルケアだけで対処できますからね、ちょっと孫が家族枠になって親の分まで精神的に支えてあげれば大丈夫でしょう、オラッ情けない直美ちゃん両親の分までお前がバブみを見せてオギャらせるんだよ。
「うー……私頑張ったんだよぉ、褒めてよお……思いっきり甘やかしてよぉ……」
「うんうん頑張ったな、偉いな、辛かったな」
「そうだよ私頑張ったんだよぉ……弱音も吐かずひたすら頑張り続けたのに二人共すぐ八つ当たりに嫌味言って……そうやってすーぐヘラったら死ぬだの生きててごめんだのもう何もしないだのまあまあまあまあ…………思い出したら病んできた……落ち着くために黙るから、喋るまでこのまま撫でて……」
「はーい」
それからしばらく、具体的には10分程その状態が続きました。その間直美ちゃんは無言で机に突っ伏したままでしたし、孫も頭を撫でたりぽんぽんしたり時々手を止めて休んだりして……割と色々してましたね、まあとにかく、直美ちゃんが復活するまでその状態のまま過ごしていたのです。ここまで来れば一安心ですね、直美ちゃんも言いたいことは言い終わって回復中みたいですし。いやーしかしまあ良かった良かった、何が良かったって何も拗れなかったのが本当に良かった、ぶっちゃけ孫の片思い(思い込み)だの直美ちゃんの極限ストレス状態だの色々拗れそうな要素があるとは思ってたんですよね、孫が「踏み込んだら迷惑かも……」とか直美ちゃんが「どうせ何をしても無駄なんだ……」とか言って尻込みしたらそれだけでメチャクチャ拗れることになっていたでしょう。だからこそ二人がそれらに足を取られず必要なことを行えたのが本当に良かった、これには私も帰った後18年熟成のウィスキーを開けざるを得ない、いざロック。
「んー……よし、回復した」
「そりゃよかった、疲れたらまたいつでも来るがよい」
「やったー! それでですね、元気になった直美ちゃんはもっと甘えたいのですよ、具体的には今日泊めて?」
「はいよ、他には?」
「じゃあジュースお替わり! このパイン味ってのすごいおいしいね、気に入った。季節モノって「どうせ季節モノってだけでみんな買うから味はテキトーでいいだろ」みたいな魂胆の透けて見えるヤツ多いじゃん?」
「それな、季節モノのクセに本当においしい、コイツからは常設商品としてもやっていけそうなポテンシャルを感じる」
「昔の季節モノと言えば「どーせ消費者は何も考えず買うから味はテキトーでいいだろ」みたいなヤツがほとんどだったのにねぇ、良い時代になったものだよ」
「令和様様だな」
残り少なくなったジュースが補充されて、それを飲み切るための雑談が始まりました。親の話、暑さの話、登下校の混雑の話……結論の分かっている意味のない会話が続いて、飲んでいるジュースのように二人の心を満たしていきます。
さて真面目な描写ノルマも達成したことですしここからはフリータイムです、おばあちゃんがひたすら好き勝手喋る時間ですよ、え? お前が好き勝手喋るのはいつものことだろって? それはそう、そもそもこの作品自体私が好き勝手喋って野次飛ばしてるだけですからね、今更というのはその通りです。
で、季節モノの話ですよ、果物味ジュースの話です。最近のジュースは本当においしい、昔の香りだけ付けた砂糖水と違って本当に果物の味がしますからね、その砂糖水で心の底から感動していた身としてはこの日進月歩の早足な進歩には驚かされるばかりです。果汁入りのジュースが普通になったのって意外と最近なんですよ? 5年くらい前は無果汁が当たり前だったのに今では大抵10%入り、メロンのようなお高い果物味ですら1%近く入っているというのだから凄まじい話です。しかも百円くらいで一本買えちゃいますからね、おいしい物は濃縮還元100%ジュースにも引けを取らない味がしますしコスパ的にも非常にグッド、おばあちゃんもハマっておりますわよ。あっ今カロリーの話をしたでしょ、アイスに比べればジュースのカロリーなんて大したことないんですよ? ジュース1本で大体250kcalくらいだから体積あたりのカロリーは意外と少ないのです。というかアイスのカロリーがヤバ過ぎるんですよ、某スーパーなバニラアイス1カップだけで350kcalも詰まってるんですよヤバ過ぎません? なんでそんなに重たいのか気になりますよね?
というわけでおばあちゃんの豆知識コーナーです。実は人間の舌って食べ物の温度が体温から離れているほど甘味を感じにくくなるんですよ、溶けたアイスを飲んでみるとすごく甘くてビックリしますよね? あれはアイスの冷たさで味覚が鈍っても甘さを感じられるよう、沢山の砂糖が使われているからなんです、常温になったことで本来の味が感じられるようになったんですね。そう、つまり私が伝えたいのは『アイスは甘さに対するカロリーが多い』ということです、氷点下で食べることになるアイスは他の甘味と比べて味の減衰が大きく味に対するカロリーのコスパが悪い……大雑把に言えば『1の甘さ』を感じるために『3の砂糖』を口にすることになってしまうのです。無論アイスならではのおいしさという物はありますし夏を過ごすなら氷菓を食べてこそなのは間違いありません、しかし体形を維持しながら甘い物を食べたいならアイスは効率の良い選択肢とは言えない……そういうことを知っていれば、贅肉と縁を切る時が少し楽になるかもしれません。
さて、こうやって10行以上の異常長文を改行無しで垂れ流している間に10分にわたる二人の雑談が終わったようです、ジュースを3杯も飲み干す長い戦いでした、おかげで私も言いたいことを一通り話せて大満足でございます。
「よしよし思いっきり愚痴と会話を出来て直美ちゃん完全復活だよ、これで一か月は戦える」
「んじゃ次は一か月後だな、苦しくなったらまた来るがよい、苦しくなくてもいいよ」
「次、次か、そっか、また甘えて良いんだ……うん、嬉しいなぁ、本当に、本当の本当に嬉しい」
「おう、そんだけ喜んでくれて俺も嬉しいぞ」
「んへへ……そっかぁ、また甘えてもいいんだぁ……へへっ、やったあぁ…………」
「そこまで?」
そりゃ喜ぶでしょ、家庭問題なんてクソ重い話受け止めてくれる相手がどれだけ貴重だと思ってんですか。というか孫『そこまで?』ってあなたの言えたことじゃないですからねそれ、あなた私が死んで「家に誰もいない……」ってヘラってた時メチャクチャ直美ちゃんに救われてたでしょ、今あなたのやってることあの時の直美ちゃんと同じですよ、もうちょっとその辺考えましょうよ。
「まあ元気になって良かったよ、それじゃほら」
「……?」
「ハグだよハグ、いつもやってるでしょ、何ど忘れしてるの」
「えっ……えっ……? いいの……?」
おっと、良い所ですが文字数の都合ここで一旦区切らせていただきます、次の話でちゃーんと続きが見れますから、明日の更新をお楽しみに。




