第10話_イートカツオウィズユー!
こんにちは、おばあちゃんです。本日は前回の続き、直美ちゃんが孫に膝枕してもらってるところからですね。
「うーん高反発、良い感じにQOLが上がってるよぉ」
「よしよし直美は頑張ってるぞー、ちゃんと勉強できて偉いぞー」
「うにぇ~しあわせぇー、満たされるぅぅ……」
そうそう、世間一般ではバブみやらオギャるやら年下の姉やら、女の子に甘えることがブームですけどね、いや私もそういうのは良いものだと思いますけど、後輩に「ママぁ私疲れたよ~」とか半分本気で言ってたりしたこともありましたけどね。私としてはもっと、男にもバブみを感じて良いと思うんですよ、そりゃ今でも理解のある彼くんやら隣国の皇帝とか男に甘える概念は良く広まっていますが、私としてはもっとオギャるようなみっともない甘え方が必要だと思うんですよ、男性に母性を求めても良い─────それこそが『令和』だと……そうは思いませんか? え? 思わない? 元号に性癖を押し付けるな? そもそもお前昭和生まれだろって? はぁ~!? 何ですか昭和生まれが令和語っちゃいけないってんですか!? 私だってねぇ新元号の発表を生中継で見てた人間なんですよ、令和を語る資格なら十分にあらぁ!! そもそもねぇ私たちが語らずして誰が令和を語るって言うんですか! 令和生まれたちは全員未だ就業もままならない状態なんですよ? 彼らの分まで私たちがこの“時代”を語り継ぐべきだとは思わないんですか!!
まあそれはそれとして、令和そのものをバブみにオギャる元号だと言ったのは過言でしたね、ごめんなさい。性癖を押し付けてはいけない、紀元前より受け継がれてきた鉄の掟です。願わくば令和の世を造っていく小学生たちが自分自身に素直に生きていけることを、私は願っています。
「やっといて何だけど野郎の膝ってどうなの? 一般的に硬くて膝枕性能低そうだけど」
「ん~? 別に大丈夫だよ? 正座してなきゃ全然快適ー」
「そんなもんかぁ」
「というかマジレスするとですね」
「はい」
「ぶっちゃけね、幸樹が労力を割いてくれるなら何でもいいの」
「どういうこと……?」
言い方よ、気持ちはわかるけど言い方よ、それは男をパシって愛情感じる女の言い回しなのよ。まあ言いたいことは分かるんです、構えってことですよね、私に時間を使えと、興味関心を向けてくれと、そういうことを直美ちゃんは言いたいのでしょう。男女の別れ話の原因、その五割は相手が構ってくれないから寂しいという旨のものですから(民明書房調べ)、は? 今「旦那が構ってくれないから寂しくて……」って導入のNTR本の話をしました? してない? なら許す、私に「君才能あるよw」ってダル絡みしてくるクソボケは絶対に殺す……
まあそれはさておき、皆さんも恋人やそれに限らず家族や友人、大事な人にはちゃんと時間を割いて話したり遊んだりしましょうね。単純接触効果という言葉もあるように人間は一緒にいるだけで好感度が上がりますし、放置し過ぎるとそれだけで好感度が下がるのです、単純接触効果を活かして効率よく好感度を維持しましょう。
「例えばほれ、ちょっと私の両手を握ってみよ」
「ほいほい」
「こうすると幸樹は両手が使えないから困るワケだよ、スマホとか見れないっしょ?」
「そうだな」
「つまりこうしている間、私は幸樹にスマホより大事なモノとして扱われていることになるわけだ。仕事休んで見舞いに来てくれると愛されてる実感がするとか、そんな感じだね」
「あーそういうことね、そう言われると納得だわ」
「そういうわけで私を甘やかせっ、具体的には右手このままで左手で頭を撫でろっ」
「はいはい、お嬢様の仰せのままに」
「おーほっほっほ! 苦しゅうないでございましてよぉ~!」
平安か異世界かハッキリしろ、苦しゅうないと縦ロールは両立しないでしょ、なんですかそのエアプ貴族は。いやまあ和洋折衷という言葉もございますから、その二つも頑張ればいい感じに両立できるのかもしれませんが、少なくとも言葉遣いにおいて異文化の闇鍋は無理があるでしょう、ルー語でもあるまいし。まあ私も所謂大正浪漫というヤツは好きですがね、特に着物とブーツ、ありゃ最高ですよ、最初に考えた人間はノーベル賞モノでしょう。とは言っても私の生まれた頃にはすっかりそのような文化は薄れてしまいましたがね、着物は悉く質に出されて残った物も割いて生地へと、古い文化は戦火と共に燃え尽きて洋服の時代となっていました。まあ私としては洋服も大好きなので別に良いんですけど、祇園精舎も諸行無常、文化とは常に進み続ける物です。
さて、そのように私が壇ノ浦の戦いに思いをはせている間に二人はまた勉強に戻っていました、このペースならもうすぐ問題集も終わるでしょう。頑張れ、夕飯のカツオまであと一息ですよ。
「出来たぞー、カツオの刺身と炊き立てご飯だ」
「カツオ! カツオ! 丸かじり!」
「柵の丸かじりは美味しくないぞ、ちゃんと上手に切ってこその刺身だ、まさにこの俺がやったようにな」
「ヤッホー!」
時間は過ぎて夕飯時、大皿に広げられたカツオの刺身を囲んで二人が向き合っています。少し肉厚、具体的に言うと回転寿司の5割増しくらいの厚さに切られた刺身は、自炊の贅沢さと祖父母にやらされた調理経験の厚みを感じさせる上品な出来栄えとなっています。
醤油に溶けた生姜の匂いが微かに広がり、瑞々しく微かに血の味がする新鮮な身肉が二人の喉へと呑み込まれていきます。そうそう、幸樹には私とおじいちゃんで柵の切り方を教えてあるのですよ、刺身は柵で買うのが一番安いですから、覚えておいて損はないでしょうと。刺身は上手に切らないと美味しさが損なわれてしまいますからね、経済的に生魚を楽しむためにはこの技術が必須なのです。実際今こうして役立っているのですから教えた甲斐もあったというもの、直美ちゃんにも一柵600円以下の旨みを教えてやるがよいわぁ……。
「うまー! カツオうまー!」
「うむ、まさに十年に一度の出来栄え」
「なんか毎年同じこと言ってそう」
「毎年最高記録を更新するのは偉いと思う」
「なんだかんだ売れてるしね~、美味しくなってるのは本当っぽい、知らんけど」
「十年に一度の出来栄え」というのは某新酒ワインの広告文ですね、毎年こんな感じの大袈裟な文句を掲載していたから定番ネタになってしまったのです、詳しくは『10年に一度の出来栄え キャッチコピー』とかで検索してください。ちなみにこのお酒は新しいほど価値があるとされるヘンテコな代物です、一般的にワインは古いほど高く評価されるものなんですけどね? 何故かこの酒は新酒であることを持て囃されているのですよ。そもそもこの新酒というものは本来試金石、その年のワインの出来栄えを判断するためのお試しワインなのです。新酒を飲んでその年に作られたワインをどれだけ買うか判断するという、言うなればサンプル・試供品としての属性が強い物なのですね、別に年代物のワインと同等の扱いを受けるような物ではないのです。とはいえ新酒と聞けばワクワクするのが酒飲み心というもの、一般的なワインとは違う味わいで面白いですし、イベント感も込みで私は良いと思ってますよ、私そんなワイン飲まないですけど。
「いやぁこれ美味しいね、カツオなのにえぐみが薄くてむしゃむしゃ頂けちゃうよ」
「それな、マジ食べやすい味、こりゃ大当たりだわ」
「回転寿司の最高レアって感じ、これが沢山食べられるって言うんだから魚の柵ってのは偉大だねぇ」
「直美も分かってきたようだな、柵の良さというものが」
「うむ、直美ちゃんご満悦である」
イエスイエス、柵は良いぞ、マジで良いぞ、コスパ・味・量の全てが確保された最強アイテムです。何より新鮮なんですよね、私の友達が働いてたスーパーでは魚はまず柵で売って、売れ残った物を刺身や寿司にしていたそうなんですよ。無論全ての店がそうとは限りませんが、柵を刺身に出来るが刺身を柵に戻せないというのもまた一つの事実、柵はいいぞおばさんことワタクシ渡辺幸子としても、是非生魚は柵で買って食べていただきたいところです。
「はー……ご飯はおいしくて安心できて、最高、入り浸っちゃいそう」
「まるで最近安心できていないような言い方だな?」
「ククククク……親が更にヤバくなってきたのだよ、マジ草生えぬ」
「ほうほう、それじゃあいつも通り話を聞いてやろう、そしてその後一通り甘やかしてやろう」
「ヤッター! じゃあ食べ終わった後お願いね、今はまず、このおいしいカツオを堪能しよう」
「了解、いやマジでうまいなコレ」
「ホントにね~」
うむ、愚痴を聞くのもいつものことになったようですね、そして甘やかすのもいつも通りと、良いことです。辛いときはそうやって支え合うのがよい夫婦という物ですからね、別に二人は結婚してないですけど。
ではここで一区切りと致します、次回はこの続きからですので、お楽しみに。




