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5:千人のモフも一人から

※暴力的な発言があります

「竜人もそうだが、俺のこともさ、怖くねぇのかよ。噂くらい聞いてんだろ?自分で言うのもアレだけどよ、荒くれもんの頂点に立つ反社の親玉だぜ?普通、関わりたくねぇだろ」

「お兄さんが本物のヒョウだったら、可愛いけど怖いね。触れないな」

 触れたとして捕食されるだろう。触れ合いどころか合体出来てしまう。

「でも、お兄さんは言葉が通じるからね。言葉の通じる人間を、怖いとは思わないかな」

「そうかよ」

 まあ。

「こっちの言い分丸無視で運ばれてたときは、怖かったし、この野獣燃やしてやろうかとは思ってたけどね!言葉の通じない人間は普通に怖いよわたしだってね!」

 相手が人間でなく獣であれば、檻に入れても駆除しても、こっちが安全域に避難しても良い。だから、窓壊して侵入して来るヒグマでもない限り、そこまで大仰に恐れたりはしない。家に無断で侵入した挙げ句、我が物顔で同居を始める節足動物はまじで無理だが。

 ……話が逸れた。

 だから猛獣よりも、言葉の通じない人間の方がよほど怖いのだ。檻に入れるわけにも、駆除するわけにも行かないのに、ときにどこまでも追いかけて来るし、野獣以上になにをするかわからない。

「貴族も平民も獣民も、あんたのなかではひとくくりに人間で、違いは言葉が通じるが否かってことか?」

「そうだね。まあ、加えてお兄さんには、モフって言う付加価値があるけどね。可愛いね!!」

 可愛いは正義だ。モフは可愛い。つまりモフは正義。

「その、モフのせいで、おれら蔑まれてんだけどな」

「あんまりにも可愛いから嫉妬されたんじゃない?ほら、人間って愚かだから」

「……全人類あんたみたいな考えだったら、世の中もっと平和だったかもな」

 そうだろうか。

「モフを触る機会を、全員が虎視眈々と狙っている世界になるけど」

「駄目だな」

 迷いのない掌返し。ひどい。

「なんであんたはそう、触りたがるんだよ」

「わたしにないからじゃない?」

「納得出来なくもない答えが来たことに釈然としない」

 さっきからひどいな。

「まあ、身も蓋もない話をすると、獣より人間の方が話が通じる分、触りやすいからだよね。獣の場合は飼育下のネコやウサギだって、迂闊に触れば反撃されて痛い目に遭うじゃない?野生の猛獣なんてもっとだよ」

「だからおれら獣民に親切にして、対価に触るって?」

「うん」

 手の中で尻尾が動く。握っているから動きがよくわかる。可愛い。

 くるりと、尻尾の先端がわたしの腕に巻き付いた。

「叛乱なんて馬鹿馬鹿しい。いたずらに死者が出るだけだ。獣民じゃ、魔術師に敵わない」

「そうかな」

 極度に発達した科学は、魔術と変わらない。

 百人の魔術師がいたとして、たぶん、一発の太っちょ(ファットマン)で吹き飛ばせると思う。

「まあ、今すぐは無理だろうけど、やり方はないわけじゃないと思うよ」

「獣民が、貴族や平民に勝てるって?」

「今の制度のままでは無理ね」

 技術の発展にはお金と時間がかかる。奴隷として、お金も時間もない状態の獣民では無理だ。

「だからまずは、独立して支配下から抜け出す必要が、」

 ああ、それが出来ないって話だったか。

「……難しいかもね」

 支配とは、ある意味で庇護でもある。自由、自立、独立。聞こえは良いかもしれないがそれは、庇護を失うと言うことだ。

 奴隷支配と言う名の庇護下に長年甘んじて来た獣民が、その支配下を抜けて、上手くやれる保証はない。

「それは、なぜだ」

「支配されるって言うのは、楽だからよ。考えなくて良い。決めなくて良い。言われた通りにすれば良い。それは、不自由ではあるけれど楽だわ」

 もちろん、頭のおかしい主人に当たれば、その限りではないが、

「奴隷を使う立場の人間だって、せっかく手に入れた奴隷が早々に使い物にならなくなったら損だもの。まともな頭の主人なら最低限、衣食住は与えるでしょう。病や怪我で使いものにならなくなったりしなければ、あるいは、主人が事業に失敗でもしなければ、食いっぱぐれることはないってことよ」

 それは、楽だ。

「自分の人生に、責任持たなくて良いってことだから。そう言う状況に慣れた人間は、もう、思考が停止して動かないわ。支配者がいないと、生きていけなくなってるの。だから」

 ヒョウの尻尾をなでながら、つらつらと語る。

「そうね。誰かが主導して逃げ出して、その誰かが独裁者としてみんなを支配するなら、上手く行くかもね。でも、それって今と違いはあるかな?それに、」

 残念なことだけれど。

「支配されることに慣れきった人間が、"今の状況から逃げ出して新たな支配者について行く"なんて決断、自分から出来るのかな」

 夢を見るのは悪いことじゃない。けれど。

「現状を維持していれば、良くなることはないけれど、大きく悪くなることもないわ。予測し得る未来の範囲で、人生を送れるでしょう。けれど、それをやめるってことは、今よりずっと悪くなる可能性も受け入れるってことよ」

 主導するなら、このヒョウになる可能性が高いだろう。

「背負われるだけの民衆は重いわ。最初は良いかもしれない。けど、必ず嫌気がさすときが来る。それでも踏みとどまれるかな。なんにも自分で決めないくせに、文句だけは言う者たちを、それでも慈悲深く背負っていられるかしら」

 わたしだったら出来ない。イヌネコを飼うのとは話が違うのだ。自分と同じ人間が、自分に全部押し付けて楽をしているなんて、我慢がならないと思う。

「まあ、成功率が高いだろうやり方も、なくはないけどね」

「なんだ」

「見捨てるの。向上心のない人間なんて仲間にするだけ無駄だもの。現状を変えよう、自分が動こうって人間だけ選んで、それ以外は全部見捨てるの」

 人数が少ない分、全滅のリスクは増えるだろうけれど、その分身軽に動けるし、モチベーションの低い人間がいなければ、足を引かれることも少ないだろう。

「人数が少ない分、労働力は減るけど食い扶持も減るわ。落ち着いて生活の基盤を整えて、それから数を増やせば良い」

「それ、は」

「見捨てる判断が出来ないなら、そもそも主導者なんてなるべきじゃないわね」

 残酷な話ではあるが、それが現実だ。

「逃げるってことは、貴族も平民もいないところに行くってことでしょ?つまり、未開の地か、竜人族の土地か。どちらにせよ、過酷な環境よね。全員まとめて心中になる覚悟がない者を、騙して連れて行くのは、優しさと言えるの?覚悟のない者は置いて行く。その方が、優しいんじゃない?」

「ずいぶん」

 不機嫌そうに揺れた尾が、わたしの腕を叩く。

「知ったような口を聞くもんだな」

「まあ、学はある方ね」

 前世では義務教育はもちろんのこと、高校も大学も修了している。この世界の獣民よりは、学があると言えるだろう。

 歴史は語る。ただ、独立するために独立した結果、なにが起こった?

「正義や理想を語るのは良いことよ。でも、お兄さんにはその正義や理想を、押し通し実現するだけの覚悟と力がある?夢を見るのは素敵だけれど、その夢へと至る筋道は、きちんと見えているかしら?」

 するりと、手の中から尻尾が逃げる。

 気付けばベッドの上で、天井を向いていた。

「イヴリン・ラコット」

 わたしをベッドに押さえ付けて、ヒョウがこちらを見下ろしていた。

「あんたの言う通りだよ。おれらにゃ、圧倒的に力が足りねぇ。竜人族とほかの獣民は違う。魔力のろくにねぇおれらじゃ、過酷な土地に行っても野垂れ死ぬだけだ」

「それはどうかな」

 摂氏40度を越える酷暑の地でも、マイナス30度を下回る極寒の地でも、人間は案外生きて行く。

「やり方次第よ。人間なんて案外丈夫なものだから」

「夢を語るなと言う口で、そんな楽観的なことを言うのかよ」

「まあ他人事だからね」

「他人事、か」

 わたしを押さえ付ける、ヒョウの手に力がこもった。そこそこ痛い。

「魔法を使えるやつが、ひとりいれば、大きく違う」

「それは、どうかな?」

 魔術は便利だ。それは否定しない。けれど、決して万能ではないし、ひとりで出来ることは少ない。

「そんな、夢のような力じゃないわ、魔法は。魔術師見たことないの?って、ないのね」

 平民にも獣民にも魔術師はいない。平民だとそこそこの魔力を持つ者もたまに生まれるが、獣民は大半が魔力を露ほどにしか持たない。

「でっかいことやるなら数人掛かりよ。ひとりじゃ大したことは出来ない」

「おれたちを瓦礫の山の崩壊から、ひとりで守っておきながら、それを言うのか、あんたは」

 ベッドに押さえ込まれた状態じゃ格好つかないが、肩をすくめた。

「わたしはどうも、普通じゃないらしいから」

「それなら、あんたがいれば、変わるんじゃないのか」

 まさか、このヒョウは。

「わたしを数に入れるつもりなの?見ての通り平民だよ?獣民じゃない」

「千を超える獣民を救い、竜人の加護まで受けたくせに?」

「だからと言って、獣民の叛逆に肩入れすると思う?そんなことして捕まれば、命はないよ?」

 ハッ、とヒョウは嗤った。

「んなもん、おれがあんたを、お貴族さまの企みを打ち砕いた魔法使いだって、憲兵に突き出せば同じことだろ」

「恩を仇で返すって言うの」

「対価はもう払っただろう。散々触らせてやったじゃねぇか」

 なるほど。

「それでわたしが、わかりましたって協力すると思ってる?」

「思わねぇな。あんたがそんな従順な女だったら、貴族に逆らったりしてねぇだろ。いまごろ魔術師の助手として、高麗鼠みてぇにこき使われてただろうよ」

 だが、と、ヒョウは尻尾でわたしの頬をなでる。

「対価があるなら協力する可能性はある、とは、思ってるぜ。なあ、あんた好きな動物は?」

 的確な攻め手を選ぶじゃないか。

「……チーター、ダルメシアン、トラ、ノルウェージャンフォレストキャット、ホルスタイン、カピバラ、……ユキヒョウ」

「カピバラは尻尾ないだろ」

「動物なら全身毛皮だもの」

「なるほど?つぅか、目の前にヒョウがいるのにユキヒョウってなんだ。ヒョウって言えヒョウって」

「ヒョウはいま嫌いになったから」

 少なくとも、他人を押さえ込んで言うことを聞かせようとするヒョウは嫌いだ。

「ノルウェージャンの、一族がいてな」

「初めて聞いた」

「隠れ住んでんだよ。竜人と一緒で」

 竜人以外にも、隠れ住む獣民がいるのか。それもそうか。

「小柄なんだよ。成人でも、三尺前後にしかならない。見た目もかなり、獣に近い。ヒトっつうより、服着て二本足で歩くネコっつう感じの見た目だ」

 前世で言う、ケットシーみたいな存在、と言うことだろうか。ノルウェージャンの毛並みでそれは、なんとも、素晴らしい生き物なのでは。

「隠れ住んでるから決して多いわけじゃねぇが、それでも、千人は超えるっつぅ話だ。最近、人口が増えて、いまの土地じゃ手狭になって来たらしくてな。おれらが蜂起するなら、半数ほどが一緒に活動して新天地を探したいっつってんだ」

 小柄で物理戦には向かねぇが手先は器用で、しかも獣民には珍しく魔力持ちがそこそこ生まれる。

 内情に詳しいのは、協力を持ち掛けられたから、だろうか。

「だが、魔力はあっても魔法を教える教師もいなけりゃ、教本も手に入らねぇから、いまは持ち腐れてるだけだ。あんたが魔法を教えりゃ、感謝されんだろうな」

 若者の支持を集める人気者は、人身掌握に長けるようだ。この短時間で、わたしへの効果的な交渉方法をよく理解している。

「モフモフに囲まれて、手取り足取り魔法を教えて、感謝されたかないか?なあ、ノルウェージャンの一族は、全身毛皮でネコのヒゲまで生えてるぞ。手足には肉球もある。触りたくないか?モフモフで肉球の付いた、フカフカのパンみたいな手だぞ」

 手が自由なら、両手で顔を覆っていただろう。

 手が自由ではないので、代わりに目を閉じる。

「触りたいです」

「だろうな。……おい、男にベッドに押し倒されてるときに、無防備に目をつぶるな。喰われたいのか」

 その喰われるは、性的な話かな。

「いやだって、こんな幼児体型に食指動くのなんて、小児性愛の変態くらいでしょ?」

「いや、獣民だと中身とか強さとかで惚れるから、油断してっと危ねぇぞ。まあ、獣と同じで女が強ぇから、無理矢理襲うようなことする奴ぁ少ねぇけどよ」

「いままさに無理矢理押さえ込まれてますけどね」

 話が違う。

「その認識ならなおさら目ぇつぶるなよ。どうすんだよおれが、既成事実作ってでもあんたを味方に取り込もうと思ってたら」

 それはまあ。

「潰すね」

 どことは言わないけれどナニを。

 ぎょっとしたヒョウが、わたしを解放して飛び退った。

「怖!!目が本気!!」

 よいしょと起き上がりながら、怯えるヒョウを眺める。

 イカ耳巻き尾。可愛いね。よきかなよきかな。

「強姦魔の子供が生まれたら、その子は一生、強姦魔の子供って言うレッテル貼られて生きることになるじゃない。なら、不幸な子供が生まれる可能性から絶った方が良い。不幸は連鎖するから」

 犯罪者の子と後ろ指を刺されて、ヒトの悪い面ばかり見せられて育てば、悪い面ばかりを見習うことになる。それでまた、罪を犯せば、そら見たことがと鬼の首を取ったように囃し立てられるのだ。罪に走らせたのが自分たちであることなんて、気付きもしないで。

「ヒトは弱いし、醜い。子供は祝福だけされて生まれるべきだもの。呪いなんて、背負わせちゃいけない。だから」

 ヒョウを見据える。

「大人としての責任として、潰すわ。躊躇わず」

 ああだから。

 正気を失くして唸り声を上げていたチーターを思い出し、眉を寄せる。

 ほんとうは、あんなことが起こる世界、ちっとも正しくなんてない。

「同じ人間を、暴力で従わせるなんて、許されちゃいけないのよ」

 でも。

 わたしは、ヒーローでも、ヒロインでもなくて。

 ちょっと魔法が使えて薬や服や工芸品が作れるだけの、ただの小市民で。

 この、理不尽な世界を、ひっくり返す力なんてないのだ。

 ヒョウのヒョウを潰すことは許されても、チーターをあんな目に遭わせた男たちを、同じようにすることは許されない。相手が貴族で、わたしが平民だから。

 わたしは、無力だ。

 目を逸らして来た事実を改めて突き付けられて、じわ、と目許に熱が溜まる。

 違う。泣く権利なんて、わたしにはない。

 目を伏せて拳を握り締めたわたしに、なにを思ったか、ヒョウは慌てたようだった。

「な、あ、悪い。本気でどうこうしようとは思ってない。ただ、あんた、無防備に見えて、心配で。その、悪かった。泣かないでくれ」

「泣いていないしお兄さんが怖かったわけでもないし」

「じゃあなんだ。なにが悲しいんだ」

 女の涙に弱いタイプらしい。

「だから、泣いてないわ。悲しくもない」

 ただ。

「わたしが強く出られるのは相手が獣民や平民だからで、相手が貴族だったら強姦魔だとしてもなんにも出来やしないことに、腹が立っただけよ」

 どうせ転生するなら、王女にでも生まれていれば、こんな世界ひっくり返せたかもしれないのに。実際はなんの力もない小市民で、頭でっかちなばっかりで、でっかいことなんて出来ないのだ。

「なんにも出来ないこた、ないだろ。それこそ、おれらに協力してくれりゃ、」

「全員が、きみたちについて行けるわけじゃないでしょ。わたしがお兄さんについて行って?残された獣民は?今後誰が薬を売るの。誰が治癒魔法をかけるの」

 ヒョウを睨み付ける。

「強いきみは好きにすれば良い。貴族に逆らって散ろうが、新天地を目指して散ろうが、それはきみの判断で、きみの行動の結果だ。でも」

 それがヒョウやその仲間を利するとしても。

「わたしにはわたしの生活がある。きみに従わない獣民にもよ。きみはなんの権利があって、その生活を脅かすと言うの。己が利益のために他人を使い潰すなら、それは貴族や平民が獣民に強いていることと、いったいなにが違うの」

「そ、れは」

「もう、良いですよ。ロゼリコ。あなたの負けです」

 響いた声は、わたしでもヒョウでもなかった。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


次話が問題の残酷描写のあるお話なのですが

大丈夫そうでしたら読んで頂けると嬉しいです

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