4:竜の威を借る仔リス
「撒けた、かな」
平民街の外れの哨戒塔。その中腹の窪みに身体を押し込んで、荒い息を吐く。
逃げおおせたと思いたいが、獣民は鼻も耳も利く。逃げきれていない可能性を思えば、迂闊に家には帰れなかった。
途中でマントは棄てたから、匂いは多少、誤魔化せていると思うけれど。
わたしの鼻は普通の人間とさして変わらない。獣民がどの程度の匂いまで感じ取れるかなんて、
「仔リスかよ、こんな高いとこで、狭い穴に入り込んで」
「ひぇ」
頑張って逃げたのに!追い付くのが早過ぎやしないか!?
「こんな竜人の匂いぷんぷんさせて、逃げられると思ったのか?どう逃げたって匂いで追えるっての。なんで、こんなとこに竜人が、って、あ?お前、竜人じゃねぇな」
お兄さん!!お前のせいか!!
そうだよジークリンデちゃんも、仲間の匂いには鈍感だけど敵の匂いには敏感だって、言ってたじゃないか!たとえ悪臭だろうが、ジークリンデちゃんのマントにしておけば良かったんだ!!
後悔すれども先には立たず。大きな手に捕まえられ、哀れ窪みから引きずり出される。
「闇族?いや、耳長の匂いもするか。つか、いろいろ匂いが混じってすげえことになってんなお前。どうしたらこんなにいろんな匂い付けられんだ。種族も性別も歳も、てんでバラバラじゃねぇか」
「……わたしに、なにか用事ですか?」
とりあえず、形ばかりは丁寧に問い掛ける。
「いや?逃げるから追っただけだが」
なん、だと?
「逃げなければ追わなかったと……?」
「まあ、逃げなきゃ普通に捕まえてたな」
「なんで捕まえる!?命の恩人捕まえるとか、恩を仇で返すにも程がある!!」
被った猫は秒で逃げた。ぎゃん!と噛み付くように言えば、嫌そうに顔を顰められる。
「きゃんきゃんうるせえ仔リスだな」
なら放せよ!!
無言の抗議は黙殺され、ひょいと肩に担がれた。そのまま器用に、塔の外壁を降る。目線のはるか下で、魅惑の尻尾が揺れている。
いやいや、ヒョウの尻尾が魅力的だからって、流されたりしないぞ!?
「ちょっと!!放さないと燃やすからね!!」
「しねぇだろ。よく考えたら知ってるわ、あんた」
なんだと!?
「イヴリン・ラコットだろ、あんた。闇族混じりで、そんな獣民の匂いさせてるヤツ、それくらいしか考えられねぇ」
「人違いだ!」
「これでも知り合いは多くてな?」
にい、と笑って、流し目でわたしを見る。
「イヴリン・ラコットに救われた知り合いも、大勢居るんだわ。会わせりゃバレんのにシラ切るか?あんた、命を助けた獣民を、対価だっつって好き放題なでくり回すらしいな?そりゃ、そんなに匂いが付きもするよなぁ。ハハッ、竜人でもお構いなしたぁ、恐れ入るぜ」
獣民は恩人を忘れない。ついでに言えば、自分を辱めた相手も忘れない。つまり、わたしに治療された獣民は、二重の意味でわたしを忘れない。
「…………ちゃんと、事前に了承は得てる」
「そりゃ、莫大な治療費をチャラにするって言われりゃ、選択肢はねぇわな?」
「頭と翼と尻尾しか触らないもん」
「獣民としちゃ触られりゃ大問題の箇所ばっかだな」
ぐぬぬ。
「当人同士で話がついてるの。あなたに、関係ないでしょ」
「いや?」
獲物を狙う猛獣の目だ。気付けばとうに地上で、どこかへと、運ばれている。まずい、逃げないとなのに。
ああでも、もう身元が割れてしまっている。逃げても、意味はない。
「おれもさっき、助けられちまったからなぁ?なぁ、恩人に、恩を返さなきゃなぁ?えぇ?あんた、おれの耳やら尻尾も、触るのか?触れんのか?触りたいのか?」
ヒョウの、耳と尻尾を?
「良いの?」
なにせ今日、チーターの耳と尻尾を触り損ねたのだ。代わりにヒョウが耳と尻尾を触らせてくれるなんて、素晴らしい棚ぼたで、
いやいやいやいや。待て待て待て待て。流されちゃ駄目だ。
「ち、がう違う。違くて!恩を返すって言うなら、黙って流して欲しいの!わたしのことは忘れて、知らなかったことにしてよ!」
「それは聞けねぇ相談だなぁ?」
「なんでだ!あなたの恩人だぞわたしは!それともシロアリやウジ虫まみれの廃材に、押し潰されたかったわけ!?」
節足動物地獄じゃないか。わたしは絶対にごめんだぞそんなの。
「あれくらい避けられた、って言いたいとこだが、おれだけならまだしも、あんときゃ周りに大勢仲間がいたからな。全員無傷で逃げんのは、正直難しかっただろうな」
ククッと、ヒョウは笑う。
「あんたが意表を突いたから、あのクソ貴族共、声上げて居場所知らせちまって、いまごろどんな目に遭ってるだろうなぁ?」
「そ、れは」
いくら向こうから仕掛けられたとは言え、貴族に手出しすれば罰されるのは平民獣民の方だ。この世界は、そう言う世界だ。
手下が捕まれば、間違いなく、このヒョウも連座で指名手配されるはずだ。
「あんた、この状況でも獣民の心配すんのかぁ?お人好しにも程があんだろ」
おれらも馬鹿じゃねぇ。
ヒョウが肩をすくめる。
「迂闊に貴族へ手を出したりしねぇさ。向こうは、それが狙いかもしれねぇしな」
「それなら、平民を拉致するのも、良くないでしょうよ」
「あんたがおれを警邏に突き出すならな?」
甘く見られては困る。
「わたしだって、犯罪者を見逃しはしないわよ」
「そうか?脛に傷持つのは、あんたの方もだと思うがな?」
記録されるのはなにも加害者ばかりじゃない。
ああ、駄目だ。
「なにが、望み?」
「そこで折れるのか?」
眼下で、魅惑の尻尾がぴんと伸びた。
「脅さないのか?あんたに恩義を感じる獣民は山ほどいるだろ。魔法で救ったやつらだけじゃねぇ。あんたの薬だって、大勢の獣民を救ってる。自分に害をなせばそいつらが敵になるって、脅しゃいいじゃねぇか」
「魔法の対価は、その場で貰っているから貸しはないよ。薬だって、ただ売買しているだけ。お金を払っているのだから、それ以上になにかを返す必要はない」
ふん、と鼻を鳴らして、ヒョウは扉をくぐる。逃げられないまま、どこかに連れ込まれてしまった。
「お、なんだロゼリコ、なに捕まえた、って、おいおい、その子、平民じゃないか?さすがに平民の子供を誘拐したらまずいぞ」
「合意だ合意。こいつこの見た目で成人済だから大丈夫だ」
「合意した覚えはないなあ!?」
主張は大事だ。顔は見えないが良識ありそうな声の主が、ヒョウを止めてくれるかもしれないし。
「合意してないって言ってるが」
「恥ずかしがり屋なんだ」
「いやガチ。ガチで嫌がってるよ!!助けて!!」
「ロゼリコ?離してやれよ。どうした?お前そんな、嫌がる子を無理やりしなきゃいけないほど、困っちゃいないだろ?」
うわあ顔は見えないけどお姉さん良い人!そのまま頼む!!
「お転婆過ぎてやばいやつだから、これ以上無茶しねぇように叱る必要があんだよ」
「いやきみ、さっき自分でわたしのこと成人済だって言ったじゃんね!?歳下に叱られる謂れはないなあ!?」
「活きの良い子だなあ。なにしたんだよ?」
「貴族に喧嘩吹っかけた」
「ええ?まじで?」
あああ、貴重な味方にドン引かれたあ。
「べつに喧嘩売ったつもりはなくて!そもそも向こうからは見られてないから、わたしがやったってバレてないし!バレなければ犯罪じゃないでしょ!」
「いやガチでやってる奴の言い訳じゃん」
「だろ?しかも、理由がやばいぜ?平民さまが、見ず知らずの獣民が貴族に殺されそうになってるのを、助けるために貴族の邪魔をしたんだからな。それも、貴族の駒になりたくなくて、使えることを隠してる魔法を使って」
よくご存知で。
「はあ?そんな平民いるか?って、もしかしてその嬢ちゃん、イヴリン・ラコットか?金も取らずに獣民に治癒魔法使ってくれるって言う、頭おかしい平民の?」
「人助けして頭おかしいって言われるなんて、そんな世界の方がおかしくない?」
助け合いの精神は大事だろうに。
「うわまじか。どんな生き方したらそんな考え方に育つんだよ。よくいままで無事で生きてんな。なるほどわかった。この嬢ちゃんには教育が必要だ。やってやれロゼリコ」
味方が敵に寝返ったああ。
「おう。んじゃ部屋借りる」
「ああ。三○四使えよ。そこならまあ、平民の嬢ちゃん入れてもギリ許されるだろ」
ほかはどんな部屋なの。じゃなくて。
「いやあ見捨てないで助けてええ」
「見た目ほど悪漢じゃないから大丈夫だって」
「嘘だああああ」
問答無用で運ばれるし、お姉さんは助けてくれなかった。なんてこと。
「……獣臭い」
連れ込まれた部屋でベッドに降ろされ、開口一番文句を言う。
「これでもマシな方だって。シーツも洗い立てだし」
「無理臭い。あと、節足動物の気配がする。無理」
言って魔法球を取り出す。
「あ、おい」
「スモー」
殺菌消臭除虫効果の風が吹く。ユーカリの香りに、息を吐いた。
「息するように魔法使いやがって」
「不衛生は敵だよ。なにひとつ良いことがない」
「なら」
ヒョウが身を屈めベッドに手を突いて、わたしの顔を覗き込む。重みを掛けられたベッドが、ギシリと鳴いた。
「獣民と関わるのなんか、やめた方が良いな。不潔だろう、奴隷なんて」
「清潔不潔は種族や立場で決まらないし、わたしが嫌なのは人間じゃなくて空間が不衛生なことだよ。節足動物が寄って来るじゃない」
「節足動物に親でも殺されたのか」
「そうだね」
両親が死んだのは、虫媒の流行病だった。
「両親は蚊に刺されて病に罹って死んだし、医療従事者としては、節足動物、特に毒虫や刺咬吸血生物なんて滅ぼしたいね。毒を持っているわ、病を運ぶわ、良いとこなしだから」
「悪ぃ、無神経なこと言った」
「別に。気にしてないよ。親が死んだって言っても、五年も前の話だしね」
その、へにょりと垂れた耳だけで、たいていのことは許せる気持ちになるしね。
「無理矢理連れて来たのも、悪かった」
「それは反省して欲しいな真面目に」
真剣に。
「だが、あんたな?貴族に喧嘩売んのは、本当に感心できねぇからな?」
「きみが言う?」
喧嘩売りまくった挙げ句、殺されかけた男が?
「おれは良いんだよ。おれが目立つことで、守れるもんもあんだから。あんたは違ぇだろ。あんたが貴族に捕まりでもしたら、この辺の獣民の生活の質が確実に落ちる」
「そうだね」
誇張でなく、自惚れでもなく、単なる事実だ。わたしがいなくなると言うことは、わたしがあの店で売りさばいている薬や布製品が、同じ価格では手に入らなくなると言うこと。薬で治せない重症者の、治し手がいなくなると言うこと。
つまり怪我が治りにくくなり、重症者が助からなくなると言うことだ。衣服やリネンなんかも、新調しにくくなる。
「なら、自分の身は大切にしてくれ。外で気安く魔法を使うな」
「だからさ、気安くは使ったかもしれないけど、迂闊には使ってないって。位置取りから言って、向こうにわたしは見えてないし、誰が魔法を使ったかなんて、わかりはしないよ」
「おれにバレただろ。しかも、あんた明らか、やっちまったって反応してたじゃねぇか」
それは否定しないが。
「目の前に救える命があったら、つい救うでしょ。反射で」
「つい救わねぇんだよ、普通は。自分の身の安全を優先するもんなの」
「おま言う」
「おれは良いんだって。ひとりでならいくらでも逃げられるし、死んだって誰も困りゃしねぇ。おれの代わりなんかいくらでもいる」
そうは思わないけどな。
「モフがひとり減るのは世界の損失だよ」
「あんたまじでそんな理由で、平民のくせに獣民救ってんのかよ」
「悪いか」
「悪かねぇけど酔狂過ぎんだろ」
息を吐いたヒョウが、わたしの横へと腰を落とす。ギシッと、ベッドが苦しげに鳴いた。
「それじゃなにか?本気で、おれのことも、愛玩動物みたいに可愛がりたいのか?」
「そうだね」
「迷え。躊躇え。否定しろ」
「自分に素直に生きることにしてるから」
そんな呆れた顔で見られてもだ!
「良いぜ」
「うん?」
「仲間を救って貰った恩がある。触りたきゃ触れよ」
おっとお?
「あとから金銭とか労働とか従属とか要求しない?」
「しない。礼だからな。これで貸し借りなしだ」
「男に二言はないね?」
「ねぇよ。頭と尻尾だろ?好きなだけ触れ」
なんて漢気に溢れる言葉だろうか。
「ならありがたく」
「うお、まじで遠慮しねぇのな」
両手で両耳を掴みに行くと、ドン引いた反応をされた。そっちが好きに触れって言ったくせに。
うっわモフモフだ。肉厚でモフモフ。これは良きモフモフ。世界の宝だ。
「ん……んん……」
手の中で、ぴるぴるとモフモフの耳が揺れる。可愛い。可愛い。
「可愛いねぇ」
「本気で言ってんのかよ。猛獣捕まえて、可愛いとか」
「可愛いもんに可愛い言ってなにが悪いか」
「可愛くねぇだろ、んっ、図体でかい男はよ」
図体がでかかろうと、男だろうと、大人だろうと。
「安心しなよ。きみのお耳はとってもキュートだから。自信持って良いよ」
「そんな自信求めてねんだよなぁ」
「可愛いねぇ。良い子だねぇ。よーしよしよしよし。わしゃしゃしゃしゃー」
「聞けよ」
文句は黙殺してベッドに膝立ちになる。身長差のせいで、そうしないとヒョウの頭上が遠いのだ。
もすりと顔を、耳の横に埋める。獣臭だが、悪臭ではない。ふわふわの耳に、頬を擦り寄せた。
「ふふっ。やぁらか。可愛い」
「おい、ねぇ胸が当たってんだよ」
「ないんなら良いじゃない」
あるなら問題だが。非常に残念なことに、未だぺったんこの幼児体型だ。
だからこうして成人男性にまとわりついていても、微笑ましい光景にしかならない。
「もふもふー。かぁいぃねぇ〜」
耳の毛はもちろん、髪の毛も猫っ毛で柔らかい。わしわしと頭をなでて、髪に顔を埋める。頬をなでる左右の耳が、心地良い。
「んふふ〜しあわせ〜」
魚も鳥も爬虫類も可愛いが、やはりモフは良い。特に猫科は至高だ。いやイヌもウシもカピバラも可愛いが。大好きだが。
存分になで回し、頬擦りして、はふ、と顔を離す。
「やっと、満足か……」
なんだかぐったりした様子のヒョウが、それでもどこか安堵したような顔をしたのに、首を傾げて答える。
「満足?」
「してない、のか?これだけ、触って、おいて?」
満足なわけがなかろうに。
猫科最大の魅力はなんだ?獣民だと、ヒゲもマズルもない。モフモフの胴やクリームパンみたいなおてても肉球もない。ならば、猫科の獣民の魅力はなんだ?耳?耳はもちろん可愛い。感情を豊かに表す耳。可愛くて仕方ないとも。だが、耳ならほかのモフにもある。ならば猫科の特徴にして魅力とは?
モフモフの、意思を持ち自在に動く、尻尾だ。
「まだ、尻尾に、触ってないのに??」
問い掛ければ、気圧されたように、ヒョウがたじろいだ。
「なに?尻尾には触らせないつもり?」
「いや。そんなつもり、ないが」
ヒョウの目が泳ぎ、耳がイカになる。可愛いなおい。
「耳にずいぶん長く触ってるから、尻尾はもういいのかと思ったんだよ」
「耳は耳、尻尾は尻尾だよ。みんな違ってみんな良いんだよ」
昔のひとが言っていたから間違いない。
「そーかよ」
「そうだよ!尻尾も可愛いから自信持って!」
「だからそんな自信は求めてねぇんだって。……はぁ、わかったから、黙って触れ」
ぱすんと魅惑の尻尾がベッドを叩く。ファンサかな?
「黙らないけど触るね!!」
「少しは他人を立てることも覚えろよあんたは!!」
そんな毛を逆立てても可愛いだけだが??
「わー。ぱやぱやしてる。可愛い」
もしも相手が獣のネコだったら、こんな状態のときに触ったら流血沙汰必至だ。間違いなく引っ掛かれる。だが!相手は獣民なのだ。しかもわたしは恩人。いくら不機嫌でも、引っ掻いたりしない。
言葉の通じるおっきいねこたん、最高だね!!
ぱやぱやのうちに、存分にぱやぱやの触り心地を愉しむ。
「逆撫ではやめろ」
「はーい」
「それは聞くのかよ」
「まあ」
ぱやぱやも良いが、通常のスルリとしたフォルムだってもちろん良い。素晴らしい。
「わたしは存分に愛でたいだけで、嫌がらせがしたいわけでも、損ないたいわけでもないからね」
「そーかよ」
「なんなら手入れしてあげるよ!洗ってオイル塗ってブラッシングしてあげるよ!ツヤッツヤになるよ!!」
「要らねえ。女じゃあるまいし」
「ええー。男子だって毛並みには気を遣った方がモテると思うけどなあ」
少なくともわたしはそうだ。見た目に気を使うって、一緒にいるひとへの気遣いでしょ?身だしなみの価値観が合わないひととは、関わりたくない。
最低限ね、清潔ではあって欲しいね。ボサボサの枝毛まみれとか、爪が垢で真っ黒とか、漂う悪臭とか、嫌だね。
まあ、ヒョウは最低限の清潔さはあるようだけど。毛並みはまだまだ輝ける!磨ける!
「こんなに可愛いのにさあ。磨けば光るよ?」
「だから可愛さは求めてねぇ。つか、本気で思ってんのかよ、可愛いって」
「思っているが?」
心からの本心だが??
なんなら、食べちゃいたいくらい可愛いと思って……この先端、齧ってみたいな。
「…………」
ぱくり
「あ゛!?はぁ!?」
ぎょっとして、全力で引き離された。ばすんと、ベッドに身体が転がる。
ベッドから立ち上がったヒョウが、憤怒の表情でわたしを見下ろした。
「なんで口に入れた!?ガキか!?ばっちいだろやめろ!!」
真剣に叱られた。
よいしょと起き上がって、首を傾げる。
「出来心で?」
「やめろ。おい、不衛生は敵とか言うやつがやることじゃねぇぞ」
おっしゃる通りですね。
「美味しそうで、つい」
「食う気だったのかよ!?」
「いや、食べはしないけど、食べちゃいたいくらい可愛いなって?」
実際、口に含んだ感触は悪くなかった。モフをより感じられた。
「それは比喩であって実際口に入れるもんじゃねぇんだよ馬鹿が。わかる?風呂上がりなわけでもねぇし、ばっちぃの。口に入れたら危ないの」
「そんな子供に言い聞かすみたいに言わなくても」
「ガキでもやらねぇようなことやったらそんな扱いにもなるっての。赤子か、あんたは」
「やだ、若く見えるの?嬉しい」
「褒めてねぇよ!!」
わかってるけどさ。
「竜人のお兄さんは、角を口に入れても怒らなかったよ」
「角と尻尾じゃ汚れやすさが違う、って、はあ!?あんた、竜人の角も齧ったのかよ!?正気か!?」
「齧ってはいないよ。ちょっと口に入れて、舐めただけ」
「正気か?下手したら首飛ばされるぞ?」
そんな怖い感じのお兄さんではなかったが。
「そんな無礼者に祝福して服まで下賜したのか?しかもあんた、その服あっさり棄てたよな?正気か??」
「獣民のなかで竜人ってそんな立場なの?」
獣民内でも、階級みたいなものがあるのだろうか。
「そりゃ、魔力も高けりゃ寿命も長くて、身体もとりわけ強いから、畏怖はされるだろ」
「ヒョウのお兄さんも?怖いの?」
「いや、会ったことねぇから知らねぇが」
ヒョウが、ガシガシと頭を掻く。毛繕いみたいで可愛い。
「会った、つうか、近付いた奴の話じゃ、匂いだけで身体が震えて動けなくなったって話だな」
へぇ。あれ?でも、
「さっき、わたしから竜人の匂いがって言ってなかった?会ったことないのに、なんでわかるの?」
「それは」
なんでそんな、呆れ顔なんだろう。
「たぶん祝福のせいだな。こいつは竜人の大事なもんだって、主張してんだよ、祝福が」
「そんな機能が?」
初めて聞いた。
「普通はない。が、強ぇ奴が、より強力な祝福を与えようとするとそうなるな。自分の威を、分け与える感じだ」
「そんなに恩義を感じてくれていたとは……」
だからなんでそこで呆れ顔になる。
「そんなに恩義を感じてくれている相手の角を、あんたは齧ったわけだが」
「だから齧ってないって。ちょっと咥えて舐めただけ」
すぐ引き離されたから、じっくり味わえはしなかったけれど。
「ミントアイスみたいで、美味しかったな」
「味わうな。いや、味がすんのか?竜人の角って」
「角と言うか、魔力がね」
「竜人の魔力を食うな。正気か」
何回わたしの正気を確かめる気だろうか、このヒョウは。
「至って正気だね」
「つまり生まれつき狂ってんのか。可哀想に」
「失礼だな」
「他人の尻尾や角に食い付く奴ほどじゃねえよ」
「それほどでも」
「褒めてねぇんだよな」
ところでそろそろ、尻尾を触らせてはくれまいか。
尻尾に手を伸ばすと、ヒョイ、と避けられた。尻尾だけで。
「もう噛まないって。手で触って、頬擦りするだけ」
手を伸ばし、避けられる、と言う攻防を、しばらく続ける。
「往生際が、悪、っぷ」
避けた拍子に尻尾が顔に当たる。
「あ、悪ぃ」
「いえ、我々の業界ではご褒美です」
「んだそれ」
呆れたように言いながら、ヒョウが尻尾でパタパタと、わたしの頬を叩く。
「ありがとうございます!」
「おいおい、こんなのが嬉しいのかよ」
「あったり前だろう!?ねこたんの尻尾で叩いて頂くなんて、ねこたんの下僕に与えられた、至高の福利厚生だぞ!?」
「意味わかんねぇよ」
そんなつれない言葉を吐く割に、ヒョウはパタパタと、わたしの身体を尻尾で叩く。そのくせ、わたしが手を伸ばすと避ける。
「む」
避けられると、追いたくなるもの。
ヒョイヒョイと避ける尻尾の動きを観察し、ここだ、と。
「えいっ」
避けられた。
「ははっ」
勢い余ってベッドに突っ込んだわたしの頭に、ぽんと尻尾が乗せられる。
「尻尾にじゃれついて、あんたこそネコじゃねぇか」
「なにおう」
「ほら、からかって悪かったって、触れよ。咬むなよ?」
ベッドに座り直したヒョウが、尻尾を差し出す。
「わーい」
喜んで手を伸ばすと、避けられた。
「…………」
「ククッ。冗談だって。ほらよ」
ぱす、と尻尾が手の甲に当てられる。伸ばした手は、今度は避けられなかった。
「禿げるくらいなでまくってやろうか」
「それはやめろ」
「恩人さまだぞ、わたしは」
むう、とむくれて、両手で尻尾を逃がさないように掴んで、頬擦りする。モフい。可愛い。
「なぁ、あんたさ」
そんなわたしの様子を眺めて、ヒョウが問う。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
下書きではエピソードタイトルを決めていなかったので
投稿にあたって捻り出しているのですが
今話は秒で決まりました
続きも読んで頂けると嬉しいです




