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3:廃材の一角

「えっっっっっっらい目に遭った」

 げっそりしたジークリンデがぼやく。

「えー、気持ち良さそうにしてたくせにー」

「不本意なんだよなあ。心の底から不本意なんだよなあ」

 素直じゃないなあ。

「お前、冗談じゃなく加減を知れよ?あんたは野良猫なでてるつもりでも、向こうはそうじゃないかもしれないからな?どうすんだよ伴侶になれとか言い出されたら」

「いやいやそんな。三十年後ならともかく、今じゃわたし、ただの女児じゃん。求婚しないでしょ、普通に」

「獣民が重視すんのは見た目じゃねぇからな?面倒だぞ、獣民の男に惚れられると」

 やたら脅して来る。お許しが出たのを良いことに、触り過ぎただろうか。

「そんな怒んなくてもさ。尻尾は触ってもお尻は触らないし、耳は触っても胸や腹は触らないじゃん。一回の治療で何回も触らせるように言ったりだってしないしさ。節度は保ってるよ?」

「まあ、そうだな。感謝はしてる。アネモネだけじゃなくてね。オレは、医者なんて名ばかりでろくな治療もできないからな。あんたの薬と、魔法頼りだ。でもって、魔法に見合った対価を払える金もないと来てる」

「ジークリンデちゃんは良くやってると思うけどね」

 貴族や平民なら、医者になるための教育機関がある。だが、獣民にはそんなものない。ジークリンデは、独学で医術を学んで、獣民たちを助けようとしている。

 それで目を付けられ、片翼をもがれようとも、決して諦めずに。

「ハッ。思ってもないことを、いけしゃあしゃあと」

「いやいや。思ってるって」

「怖いよ。あんたがパッタリ、来なくなったらどうしようってね。毎週、水曜日が、怖くて仕方ない」

 そんな風に思われていたとは、知らなかった。

「まあ、もし貴族にでも見付かって捕まったら来られなくなるもんね。せいぜい気を付けるよ」

「ああ。本当に、頼むよ」

 弱気なジークリンデなんてらしくないな。

「うんうん。と言うわけで、肩の血隠すのにこのマントは借りて、」

「待て」

 慣れたようで、やっぱりふとした瞬間臭う。それでも背に腹は変えられないと苦渋の申し出をしかけたところで、声が掛かる。

「マントが要るならこれにしろ。やる」

「え、お兄さんが困らない?それ」

 もう歩き回れるようになったのか、竜人の青年がマントを片手にこちらへ来る。

「洗い替えの分だ。問題ない。その、獣臭いマントより幾分マシだろう」

「そうだね」

 ふんふんと嗅いでみるが、悪臭と言うほどの匂いはない。

「嗅ぐな」

「竜人って甘い匂いがするんだね」

「甘い……?いや、たいていの生き物は畏怖して逃げる匂いらしいが」

 そんな匂いの生き物の角をもぐとは、誰だか知らないがよほど嗅覚が馬鹿なのだろうか。

「お兄さん、わたしにそんな匂いのマント着せようとしてるの……?」

「そんな匂いの男に無遠慮にベタベタ触れまくった娘が言えたことか……?」

 確かに。反論の余地もない。

「まあ臭いマントより良いね。ありがたくちょうだいします」

「ああ」

 竜人の青年がわたしにマントを着せ、フードを被せる、と見せかけて、

「んん?」

「祝福を」

「そいつはどうも?」

 額に唇を当てられた。

 祝福をして貰うようなことが、なにかあっただろうか。

「気休めだ。気にするな」

 言って青年は、今度こそわたしにフードを被せる。

 祝福。祝福ね。

 背伸びして、右手を伸ばして、青年の額に指で触れる。

「マーミナー」

「ん?」

「きみの方が、祝福は必要かなって。見付からずに帰ってね」

 ばいばい、と手を振って、診療所をあとにする。

 なんだかジークリンデがもの言いたげな顔してたけど、なんだったのだろうか。まあいいか。

 獣民との関わりを知られるのは良くないので、真っ直ぐ帰りはしないのが常だ。今日も無駄に遠回りをして、てんで逆方向から帰ったように見せかける、つもりで、治安の悪い窪地くぼちに入り込んだときだった。

「!」

 なんでこんな、下賤も下賤の民の溜まり場に、貴族が?

 驚きつつも、間違っても目を付けられないよう、そっと物陰に身を寄せる。すり鉢状になった地形で、鉢のふちに立つ貴族たちからは死角になる。

 このまま物陰沿いを進んで、視界から消えよう。

 それにしてもなぜ、こんなところに、貴族が。

「!」

 そう思って伺った周囲。目に入った姿に、嫌な想像が働いた。

 わたしでも知っているくらいの、有名な獣民。強くて、人望もあって、若い獣民たちから、希望の星のように思われている、ヒョウの獣民。いずれ、クーデターでも起こすのではないかと、危険視されているとも聞く。

 もしやついに、貴族が排除に動いたのでは?

 この窪地の治安が悪いのは、そこかしこに不法投棄の廃材やらなにやらが、積み上げられているからだ。朽ちるに任せられたゴミ山は、時に悪臭を放ち、時に崩壊して怪我人を出し、時に害虫の発生源となっている。だが、貧民街でそれを気にするものはいないし、たとい気にしたとて無償で撤去に動く余裕のある者もいない。結果として、誰もが邪魔に思いつつも、ゴミは捨てられるままに貯まり、山となり、朽ちれば崩れるを繰り返している。

 この場所で、たとえば誰かが廃材の崩壊に巻き込まれる事故が起きたとて、それは日常茶飯事だ。

 都合の悪い人間を消すには、持って来いの、

「っ」

 魔法の気配。崩壊する、窪地の上の方の廃材の山。すり鉢状の地形を雪崩落ち、ほかの廃材も巻き込んで崩れ落ちる先には。

 自業自得だ。貴族になんて、目を付けられるような動きをするのが悪い。良い迷惑だ。けれど。それでも。

 危ない。そう思ったときには、もう身体と口が動いていた。

「ロース!」

 それでも気付かれないようにと言う心理は働いて、小声で吐き出す。

 伸ばした指先からほとばしった魔力が、目の前でまさにヒョウの青年とその仲間たちへ崩れかかろうとしていた廃材雪崩を焼き尽くす。

「スモー!」

 さらに追った魔力は、灰を集めて地面に積んだ。

 誰も処理せず、積まれるまま、朽ちるままに任せられていた鼻つまみの廃材が、一山の灰に早変わり、だ。まあ、氷山の一角だけれど。

「な!?いったい、誰が」

 高いところにいる貴族たちは、物陰のわたしに気付かない。だが。

「お前、」

 救った方の親玉、ヒョウの獣民と、おもいっきり目が合った。さすが猫科。気配に鋭い。

 やってしまった。まずい。やばい。

「あ、おい!」

 ばっと踵を反して、一目散に逃げ出す。幸い、いたのは暗い物陰で、全身を覆うマントの、フードを目深に被っていた。このマントは、わたしのマントじゃあないし。逃げおおせれば、わたしの正体に確信なんて持てないはず。

「スモー」

 雪崩れたのとは別の廃材の山が崩れ、わたしの通った道を閉ざす。

「スモー」

 羽のように軽くなった足を、全速力で動かし、細い道や、大人には通れないような隙間を選んで抜けて。

 わたしは脱兎の勢いで、夜の街を駆け抜けた。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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