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プロローグ:転ばぬ先に、つい

※残酷描写ありのタグは予防線ではなく真剣な注意喚起として付けております。作中、ひとによっては非常に不快に感じる内容の描写・発言がございます。耐性のない方は閲覧をお控え下さいませ。

 危ない。そう思ったときには、もう身体と口が動いていた。

「ロース!」

 指先からほとばしった魔力が、目の前でまさにヒトに崩れかかろうとしていた廃材を焼き尽くす。

「スモー!」

 さらに追った魔力は、灰を集めて地面に積んだ。

 誰も処理せず、積まれるまま、朽ちるままに任せられていた鼻つまみの廃材が、一山の灰に早変わり、だ。

「な!?いったい、誰が」

 高いところにいる下手人は、物陰のわたしに気付かない。だが。

「お前、」

 救った方の被害者と、おもいっきり目が合った。

 やってしまった。まずい。やばい。

「あ、おい!」

 ばっと踵を反して、一目散に逃げ出す。幸い、いたのは暗い物陰で、全身を覆うマントの、フードを目深に被っていた。このマントは、わたしのマントじゃあないし。逃げおおせれば、わたしの正体に確信なんて持てないはず。

「スモー」

 羽のように軽くなった足を、全速力で動かして。

 わたしは脱兎の勢いで、夜の街を駆け抜けた。




 イヴリン・ラコット。

 今世での、わたしの名前だ。闇族あんぞくの父と、耳長エルフ族の母のあいだに生まれた、混血の娘。でも、この世界のこの時代じゃ、混血なんてありふれていて、よっぽど頭の固いご老人でもなければ偏見もない。もてはやされることもなければ、迫害されることもない、ただの平民の一般人だ。

 ただ、まあ、ひとつ逸般したところを挙げるならば、前世の記憶、それも、こことは全然別の世界で生きた記憶を、鮮明に覚えているってことかな。

 前世のわたしは地球と言う星で、日本と言う国に生まれ、ごく普通の日本人女性として、裕福ではないがそれなりに幸せに暮らしていた。まあ、夢見がちでコミュ障、他人に興味のない性格が災いして、生涯おひとりさまだったけど。

 そんなわたしがどうして記憶を持ったまま、この世界に転生したのかはわからない。転生に気付いた当初は、もしや選ばれし勇者か聖女か、なにか特別な存在で、これからめくるめくスペクタクルファンタジーが始まるのでは、なんて、期待したりもしたけれど、全然そんなことはなかったし。この世界はおおむね平和で救世主なんて求めていなかったから。そもそも、平民では、勇者や聖女に選ばれる芽もないし。

 この世界は、階級制度がはっきりしていて、おおまかに三つに分けられた階級の壁は、高く厚いものだった。同じ人間のはずなのに、階級が異なれば結婚はもちろんのこと、友人として親しく話すことすら、許されることではなかったのだ。だから、特権階級から選ばれると決まっている勇者や聖女、魔術師なんかの華々しい地位に、平民のわたしが就けることはない。

 結局わたしは前世と変わらず、裕福ではないがそれなりに幸せな生活に落ち着いた。幸いにもわたしの住む地域を治める領主は、平民には優しい政治を行ってくれているから、重税や重労働、不当な労役兵役に苦しむこともなく。流行り病であっけなく両親が死んで、天涯孤独の身になっても、両親の遺してくれた家と財、それから技術のお陰で、生活に困ることもなかった。

 そりゃ、選ばれた人間じゃなかったことに、がっかりしなかったかと言えば嘘になるけれど。

 でも、魔法があって、前世では空想の世界にしかいなかった数々の種族が実在する。そんな世界に暮らせるなら、たとえ単なる小市民だとしても、楽しいものだ。

 不満がまるきりないわけじゃない。不安だってある。不自由だってしている。

 それでもわたしは、いろいろなものに目をつぶって、今世の生活に、おおむね満足していた。おおむね、だけれど。

拙いお話をお読みいただきありがとうございます


いままでもそこそこ血みどろの描写をしている作者ではあるものの

今作過去一かもしれない残酷描写があるので

続きをお勧めしにくいのですが

大丈夫そうでしたら続きもお読み頂けると嬉しいです

プロローグを含めて全8話を完結まで毎日6時と18時に1話ずつ更新予定です


なお、残酷描写がメインではないので

それを目当てに読まれると物足りないかと思います

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