俺が先に好きやったのに、なんでそっちが先に告白して来とんねん!
「あたし、あんたのこと好きやし、良かったら付き合ってみぃひん?」
「……え?」
強い夕日が差す放課後。
穏やかな波が打ち寄せる浜辺で、俺は告白された。
奴は清水真希。俺、山辺高雄の幼馴染だ。
思考が追い付かない。
冗談を言われているのかと思った。
つい数秒前まで「背中押して水浸しにしたろか~」とか「なんかその辺に魚おるんかな~」とか、高校生のバカ会話をしていたのに、急に夕日を見て、それからこっちを見て平然と告白してきたんだ。
なんやそれ、真に受けたら笑うつもりやろ。そう言おうと思ったが、万が一にも本気の告白だったらどうしようとかと踏み止まった。俺たちの喧嘩は日常茶飯事、しかし傷付けたいわけじゃない。
初めてのパターンだ。どうすればいいか分からない。
困ったことに、真希は妙にしおらしい雰囲気を出していた。ボケて返せば、何か取り返しのつかない事になりそうな、そんな予感がした。
しかし時間は残酷で物事を考える間も無情に流れる。
「……ふ、冗談やって! 何マジになってんねん」
真希は笑い出した。だが、そこにいつもの調子がない。
「昼休みん時に友達と恋バナになってな、みんな彼氏とか気になる人くらいおるって言うとったから、あたしもなんとなく彼氏みたいなん欲しいな~って。それだけやで」
そう捲し立てる間、真希はこっちを見ながらも俺と目を合わせなかった。いや、俺が合わせられなかったのかもしれない。
「あ、もしかしてドキッとした? そうやんな、幼馴染でもあたしみたいなかわいい女子に告られたら緊張するやんな!」
なんとか笑ってその場を取り繕うとする真希。
けれど、俺は冗談で済ませられなかった。
だってさ……
「俺の方が先に好きやったのに、なにそっちが先に告白しとんねん!」
このまま互いに何事もない顔で帰ることもできただろう。しかしそれでは何かが決定的に欠けてしまう、そんな気がして、俺は勢い任せに叫んでしまった。
真希は「……え?」と固まる。もしかしたら、さっきまでの俺も似たような顔をしていたのかもしれない。
「ちょ、急になに言うてんねん!」
「急に告ってきたんはそっちやんけ!」
自然と互いにいつもの調子が出てきた。
彼女の追撃が来る。
「大体、『俺が先に好きやった』っておかしいやん! どっちが先に好きやったとか、そんなん何で自分に分かるん?」
「男の勘」
「はー? 勘やったらあたしの方が優れてるわ」
「俺なんかテストで出る問題とかめっちゃ当てるし」
「予想が当たった時の事ばっかり都合よく覚えとるからやろ」
「じゃあ、お前はいつから俺のこと好きやったん?」
「言わへんわ。後出しジャンケンされるの見え見えやし」
「そんなセコい事せぇへんわ。ちなみに俺はお前のこと中学生の時から好きでした」
俺の打ち明けに真希は一瞬たじろいだが、すぐ反撃に出る。
「ふ、ふ~ん? あたしは小学生の頃から好きやったけど?」
「はい残念。俺は幼稚園の時には既に好きでした」
「あたしは赤ちゃんの頃からやで?」
「は? まだ会ってもないやん」
「女の勘で出会うって分かってました~」
「それやったら俺は母体にいた頃から運命を察しとったけどな」
「それやったらってなに? もうここまできたら前世の話でもするか?」
一歩も譲れない戦い。
夕焼けでは隠せないくらい真希の顔は赤くなっていた。たぶん俺も。
気付けば、取っ組み合いになりそうな距離で睨み合い。不意に妙な気不味さに駆られてお互いに一歩退く。
俺は一息吐いて改めて言った。
「俺の方が先に好きやった。だから付き合えや」
「……なんやねんそれ。偉そうに」
真希は夕日の方角から目を背ける。
「……ていうか、先に好きやったって言うんならもっと早く告白してきぃな」
「た、タイミングを見とってん」
「嘘や。どうせビビっとったんやろ」
後で冷静に考えればこれは図星だった。しかしこの時は男のプライドが勝ってしまった。
「ホンマや。俺はこう見えてもロマンチストやからな」
「自分には似合わんで、それ」
そう言って真希は何か思いついたようにニヤニヤと俺の顔を窺ってくる。
「なら、ちなみに~? 実際のところロマンチスト高雄くんはどういう時にあたしに告白するつもりやったん?」
小学生みたいに人をバカにしたムカつく顔。
しかし困った。そもそも俺はそこまで具体的なプランを考えていなかった。
「ク、クリスマスとか……年末とか?」
「なにそれ。そんな待たしとったら、あたしが他の人に取られてまうで」
「そ、そんな心配してへんし……」
嘘だった。とても心配していた。
負けじと俺は無理やり事を進める。
「とにかく! お互い好きなんやったら、付き合うことに決定な」
「うーん、どうしよっかな~。付き合えとかそんな偉そうに言われたらなんか考えちゃうわ」
「それやったら真希も、『付き合ってみぃひん?』とか、買い物にでも行くみたいな軽い感じで言うとったやんけ」
「あ、あれはほら、あんたがあたしのこと、どう思っとんか分からんかったし……」
横髪をいじりながら真希はぶつぶつと何か言っている。
不覚にもその様子がかわいいと思ってしまった。そうなんだよな、普段生意気なコイツが恥ずかしそうにしているところって、めっちゃかわいいんだよな。
しかし俺はこのチャンスを見逃さない。
「なに恥ずかしがっとんねん。かわええ奴やな」
「え、は!? かわいくないわ!」
「俺が好きになった奴をかわいくないって言うんか?」
「全然かわいくないわ! 変なこと言わんといて!」
「かわええわ」
真希は思い切り顔を向こう側へ背ける。
「あーもー! 嫌やな! あんたがアホみたいなことばっかり言うから、なんか汗かいてきたわ!」
「ちょうどここに水がありますが」
「海水なんて浴びたない! 制服やし!」
真希は歩き出し、海から離れていく。
「帰るんか?」
「……もう、暗くなるし」
「送っていくで」
「どうせまたアホなこと言うんやろ」
怒っているわけではないようだが、灯が消えたような背中を見ていると少しやりすぎたように感じてしまう。
「真希、ちょっと」
「……なに?」
「待ってくれって」
有難いことに、真希は俺の呼びかけで止まってくれた。
しかしこっちを見ない。
俺は何も言わずにじっと堪えた。
「もう、なんなん……?」
痺れを切らして彼女が振り返る。
沈みゆく夕日を背に、俺は言った。
「好きです。俺と付き合ってください」
何と言われようが、俺が先に好きだった。