36 忠誠の鎖の迷宮
サティーナの目には涙が浮かび、静かに赤く染まっていく。彼女は真一をまっすぐに見つめ、長い間押し殺してきた痛みを込めて言った。
「雷野……汝の言葉は胸に突き刺さるけど、それと同時に救われる気もする。避け続けてきたけど、我の信念は……本当は消えてなんかなかった。ただ、あまりにも長く迷い続けて、本来の自分をどう取り戻せばいいのか、もう分からないの。」
真一はまっすぐに彼女を見つめ、静かに言った。
「サティーナ、迷っているのは君自身じゃない。君の奥底に埋もれていた信念だ。勇気を持って自分と向き合い、初心を思い出せば、きっと道は切り開ける。もう無意味な戦いに身を捧げる必要なんてない。」
サティーナは、まるで心の痛みと葛藤しているかのように、手をかすかに震わせながら、静かにうつむいた。真一との激しい戦いを思い返すと、彼女の胸にはぼんやりとした、しかしどこか温かな力がよみがえってくる。それはまるで家族のような、確かな絆だった。
彼女はそっと顔を上げ、その瞳からは敵意が和らぎ、代わりに優しさと複雑な想いが浮かんでいた。
真一を見つめながら、サティーナはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしかしたら……汝らは我に、別の力の在り方を教えてくれたのかもしれぬな」
真一は彼女の目をじっと見つめ、その言葉に滲む戸惑いと迷いを感じ取り、穏やかな声で答えた。
「僕たちの戦いは、力のためでも、勝利のためでもない。僕たちは、大切なものを守るために戦っている。仲間を、そして心の奥にあるかけがえのないものを――」
サティーナはわずかに身を震わせ、目の奥に複雑な感情を浮かべた。それでも、低く呟くように続ける。
「我ら悪魔族にとって、戦いとは勝敗を決し、地位を示し、力を誇示するためのもの……だが、汝らは違うのだな」
彼女は小さく首を振り、信じがたいといった面持ちで言った。
「僕たちは誰かの命令でも、地位のためでもない。仲間のために、そして守りたいもののために戦っている。僕は生まれながらの戦士じゃない。だけど、仲間が僕に、戦う理由をくれたのだ。僕が倒れれば、彼らも自分の一部を失うことになる。彼らが傷つけば、僕はきっと、自分の無力を許せない」
サティーナの瞳が揺れ、心に静かな波紋が広がっていく。彼女はそっと俯き、霧雨のようなか細い声で呟いた。
「雷野……汝の言葉を聞いていると、魔王軍が追い求める名誉や勝利に、本当に意味があるのかと、考えずにはいられぬ。たとえ……」
声は次第に沈み、自嘲を帯びた悲しみが滲む。
「我には、この忠誠心を守り続ける価値があるのだろうか」
真一は言葉を挟まず、ただ静かにそこに佇み、サティーナの言葉に耳を傾けた。その沈黙は、まるで彼女の感情を解き放つための余白であるかのようだった。
サティーナは深く息を吸い込み、再び顔を上げる。その瞳には、苦みとわずかな安堵が交錯していた。
「長い間、忠誠こそが我ら悪魔族の至高の美徳であり、存在意義だと信じてきた。だが、汝らの絆を目の当たりにして、我は疑い始めた。もし忠誠が、ただの盲目的な服従であり、心を果てしない鎖で縛るものなのだとしたら――そんなものに、一体どんな価値があるのだ」
声はかすかに震え、独り言のように零れる。
「我ら悪魔族の中にも、我のように無条件の服従を信仰とし、それを疑うことすらしない者はきっと少なくない。けれど今、我は自分に問いかけずにはいられぬ。もし忠誠が、感情も思考も奪うものだとしたら――それは本当に守るべきものなのか。この世界を侵略することに、一体何の意味があるのかと……」
真一は、彼女の独白に静かに耳を傾けながら、胸の奥に複雑な感情がこみ上げてくるのを感じていた。そしてサティーナの心が、長い間彼女を縛ってきた鎖を断ち切ろうとしているのを、はっきりと感じ取っていた。
彼はそっと一歩前に進み、穏やかでありながらも、確かな意志を感じさせる声で告げた。
「サティーナ、疑うことは裏切りなんかじゃない。時には、それこそが僕たちが前に進むための第一歩になるのだ。君の戸惑いや思索は、君が心の奥底で盲目的な命令ではなく、本当の信念を求めている証なのだよ」
サティーナの体がわずかに震え、衝撃と葛藤が入り混じった眼差しで真一を見上げた。彼の言葉の一つひとつを噛みしめるように、深く息を吸い込む。そして、しばしの沈黙のあと、ようやく彼女の口元にかすかな微笑みが浮かんだ。それは、長い間忘れていた安らぎと解放の微笑みだった。
「もしかすると……仰る通りなのかもしれません。幾度もの戦いの中で、知らず知らずのうちに自分の意志を押し殺し、ただ命令に従うだけの存在になっていたのかもしれない。そして、それに気付かせてくれたのは、汝らでした」
真一は静かに頷き、優しくも揺るぎない声で答えた。
「サティーナ、忠誠心に決まった形なんてない。本当の忠誠っていうのは、誰かの命令に従うことじゃなく、自分の心の信念に正直でいることだ。自分の心を信じてごらん。それが、きっと君自身の道を照らしてくれる」
今日も外伝第2章の執筆を続けてたんですが、まさかの展開で、自分が作ったキャラに好きにしまいました!もともとは普通の通行人キャラで、最初の構想だと最後は悲惨な運命を迎えて、主人公の慈悲深さを際立たせる役割だったんです。でも書きながらキャラの細かい設定を詰めていくうちに、どんどん好きになっちゃって、最後そのまま終わらせるのがちょっと忍びなくなりました。
外伝のストーリーの流れ自体はもう決まってて、無理やり生かしたとしても、主人公と生涯を共にするのは無理な設定なんです。そこでふと思いついて、「転生」の設定を使おうと!次の人生で主人公と結ばれて、7.5人の嫁の一人になるという流れにしました!どの嫁がそのキャラの転生か、読者のみんなにぜひ予想してもらえたら嬉しいです。お楽しみに!
(※ちなみに、キャラ設定のデザイン画もここに載せておきます。よかったらみんなも気に入ってくれるといいな!)




