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25 愛が闇を裂く時

 暗闇があたりを包み込み、まるで終わりのない深淵が彼を完全に飲み込もうとしているかのようだった。意識が徐々に戻る中、真一は濃密な闇の中から必死にもがき、水面へと浮かび上がろうとしていた。

 耳元でかすかなすすり泣きが聞こえる。弱々しくも、隠しきれない不安と痛みが滲み出たその声が、彼の胸を締めつけ、鋭い痛みを呼び起こした。

「お願い、真……早く目を覚まして……私を置いていかないで……」

 囁くような小さな声だったが、その哀願には胸を抉るような悲痛さが込められていた。真一は応えたかった。暗闇を突き破り、目を開け、その姿を確かめたかった。しかし、どれだけ力を込めても、彼の身体は鉛のように重く、一ミリたりとも動かなかった。

「……誰だ……?」

 思考は深海へと沈み込んでいく。断片的な記憶がぼんやりと浮かび上がる――崩壊した障壁、空を覆う闇、そびえ立つ影……。圧倒的な力が一瞬にして彼らの防御を打ち砕き、そして彼は、目の前で泣きじゃくる少女を守るため、迷うことなくその一撃を受け止めた。

 その時、暗闇が裂けるようにして、ぼんやりとした光景が映し出された。見慣れた姿――頬を涙に濡らし、必死に彼を抱きしめる少女の顔があった。

「真……お願いだから……」

 少女は声を詰まらせながら、悲しげな瞳で彼を見つめ、震える手でしがみつくように抱き寄せた。頬を寄せ、かすれた声で呟く。

「お願い……置いていかないで……私には、あなたが必要なの……」

 心臓が強く揺さぶられ、波のように押し寄せる痛みが全身を貫く。意識が遠のきそうになるほどの激しい痛み。それは、傷の痛みだけではなかった。誰かが自分の存在をこれほどまでに求めてくれるなど、想像したこともなかった。

 その時、新たな光景が視界に飛び込んできた。

 一人のエルフの女性が立っていた。怒りと狂気に満ちた瞳を宿し、震える手で杖を高々と掲げている。荒れ狂う暴風、絡み合う水と大気、そして自然の力が、一人の悪魔の女性へと収束していく。その悪魔は、天空に君臨する冷酷なる存在――サティーナ。

「サティーナーーー!!」

 悲痛な叫びが戦場に響き渡る。それに呼応するかのように、解き放たれた魔力の嵐がサティーナへと襲いかかった。しかし、サティーナは冷淡な微笑を浮かべながら、ただ一閃、魔剣を振るった。それだけで、怒涛の魔力の奔流は粉々に砕け散る。

 エルフの女性は崩れ落ちるように膝をつき、虚ろな瞳で空を仰いだ。頬を伝う涙が静かに地面へと落ちる。青白い顔は、流れた涙の痕で濡れていた。

 その光景が、真一の記憶と現実を交錯させる。

 胸の奥を冷たい刃で刺されたような感覚が彼を貫き、朧げだった意識が次第に明瞭になっていく。

「……僕の名は雷野真一。愛理とリアと共に、蓮華城を守る戦いに身を投じていた……そして、僕たちの敵は――冷酷で、圧倒的な力を持つ……サティーナ……。」

 ようやく思い出した。サティーナの魔力がいかに絶望的なまでに圧倒的だったか。その凄まじい奔流は、抗うことすら許さない暴虐そのものだった。

 あの瞬間――。

 彼女が範囲魔法を発動すると同時に、濃密な闇のエネルギーが空間を支配し、愛理と自分を瞬時に包み込んだ。本能的に、真一は愛理を突き飛ばし、その直撃から遠ざけた。

 次の瞬間――。

 灼熱の激痛が全身を焼く。烈火に包まれたかのような熱が肌を焦がし、魔法の衝撃が鋭い刃となって身体を貫く。肉が裂け、骨を震わせ、容赦のない痛みが神経を蝕んでいく。感覚が遠のいていく。

 血が溢れ、視界が赤く染まる。

 意識が薄れゆく中、微かに聞こえる声があった。

 愛理と――リアの声。

 その声は、まるで遠い世界から響いてくるかのように、途切れ途切れだった……。

「そうか……僕は、もう死ぬ間際なのか?」

 どうしようもない自嘲が込み上げる中、真一は苦々しく口角をわずかに吊り上げた。

 これまで戦い続け、仲間を守り抜くことこそが自分の使命だと信じていた。自分は十分に強い、そう思っていた。

 だが、この瞬間、彼は悟った――自分はまだ無力だ。この結末を覆す力など、どこにもないのだと。

 目の前の光景が徐々に歪み、愛理とリアの叫び声も遠のいていく。サティーナの冷たい表情すら、視界の隅で淡く消えていった。

 意識が完全に闇へと溶けていく、その刹那。胸の奥底から、一筋の熱い感情が込み上げてきた。

「これで……終わりなのか?

 いや、そんなことは認めない……!」

 真一の拳が、かすかに震えながら強く握り締められる。胸の奥に燃え上がるのは、仲間を、大切な人を守れなかった悔しさと無念。

 こんなところで終わるわけにはいかない。愛理とリアを、絶望の中に取り残すわけにはいかない。

 燃え盛るような焦燥が心を締めつけ、苦痛と自責の念が押し寄せる。

 ――もし、僕にもっと力があったなら。

 このすべてを止めることができただろうか?

 自分は本当に、大切な人たちを守る資格があるのか?

 無力さを突きつけられ、彼の心は激しく揺らいだ。

 果てしない暗闇の中、不意に愛理の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの潤んだ瞳に宿る祈りと不安。それは、魂に刻まれた烙印のように、彼の心を深く貫いた。

 彼女の悲痛な泣き声が、何度も胸を締めつけるように響く。

 ――触れたい。

 彼女の頬にそっと手を伸ばし、「僕は倒れない」と伝えたかった。

 彼女の温もりを、彼女の優しさを、何よりも大切な宝物を、守り抜きたかった。

 しかし、暗闇は依然として深く、すべての感覚を飲み込んでいく。

 真一の意識は虚空を彷徨い、やがて完全に途切れようとしていた。

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