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24 絶望の狂気

 遠くからリアが駆け寄り、真一の傍らに膝をつく。その顔は焦燥と苦悶に満ち、まるで目に見えない手で心臓を締めつけられているかのようだった。手に握った魔法の杖が微かに震え、絶望が全身を覆い尽くそうとしている。

 目の前の光景に息を呑む。ただ、ひとつの想いだけが頭の中で響いていた。

 ──彼を、失うわけにはいかない。

「真一くん、お願い……!置いていかないで……!」

 声が嗚咽に詰まり、押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出す。愛と恐怖が絡み合い、胸を締めつける。

 リアは震える手で魔法の杖を握りしめ、体内の魔力が暴れるように高まった。手のひらから緑の治癒の光が弾け、真一の身体を包み込む。ほとんどすべての力を注ぎ込みながら、彼に生命力さえ分け与えられればと願い、必死に治癒魔法を発動させる。

 しかし──サティーナの力は、あまりにも強大だった。

 普通の治癒魔法では、この瀕死の命を救うには到底及ばない。

 真一の呼吸は次第に浅くなり、指の間から零れ落ちる砂のように、生命が静かに流れ去っていく。

「……嘘、どうして……!?なんで効かないの……!!」

 リアの声が絶望に震え、涙が止めどなく零れ落ちる。真一の血に染まった服を濡らしながら、彼女は何度も、何度も魔法を繰り出した。

 重ねがけした治癒魔法は幾重にも輝くが──彼の容態は、一向に変わらない。

 ──一秒ごとに、命が削られていく。

 リアは確かに感じていた。真一の生命が、確実に尽きかけていることを。

 最悪の悪夢が、現実になろうとしていた。

 目の前で、彼が死んでいく。

 それなのに、彼女には何もできない──。

 底なしの絶望が心を覆い尽くし、抗うことすらできない恐怖と無力感が、鋭い棘となって彼女を締めつける。

 遥か上空。

 サティーナは冷めた目で、その光景を眺めていた。まるで退屈しのぎの芝居でも観賞するかのように。

 彼女は焦る様子もなく、攻撃を仕掛けることもなく、愛理とリアの苦痛と絶望をただ楽しむように見下ろしていた。

「お願い……真一くん……置いていかないで……」

 声は震え、涙は次々と頬を伝い落ちた。

 彼を想う気持ちは、あまりにも脆く、そして無力だった。

 燃えるような絶望が、彼女の理性を引き裂く。

 歯を食いしばり、彼女は立ち上がった。

 その瞳に宿るのは、怒りと悲しみ、そして決意の炎。

 リアは魔法の杖を強く握りしめる。

 体内に残された最後の魔力を振り絞り、一気に解き放つ。

 轟音と共に烈風が吹き荒れた。

 風と水と大地の力が渦を巻き、天が咆哮するかのように鳴り響く。

「サティーナ……!」

 リアの叫びが、絶望と怒りを乗せて夜空に響く。

 彼女はもう、後先を考えることすらできなかった。

 ただ、今この瞬間、全身を覆い尽くす激情のままに──。

 一瞬にして、強大な魔法の嵐がサティーナへと襲いかかる。

 しかし──

 サティーナはただ魔剣を軽く振るっただけだった。

 それだけで、リアの攻撃は瞬時に粉砕された。

 その瞳には、微塵の揺らぎもない。

 まるで、これすらも取るに足らない遊びにすぎないとでも言うように。

 砕け散る魔力の残滓とともに、リアの希望もまた崩れ去った。反動で彼女の身体は揺らぎ、力なく地面に崩れ落ちる。荒い息遣い、虚ろな瞳。

 そこには、怒りも痛みも存在せず、ただ底なしの絶望だけが広がっていた。しかし、その深淵の闇の中で、堪えきれない涙が静かに頬を伝う。砕け散った希望の欠片のように、涙は止めどなく溢れ、青白い肌を濡らしていく。抑えようとする意思すらなく、嗚咽が漏れる。もはや、涙こそが彼女に残された唯一の感情の証だった。押し寄せる哀しみは、すでに彼女を完全に呑み込んでいた。

 戦場には、血の匂いと魔力の残滓が重く漂っている。その中央に、サティーナはただひとり立っていた。まるで無敗の女神のごとく、威圧的な存在感を放ちながら。彼女の歩みは優雅かつ堂々としており、その足元では崩れゆく世界すらも、彼女に跪くかのようだった。

 わずかに顔を上げ、鋭利な刃のような眼差しで、目の前の哀れな獲物を見下ろす。戦いは、すでに終わった。しかし、彼女の胸には何の満足感もなく、むしろ一抹の憐れみが滲んでいた。無力に横たわる敵。その絶望こそが、彼女の圧倒的な力を証明していた。

「残念ね。こんな結末になるとは思わなかったわ。」

 サティーナは、かすかに嘆息した。その声は冷たく淡々としていたが、無視できぬ威厳を孕んでいた。

 彼女はそっと瞳を閉じる。体内に渦巻く魔力の奔流を感じながら――それは今にも解き放たれんとし、荒れ狂う波のごとくうねりを上げる。覚悟を決めたかのように、サティーナは静かに手を掲げた。

 その瞬間、空間が歪み、漆黒の魔力が凝縮し始める。黒き闇が収束し、巨大な魔球へと形を成した。

「せめて最期は、我が見届けてやろう。」

 囁くような声音。しかし、その奥には、嵐の前の静寂のような確固たる力が秘められていた。彼女の意思に呼応するかのように、大気が震え、息苦しいほどの圧が戦場を支配する。掌中の魔球は次第に膨張し、内包された破壊の波動が静かに脈動していた。それは、訪れる終焉の前触れ。

 光が瞬くたび、空間はひび割れ、裂け目が生じる。その隙間から、虚無の闇が覗いていた。

 そして、刹那――世界が凍りついたかのように、すべての動きが止まる。ただ、サティーナの手に握られた魔球だけが、静かに膨張を続けていた。

 破滅の到来を、無言で告げるかのように。

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