愛しい人がやってくる
「大好き。ずっと大好きだよ」
そう言って、あたしを抱きしめてくれた。
あたしもそっと抱きしめる。
「ありがとう。大好きなトーマスに言われて、とっても嬉しいよ」
「ほんと?」
「もちろんよ」
年よりも幼くて、口喧嘩になる時もあるけれど、すぐに仲直りして、一緒に過ごす。
あたしが家や畑のことをする時は、手伝ってくれることもある。
優しいところも発見できて、ちょっと自慢にも思ってしまう。
いや、思うだけじゃなく、友達につい言ってしまって、すっごくからかわれたっけ。
トーマスとの日々は、春夏秋冬、色鮮やかで、思い出がどんどん積み重なっていった。
そんな日がずっと続くと思ってた時、いろいろあって、トーマスは旅に出ることになった。
いや、行かないで。
ずっと一緒にいるって、大好きって言ってたじゃない。
一人にしない、幸せになろうねって約束したじゃない。
「帰ってくる。約束する。もっと強くなって、絶対に帰ってくる」
トーマスも少し泣いてたけれど、歯を食いしばって、後ろも振り向かずに、旅の魔術師と行ってしまった。
あたしは動けなくて、そのまま見送るしかなかった。
それからだ。
1年に1度、この季節になると、トーマスの知らせが届くようになった。
師匠になった、旅の魔術師が魔術で教えてくれる。
『元気にやってるよ。苦手だったニンジンも食べられるようになったんだ』
『この1年で、背がすっごく伸びたんだ。チビチビ言ってたから、びっくりするぞ』
『やっと初級魔術を覚えたよ。すっごくしごかれたけどね』
『初めて魔物を倒した。小さい魔ウサギだ。
師匠と一緒だったけど、すっごくドキドキした。
もっと早く覚えたい。会いに行きたいよ』
『1人で魔鹿を倒せるようになったよ。
うちの村でも畑を荒らして困らせてたよね。
村がどうなってるか心配だ。帰れなくてごめん』
『魔猪を倒せたんだ!まだ中型だけど。
絶対に帰りたいから、がんばってるんだ。
待たせてごめん。大好きだよ。ずっと大好きだ』
魔術師からの知らせは、年に1度だけ——
それでもあたしは嬉しくて、トーマスの帰りをずっと、ずっと待ち続けて——
トーマスがやっと村に帰ってきた時、10年が経ったのに、村はちっとも変わってなかった。
〜〜*〜〜
「師匠。これはいったい……」
「ん?お前の師匠を誰だと思ってる?
弟子のふるさとを荒らすと思うか?」
「じゃあ……」
「お前をこうして《転移》で連れてきたのは初めてだが、俺は毎年来てたんだ。
魔術師としてはまだまだだが、おまけで一人前に認定してやる。
俺の背中を預けられるようになったからな。
さあ、会いに行くといい」
「ありがとうございますッ!」
師匠に背中を押され、トーマスは走りだす。
思い出とちっとも変わっていない道を——
愛しい人に会うために——
早く来て!
待ってるのよ!ずっと、ずっと、待ってたの!
トーマス、愛してる!
「長い間、待たせてごめん。やっと帰ってきたよ。
今も大好きだよ、愛してる。母さん」
師匠の言葉どおり、村は変わっていなかった。
外れの墓地の見覚えがある場所に、トーマスは立つ。
師匠が作ってくれた墓碑もそのままに、美しい花が手向けられていた。
両親の墓だけじゃなく、家族のようだった村人全員の墓もそうだった。
出稼ぎに出ていた父が数年ぶりに戻ってきた時、村に流行り病を持ち込んだ。
物心ついてから初めて会う父は頑丈で、村でどんどん人が死んでも、母さんが謝り続けても死なずに、最後は母さんにも病気を移して、やっと死んだ。
俺が大好きだった母さんは、身体を燃えるように熱くして、痩せ細って、息を引き取った。
そして、俺だけが、生き残った。
1人にしない。幸せにする。
だから生きようって約束したのに。
母さんを、大好きな母さんを助けられずに、俺だけが——
トーマスの背後に師匠がそっと立つ。
「トーマス。俺がどうしてこの日にやってきたと思う?」
「え?」
「この世に愛する者への想いが残ってる霊魂が、今夜は帰って来れるんだ。
知ってるだろう?」
「でも、あれは、伝説で、昔話で、お祭りみたいに騒いでるけど……」
「じゃあ、あそこにいる人は誰だ?
はるばる、毎年やってきてくれてたんだぞ」
師匠が指差した先には、愛しい人が、母が、元気なころのままの姿で立っていた。
「トーマス……」
「母さん……。夢じゃない。そんな、“あっち”から……」
「もちろんよ。あんたを残して、そうそう“あっち”にいられるもんですか。
あ、ごめんね。もう触れないのよ。あんたも連れて行くことになってしまうからね」
「母さん……」
10年ぶりに逢えた母と子は、会えない時間を埋め尽くすように語り合う。
師匠が手向けた花は、星月夜の晩、不思議な光を放ち、二人を温かく照らしてくれていた。
「ごめんね、もうすぐ時間だわ。また来年ね、トーマス」
「母さん……。ごめん。助けられなくて、大好きだったのに、ごめん、ごめん……」
「トーマス。あたしは幸せだよ。
こうして、約束どおり、やってきてくれたんだから……」
泣いて謝り続けるトーマスに、母が優しく微笑みかけた時——
青く染まった不思議の時間に、太陽の光が一閃、差し込んだ。
トーマスの母の身体が透けていき、朝露がきらめく墓碑にすっと溶け込んでいく。
「母さん……」
「想いあっていれば、また来年も会えるさ。
早く一人前になれよ。自力で会えるようにな」
「はい、師匠」
師匠と弟子が《転移》で消えた後、墓地までの道沿いに、赤いリコリスの花が美しく咲いていた。
ご清覧、ありがとうございました。
この作品は、拙作『精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません』の世界を間借りしています。
よかったら、本編もお楽しみください。
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