6 - 選ばれし黒衣
行き交う車が大挙して押し寄せる交差点、信号を待つ茉莉花にチャラい男が声を掛けてきた。
「お姉さん、お姉さん」
ちょうど信号が変わり歩きはじめるも、この男も同じ歩調でついてくる。
◎茉莉花の業務フロー
「何してるの？」
この手の輩の対処は？
＜無視をする＞ ［Aへ］を選択する
＜熾火を纏う＞ ［Xへ］
→［Aを選んだ場合］
「お姉さん可愛いね、ちょっと協力して欲しいんだけどさ」
などと言ってきた場合は？
＜急ぎ足で歩く＞ ［Bへ］を選択する
＜熾火を纏う＞ ［Xへ］
→［Bを選んだ場合］
「少し聞いてくれるだけでいいんだ、そこのカフェでさ」
粘る相手の対処法は？
＜業務中である事を伝える＞ ［Cへ］を選択する
＜滅び行くとも死の救済に＞ ［Yへ］
→［Cを選んだ場合］
「今、仕事中なので」と伝え立ち去る
もし、ここで腕を掴んでくるようなことになれば
＜業務を実行する＞に移行しこの若い男は茉莉花に声を掛けた事で天への扉を開く羽目になる。
「茉莉花、アイツはここでループさせる」
「ねぇお姉さん、ねぇお姉さん、ねぇお姉さん、ねぇお姉さん……」
ちょうど歩道を渡り終えたのを見計らって使者の繰達は男の行動を制限した。このチャラい男はこの後３時間余り交差点の前で呼びかけをし続ける事となる、とはいえ『天の扉を開く』よりは幾分もマシであろう。大通りで歩道を背にして信号待ちをする群衆に向かって宣伝をする者などよくある背景の一つでしかない。
歩道からほど近いビルに目的の場所はある。使者の繰達が言う閉鎖中のダンス教室は５階フロアの一画にあるという。数人がエレベーターのドアを囲み、何か吉報のようなものを待ち侘びるかのようにインジケーターのカウントダウンを眺めている。ドアが開くと茉莉花もその中に入って上階へ向かった。
この階で降りたのは茉莉花だけで、壁にはカルチャーセンターと表示されている人の往来が少ないフロアだ。
「繰達さん、ルーパーのエフェクトは、」そう言いかけると使者の繰達が口を挟んだ。
「堅苦しく＜さん＞付けなんてしなくていいだろ？」長期間ここで活動していた時品 繰達は接した人の数も多く、茉莉花のようなタイプとの距離の縮め方を分かっていた。
「クダチよ、ルーパーのエフェクトは、」
「オイ、何か極端だな、まぁいいが」やれやれ感を醸して少しせせら笑う。
「そうか、わたしには違いは分からないが」
「エフェクトが以前のまま使えれば良いのだが」と茉莉花は話しを続けた。
「さっきのヤツで分かったが、ループさせられるのはせいぜい１、２秒くらいだ、オーバータブは無理だな。しかもお１人様限定だ」
「わかった、１人黒衣に徹しさせれば十分だ」と茉莉花は頷く。
「ループ時間もどこまで延ばせるか分からない、さっきのヤツには８時間でセットしたおいたがどうなるかだな」
８時間以内で止まれば最善、エフェクトの能力に不具合が出ていて無期限ループしスタックしたままなら非常にいたたまれない。しかし結果的にこのチャラい男は記録の欠落と引き換えに、12,000人余りの女性に声を掛けた身振り手振りがそのDNAに刻まれたのは確か……。
「そこだ」
ダンス教室は改装準備のため、外から白い板のパネルが貼られて作業用の出入口に鍵が掛かっている。改装工事はまだ始まっていない様子。向かい側の店舗はエステになっていて受付に女性がいる。
「改装工事が始まっていた方が中に入りやすそうだな」
「何だ、てっきり壊して入るのかと思ったぞ」クダチが袖から出てきて工事用の出入口の鍵を触っている。
熾火で焼き飛ばせば警報器が作動するだろうな
──── 他をあたるべきか
「そこなら展着を解いても怪しまれないぞ」
クダチが視線で向かい側のエステを指すと茉莉花も思考を巡らせた。
「姿見があるなら、あとは中に何人居るか次第だ。わたしが受付の女性と話している隙に中の様子を見てきてくれないか」
「了解だ」
クダチはそう返すとゆっくりエステに向かって歩き始めた茉莉花の背中に張りついた。
「いらっしゃいませー、ご予約の方はお済みでしょうかー」
受付の女性が声を掛けてくるのを見計らってクダチは茉莉花の足元から店内へと侵入した。
つづく
『第２回ＳＱＥＸノベル大賞』応募につき誤字脱字、言い回しの修正完了
※この話のイラスト差し替えについては後で考えたいと思います
