20 - 未決囚は夢を紡ぐ
絡みついた糸は細くて心許ない。
だがその糸は、繭をつくる様にして探しものを覆ってしまい、探していたはずの扉の鍵もその中に入っているのかを知る事はできない。
大切なのは繭の中より糸を切ってしまわない様に手繰り寄せていくこと。そしてすべて紡いで空にすればいい。そうすれば何れ繭はアタリか、ハズレかを振り出すのだろう。
《血痕を消さぬ様に何かに包んで鏡面を隠してください》
リネンからそう言われ、咄嗟にあの白いヌイグルミの足下にある鍵をいれるためのファスナーを開けてそこにカードを収めた。
「ここから移動する」
《ガブリエルに見知されない様に出来限り鏡に映るのは避けてください》
茉莉花は下る階段の途中で窓を見つけるとそこから外に抜け降りた。探しているはずのポータルが今は危険になるとは、今はどこか静かな場所を探して落ち着くことが必要だ。
ガブリエルに見知されば 6.0 haven から監視されるだろう、【ZAIRIKU】もどうなってしまったか分からない今、鏡への映り込みは避けなければ。カードからADAPTしたリネンとの交信も察知されるリスクは高い。
その存在が知られると手が及ぶだろう、そうなれば糸は切れたも同然。
「今は存在を隠す必要がある」茉莉花の足は自然と郊外に向いてた。
「山の中に隠れるっていうのも違うよなぁ」クダチも行くあてを考えているが早々によい場所なんて考えつくわけでもない。
「筥迫の鏡は大丈夫なんですか?」コーラスが不安そうに聞いた。
「あれならホテルの階段に置いてきた」茉莉花はコーラスに目を合わせると<袖には入っていない>と仕草を返した。
ポータルから途絶されて鏡からも逃げなければいけないセラフィムとは。茉莉花も随分と損在な扱いを受ける身となってしまい序列上位者だったことさえも、今や最上位者となった者の解釈次第という状況。6.0 haven に帰還をするには接続されているポータルが必要だというのに鏡から逃げていては解決にならない。
そう、ここから離脱するには自身を映す事は避けられない。
わたしは真逆の事をしているのはどうしてだ……
《聞こえていますか カラム=シェリム》リネンからだ。
クダチとコーラスに挟まれたあの白いヌイグルミが喋っているかのようだ。
「交信しても大丈夫なのか」
《このカードの鏡面を使って終端への呼びかけをしない限り、探り当てる事は難しいでしょう》
「身を隠すのに良い場所を知らないか」
《すぐ東にある線路に沿って北の山側へ向かう途中に、建替え前で空き部屋の多いマンションがあります》
「わかった、そこに向かおう」
リネンのガイドで明かりが数件だけ灯っている古びて大きい県営住宅に到着した。建替え間近なのだろう、長らく新しい入居者が居ないのは明らかだ。茉莉花は四方八方に明かりの灯っていない都合の良い一室に目をつけると、玄関の施錠を御業で焼き切って室内へと侵入した。
室内は片付けられてがらんどうだ。
玄関横にある洗面所の扉は閉まっている、そこはそのままにしておけば良い。洗面台に小さい鏡くらいはあるのが普通であろう、だが、そこから何者かが抜写して出てくる様な全身を映すもので恐らく無いだろう。後は室内に鏡がさえなければ落ちつくことが出来る。
クダチを確認に向かわせると、どうやら鏡はないようだ。明かりも必要なければ恐るるに足るものもない。ベランダのある部屋に身を落ち着けると、リネンを押し込めたヌイグルミを取り出した。
《暫くすればここで活動する 6.0 haven の使いの者たちの参照がはじまります》
茉莉花たちもヌイグルミを見つめて聞き入る。はじめからリネンがこの姿だとしても不思議と違和感がないのかもしれない。
《ガブリエルに見知されれば、【ZAIRIKU】に識別させてセラフィムを照会に差し向けてくるでしょう。今は向こうも此方をロストしている筈です》
夜が深くなりはじめて街のぼんやりとした明かりが薄暗くて落ち着ける空間を造りだしていた。そう意識したのは 6.0 haven への帰属意識の表れなのだろうか。
サンキャッチャーは消滅してしまったが光はまだ紡がれている。
つづく