15 - 溢れたグラスから
茉莉花は安全の確保を優先し拠点となる雑居ビルまで撤退をはじめた。
雑居ビルまでそう遠くはない、とはいえ絶え間ない探知と選別、烏合の衆への警戒は思いのほか時間を要することとなる。目的地に到達した頃には既に日が落ち、世界を染める色調が深海を模造しようとしていた。入り口にはあの清掃員に扮していた使者達が2名、茉莉花を待っていた。そして上階に1名いる。
「貴方がここにいるということは上にいる者の指示だな」
「はい、セラフィム・カラム=シェリム」
「ではその者と話すとしよう」茉莉花は使者の2名に軽く手を上げて階段を上がった。
「アイツら何しに来たんだろうな?」伏せ目がちにクダチが言うと、
「ここを見張っているのでしょうか?」コーラスは茉莉花を見る。
「だといいのだが」茉莉花はそう答えた。
上にあがると電灯も点けられていない薄暗い部屋に、今まで無かった大きな鏡が壁に立てかけれている。そしてその鏡に向かって黒いレザースのボディースーツを纏ったセラフィムが立っていた。
「改装中の店舗から外して運ばせました」と鏡越しに話しかけてきた。
「わたしはカラム=シェリム、貴方は」
「セラフィム・カラム=シェリムよ、私にお前が本物である確証はない」
こちらを振り返るなり指先で軽く薙ぎ払う仕草を見せた、と同時にその小さな動きに見合わない刀剣の切っ先にも似た閃光が空間を切り裂き茉莉花を襲う。それはセラフィムの御業に他ならない。
茉莉花は身かわすと対峙するセラフィムに右手を開いて見せた。
「刀は抜くな、構えるだけに留めておけ」その手のひらが更に抑止力を強める。
「私にはお前が憑依された者かを知る術はない」セラフィムは剣技ともいえる御業の切っ先を茉莉花に向けたままそう言うと、クダチとコーラスが止めに入った。
茉莉花は対峙するセラフィムに構わず展着を解くとサンキャッチャーをコーラスに預けた。
「いつでも遣れると考えているなら今だな」相手も見ずにそう言い放つと構わずに終端への呼びかけをはじめる。
「私はファティマ=パウロ、ここにはポータルとなる鏡を設置せよとの指示を受けてきた」そう言い、ゆっくりと構えを解くとクダチは茉莉花の勝ちだと言わんばかりにガッツポーズをして煽っている。
透けた鏡の先ではいつも通りガブリエルが姿を表す。
「伝令です。カラム=シェリム、ここを新たな接続拠点とします。
マリシャスダンテは依然として行方不明、追跡と抹消の使命は継続中です」
「状況が変わったようだな」茉莉花がファティマに目をやる。
「ファティマ=パウロ にはポータルの設置と待機を指示しました」
「私はどうすれば?」ファティマ=パウロはガブリエルの指示を仰ぐ。
「ファティマ=パウロ、ここのポータルを部外者から保護することを優先としつつ周辺にマリシャスダンテがいないか探索し、報告を欠かさぬ様に」
茉莉花はここに撤退することを見越したかのような【ZAIRKU】の手際の良さに感嘆するでもなく、ここに隔離され、解析され、説明されている自らの価値を客観視していた。
わたし一人では手に余ると判断したか
一粒滴下すれば張り出したものが溢れ出るとでも
6.0 haven からでは判るはずもないか……
「ここに戻ってくる度、アイツに斬りつけられるぞ」クダチがファティマを見る。
「無論、互いの協力を強いることはありません」ガブリエルがそう付け加えると
「ああ、その方が動きやすい」そう言うと茉莉花は追跡中のリネンを見失った経緯や非常階段からサンキャッチャーを回収したなど、詳細な報告をした。
「ガブリエル、こちらは以上だ」ファティマの方を見た。
「マリシャスダンテに遭遇した場合、私はどうすれば?」
ファティマは行動パターンを確認したつもりだったがガブリエルから返ってきたのは
「マリシャスダンテを発見したのなら報告を。もし対峙する様なことがあれば滅殺されない様に逃避を優先し、報告は怠らないように」
ガブリエルはいつも通りの笑顔でファティマ=パウロにそう告げるとポータルを閉じた。茉莉花が展着を済ませるとコーラスが窓際に括りつけたサンキャッチャーを眺めた。その時、揺られたカーテンの隙間から窓を染める電飾で色づいた輝きが室内に差し込んできたのであった。
『あのサンキャッチャーが消えれば次のDESTへと導かれる』そう確信している茉莉花は、リネン=ヒムと同じ場所に横たわって光の揺らぎを見つめていた。
つづく
ファティマちゃんの御業は指先から刀が伸びて繰り出される剣技。物理的戦闘タイプのセラフィムです。
この2人はリネン=ヒムを追い詰められるのか? 今はただ見守りましょう。
イラストの取り込みが上手くいかないです。やりたかった載せ方とも違ってしまうので少しモヤモヤしています。もう少しコミック風の1コマ風に仕上げれたなら……、頑張ります。
『第2回SQEXノベル大賞』応募につき誤字脱字、言い回しの修正完了
※この話のイラストはこのまま使用します