表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

残響チヨコレイト

作者: 祁答院 刻

ざん‐きょう【残響】

ある音が鳴り終わったあとも、天井などに反響して、音が響いて聞こえる現象。

「一緒に遊ぼ。グリコ教えてあげるから」


現れた少年は、いかにも明朗快活そうだった。

うん も ううん も言わない私を、優しく公園に誘導していく。


「ルール、ぼくが考えたんだよ」


そして、道すがら、彼が急にそんな事をいうから面食らった。


「ルールって、一つじゃないの?」


目を白黒させながら訊くと、


「一つだなんて、夢がないなあ」


そう嘆いて、彼は空を仰ぐ。


「楽しいよ。“けいひん”があるんだ」


それってとってもいいね。

私は彼に、心酔してしまった。


“けいひん”という言葉と、やけに甘美な彼の声に、乗せられたのは、きっと今日が転校初日だからだ。

「グーリーコ!」

「チヨコレイト」


「グーリーコ!」

「パイナツプル」


ここでのグリコはどんなものだろう。

かすかな期待を抱きじゃんけんをしたのもつかの間、まったくもって普通のグリコで閉口してしまう。


「グリコ、普通だね」


咄嗟にそう口走ってしまった。しかし、少年は平静を保ったまま、


「これからが面白いよ。“けいひん”がもらえるんだ」と言った。


「一番にゴールした人のお菓子を、最後の人が買ってくるんだ!」


なにやら途轍もなく楽しいことのようだが、いまいちよく分からなかった。

「パイナツプル」


それから幾ばくもなく、一人ゴールした。


「みんなそこまでー」


少年が指示すると、最下位の子が一目散に公園を飛び出した。

しかし数分後、パインアメを手に舞い戻ってきた。

そして、皆に配って回る。

「一番にゴールした人のお菓子を、最後の人が買ってくるんだ!」

この意味がようやくわかった。

つまり、一等の人がグリコでゴールしたらグリコを、チョコレートならチョコを、パイナツプルならパインアメを、最下位の人が買ってきて配るのだ。

納得し、早速あめを口に放る。

“けいひん”は甘かった。

身も心もこころよく溶きほぐされるような感覚。

やにわに、買ってきてくれた子にお礼を言いたくなった。


「さっきは、あめ ありがとう」

「そんな、気にしないくていいよ」

「それにしてもさ、なんか変わったルールだね」

「そう。ケンちゃんが決めたの。でもね、なぜかケンちゃんだけ最下位になったことがないんだ」


彼女いわく、少年は、ケンちゃんというらしい。

でもね、なぜかケンちゃんだけ最下位になったことがないんだ。

ここでの生活も軌道に乗り、すっかり馴染んだあとも、この言葉だけがずっと気がかりだった。

「よーし、みんな、グリコするぞー!」


ケンちゃんの声は、いつにも増して朗々と響く。

だから、誰も気が付けなかった。

彼の顔の左側、口元のあたりに、わずかながら、陰りがあることに。


「グリコ!」

「グーリーコ」


「グリコ!」

「パーイーナーツプル」


夕焼けチャイムが鳴る。

いまのところは、ケンちゃんが優勢だ。


「グリコ!」

「チーヨーコレイト」


そしてそのまま、圧勝した。

なのに、なのに。


「あの、ぼく」


ケンちゃんは浮かぬ顔で、何やら言い淀む。


「あの。あの」

「ケンちゃん?どうしたの?」

「何でも、ないよ」


ケンちゃんは、子細顔でそう言った。

何か心配事でもあったのかな。

不可解に思いつつも、負けの私は駄菓子屋に直行する。

「ほら、チョコ。ケンちゃん元気だして」


パキンと軽快な音とともに、板チョコは割れた。


「あ、ありがとう。ぼくは元気だよ」


取って付けたようなセリフ、白々しい視線。

懐疑心を抱きつつも、チョコを口に押し込む。

ミルクチョコレートは、あっさり胃に消えた。

でも、歯に、口に、余韻が残って、完全には消えきらなかった。


「私、買う役ばっかり。ケンちゃんも、いつかはお菓子買ってよね」


「うん、そうだね。買ってもらってばかりで、悪いな」


にかっと笑う、太陽のような端正な顔を、斜陽が照らす。

あれから、早幾年。

そして、とうとう、ケンちゃんは約束を破った。

奇異なルールを作った彼は、食べる役のまま消えた。

もう、彼に奢られる機会はきっとない。

彼はあのあとすぐ、すっかり姿をくらましたのだ。

父と、母と、年子の弟と、高校生の姉とともに。

不審に思って同級生に訊いたが、

皆、「覚えてない」と口を揃えていい、

何処か遠いところを見る目つきをする。

みんな覚えていないのだ。


しかし、私は彼を忘れられない。

彼の存在自体は消えても、記憶からは消せない。

彼は、この上なく強烈だったから。

今も、夢うつつ、彼は私に言うのだ。

「一緒に遊ぼ。グリコ教えてあげるから」

私はいつもそうだね、と返す。

やっぱり彼は消えてくれない。

あの日食べた、ミルクチョコレートのように。

ざん‐きょう【残響】

ある音が鳴り終わったあとも、天井などに反響して、音が響いて聞こえる現象。


いつか、辞書をくっていたら、こんな言葉を見つけた。

何の変哲もない、私には縁もゆかりも無い言葉なのに、胸が締め付けられた。


そして、なぜだろう。

ふと、


「チヨコレイト」


とつぶやいていた。


口内に、ミルクチョコレートの甘みが満ちる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ