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ダンジョン内には、しとしとと雨が降り大量の水がいつも通りに流れ、濁った川は豪快に流れる。先ほどまで色とりどりの光でキラキラと輝いていた姿はそこにはなく、いつもの姿がある。夢から覚めたというよりも、初めからなにもなかったかのようなフルーヴ川の表情を前にして、一部始終を見ていた金色の瞳をシルシエとトーマは隠す。
「なるほどな。これほどの魂の解放は見たことない。これを見せたかったといわけか」
「いえ、出来過ぎですね。こんなことになるとは僕も思っていませんでした」
トーマの問いかけにシルシエは苦笑い気味に答える。
「お前正直だな。適当にこれが見せたかったとか言えばいいだろ」
「そんな嘘をついてもすぐにバレるでしょう」
「違いないな」
困った顔で答えるシルシエを見てトーマは可笑しそうに笑う。
「でも、こうしてダンジョンに縛られている人の言葉に耳を傾けて開放することは悪いことではないと思います」
シルシエの言葉を聞いたトーマは笑いながら背を向ける。
「はっ、めんどくせえ。俺たちは生きるために食うんだ。そんなまどろっこしいことしなくてもいいだろ」
背中を向けたまま答えるトーマを見てシルシエも背を向ける。
「では、今度ダンジョン内で迷っている人がいてトーマさんに余裕があって、気が向いたときでいいんで声をかけてみてください」
「……強制はしないんだな。師匠とは大違いだ」
「強制するものではありませんから。僕とトーマさんの調律者としてどっちの行動が正しいとかはないはずです。声を聞いて欲しいっていうのは所詮僕のエゴですから」
背を向け合う二人は言葉を交わすとそれぞれ黙ったまま歩き出す。反対方向に向かって歩き出す二人。
「トーマさん」
「あ? もう用事はねえだろ」
シルシエに名前を呼ばれたトーマが無視して歩きながら答える。
「そっち、出口じゃないですよ」
「……」
シルシエの言葉にトーマは足を止め、わなわなと肩を震わせると振り返って乱暴に足音をたてて歩きだす。そのままシルシエに追いつき、抜かしていく。
「やっぱお前ムカつくわ」
「どーも」
すれ違い様に文句を言って足早に歩くトーマを、シルシエは足を止めて見送る。あっという間に見えなくなってしまうトーマに向かってシルシエは呟く。
「魂の解放なんて言ってますが、ダンジョンに囚われているは僕たちの方……」
フルーヴ川に視線を移したシルシエはフッと笑う。
「たとえそうだとしても、逃げ出せることもできるかもしれないけど、それでも探し続けてしまう存在。なんで僕たちが存在しているかは分かりませんが、この生き方嫌いじゃないですよ」
誰に言うわけでもなく呟き終えたシルシエは再び歩き始める。




