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綺麗な形の三日月が空にぶら下がっているのを見たプリュネは嬉しくなってスキップする。
「夜の空気はひんやりしてて気持ちいい。じりじりと熱くないし、プリュネは好きだな」
夜の森を駆けるプリュネは途中見つけたウサギと追いかけっこをしたあと、捕まえたウサギを抱っこし赤ん坊をあやすように揺らす。
「うふふ、いつもベッドの上でしかお人形遊びできなかったから、こうやってゆらゆらさせれなかったんだ。はいはーい、眠いのかな? いい子だから早く寝なさいよ」
自分の母親の口調をマネしながら、ウサギを赤ん坊に見立てあやしていたプリュネは、自分の母親がやるようにウサギの頬にキスをする。
キスを終えて、ウサギの顔を見ようとしたとき、自分の手元にウサギがいないことに気がつく。
「あれ? どこにいったんだろ? 逃げちゃったのかな?」
プリュネは周囲を見渡すが、ウサギは見当たらないので諦めてため息をついてつく。
「夢の中だから消えちゃったのかな。ん? なんだかお腹いっぱい」
そう言ってプリュネは、お腹を押さえたあと森の中を走り始める。
「今日はどこへ行こうかな。動物さんたちを撫でて。それから、それから……」
今日の予定を考えながらワクワクしながら走っていたプリュネだが、突然急ブレーキをかけ立ち止まる。
青い瞳と、金色の瞳がそれぞれ映すのは大きなリュックを背負った自分よりも少し背の高い男の子。
男の子は右目の眼帯を取ると、下から金色の瞳をほんのり輝かせプリュネを黒い瞳と金色の瞳で見つめる。
「君は……」
男の子はそこで言葉を止めて首を横に振る。
「僕の名前はシルシエ。君のお名前は?」
プリュネは夢の中で話しかけられたのが初めてだったので、嬉しくなって両手を後ろで組んで体を揺らしながら答える。
「プリュネはね、プリュネなんだよ」
「……そう、プリュネちゃんっていうんだ。素敵なお名前だね」
「うん、ママとパパがくれたの! ねえねえお兄ちゃん。プリュネと一緒にあそぼ!」
名前を褒められて喜びを隠しきれないプリュネは、シルシエをじっと見つめる。先ほどいっぱいになったはずのお腹がぐーぐー鳴き始めたことには気づかず、プリュネは夢で出会ったシルシエを遊びに誘う。
「……いいよ。なにして遊ぶの?」
「追いかけっこ!」
シルシエの返事を聞いてプリュネは即答する。
「……追いかけっこかぁ。楽しそうだねいいよ」
「わーい、プリュネすごーく足が速いんだよ! 夢の中で誰にも負けたことないんだから!」
「……それは楽しみだね。でも僕も結構速いよ」
「ほんと! みんなすぐに捕まっちゃうからつまんなかったの。じゃあじゃあ、プリュネがオニでいいよ! お兄ちゃんが逃げる方ね」
「……うん、じゃあプリュネちゃんが合図を出してくれる? そしたら僕は逃げるから」
「お兄ちゃんが逃げて10数えたらプリュネが追いかけるね。それじゃぁ~よーい…ん…」
シルシエが頷いたのを見て、プリュネは両手を広げパンと叩く。大きな音が森中に響き、それを合図にシルシエが走り始める。
「お兄ちゃんはや~い! あ、えーと、いーち、にぃー」
大きなリュックを背負っているとは思えないスピードで走るシルシエを見て驚いたプリュネは慌てて数を数え始める。
「きゅー、じゅう!」
数え終えるや否やプリュネは走り始める。
「お兄ちゃん速い! はやーい! うふふったのしぃー!」
森の中を駆けるプリュネは姿が見えなくなったシルシエを探すため、鼻をスンスンと動かすとニンマリと笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんこっちだねー」
嬉しそうに言って加速するプリュネはすぐにシルシエの後ろ姿を見つけると、腕を伸ばして木の幹に手をかけぐっと押して次の木まで飛ぶ。その木を再び押して飛んでシルシエの背中を手が届く範囲に捉える。
「つかまえたぁー!」
プリュネが手を広げシルシエにタッチしようと思いっ切り振り下ろすが、プリュネの手は空を切ってしまう。シルシエの代わりに手が当たった木には大きな四本の傷が入り、木がゆっくりと倒れていく。
近くにあった木の幹を駆け上り空中に身を投げたシルシエが、プリュネの頭上を飛び越えて背後に回ると再び走って逃げ始める。
「お兄ちゃんすごーい! でもぜーったいにプリュネ負けないんだから!」
再び地面を蹴って走り始めるプリュネとシルシエの追いかけっこが始まる。
木が覆い茂り狭くなった道の間を、スピードを落とさずにすり抜けて走るシルシエに対しプリュネは木にぶつかってしまいスピードが落ちてしまう。
「むう~木がじゃまぁ~!」
プリュネは苛立ち手にかけた木をへし折ると、そのまま木々を倒しながらシルシエを追い掛ける。
やがて開けた場所に出ると目の前に湖が広がっていて、風に揺らぐ水面に三日月がぶらぶらと揺れる。
「わぁ~きれぇ~」
見たこともない景色に感激の声を上げるプリュネだが、湖の前に立つシルシエの姿に気がつくと追い詰めたとニンマリと笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん速いね。でもプリュネの方が速かったでしょ。あぁプリュネお腹空いちゃった。早くお兄ちゃんを捕まえてご飯食べたいな」
プリュネが一歩踏み出したとき、シルシエが右手に鞘から抜いた短剣を持つと刀身を白く輝かせ光輝く剣へと形を変える。
「う~ん? チャンバラごっこするの? プリュネやったことないけどいいよ! お兄ちゃんと遊んであげる!」
プリュネはなぎ倒した木を手に取ると持ち上げる。
「えーい!」
プリュネが豪快に振った木に白い点が一つ輝く。
木の上にスッとプリュネに向かって線が伸び、目の前に迫った光の眩しさに目をつぶってしまったプリュネは驚いてペタンと座り込む。
「うわぁ~びっくりしたぁ~」
地面に座り込んだプリュネが目を丸くしてると、目の前に立ったシルシエが微笑みながら手を差し出す。
「びっくりさせてごめんね」
「もう、ほんとにびっくりしたんだから」
文句を言いながらシルシエの手を握ったプリュネは立ち上がると、すぐそばに巨大な猿のような動物が倒れているのに気がつく。その動物には頭はなく、手には真っ二つになった巨大な大木を握っていた。
「もうお腹空いてないでしょ」
自分の隣にいるのがなんなのかを聞く前にシルシエに話しかけられたプリュネは自分のお腹を押える。
「ほんとだ。全然お腹空いてないよ。なんでお兄ちゃん分かるの?」
「なんでだろうね。それよりもプリュネちゃんはもう帰る時間だよ」
「帰る? あ、そうだ! いつもより遊んだからママとパパが心配してるかも」
口を広げた手で押さえて驚くプリュネを見てシルシエには微笑む。
「ママとパパは道に迷ってしばらく帰れないって。プリュネちゃんは先に帰っていようか」
「えぇ~ママもパパもドジなんだから仕方ないなぁ~。え~と、お兄ちゃん、プリュネのお家はどっちか分かる?」
キョロキョロと辺りを見回すプリュネは、シルシエが指さした方向を見上げ空を見つめる。
「今日はお月様が綺麗だから、お月様に向かって歩くといいよ」
「うん、そうだね」
プリュネはシルシエの手を握る。
「お兄ちゃん、また遊ぼうね」
「うん、また会えるからそのときは遊ぼうね」
「約束だよ!」
満面の笑みを見せるプリュネが光になって弾けると、すうっと空に向かって光が立ち昇る。
しばらく光が消えた三日月のぶら下がる空を見上げていたシルシエは、目を擦ると眼帯をつけその場をあとにする。




