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シルシエはダンジョンの中で壁にナイフを突き立て、隙間に作られていた虫の巣を崩し巣の中にあった丸く小さな球を取り出す。
「ダンジョン蟻の蜜って美味しいんだよね。もっとたくさんあるといいんだけど」
嬉しそうに蜜の球をナイフですくっては、水筒に似たポットの中へと入れていく。作業に夢中になっていたシルシエがふとなにかに気づき振り返る。
数人の走る音と怒鳴り声が聞こえたかと思うと、武器を構えた騎士団の出で立ちをした男と冒険者らしき男女が、二人の男を追いかけシルシエの方へ向かって近づいてくる。
一人の男がシルシエに気づくと真っ直ぐ走ってきて、シルシエを羽交い締めにして手に持っていたナイフを喉元に突き立てる。
「それ以上近づくとこのガキの命はねえぞ!」
男がシルシエの頭の上で怒鳴ると、追いかけてきた騎士団と冒険者たちは歯ぎしりをして悔しそうな表情を見せる。
「このガキの命が惜しけりゃ俺たちが逃げるまでそこを動くなよ!」
「あのぉ〜、おじさんは悪い人なんですか?」
「あ? あぁ、んなことどうでもいいだろ! てめえは黙って震えてろ!」
緊張感のないシルシエの問いにキレた男が怒鳴ったとき、シルシエが男の爪先を踏んで全体重をかけると、男は痛みで拘束していた腕の力が緩んでしまう。
素早く下に屈んで腕から抜けたシルシエは、男の膝裏を蹴り膝を折らせたところに首筋目がけ手刀を入れ男を気絶させる。
一瞬の出来事に唖然とする周囲の面々だが、もう一人の男がシルシエ目掛けダガーを突き出す。半身で避け男の手首を掴みそのまま捻りつつ、肘を押して腕を曲げると、足払いをする。
腕を捻られた上に足を払われたダガーを突き出した男は、空中で一回転し地面に勢いよく叩きつけられる。
そのまま手首を捻って男を抑え込むシルシエが、騎士団の一人に目を向ける。
「この人を捕まえるんじゃないんですか?」
「あ、ああ。協力感謝する」
騎士団の一人がしどろもどろになりながら小走りで駆け寄ると、地面に倒れている男たちを縄で拘束する。
「君は強いな、だてにダンジョンを一人で潜っているわけではないというわけか。モンスター相手にも引けを取らないのだろうな」
「いえいえ、あくまでも護身術であって、モンスター相手には逃げ専門です」
男たちを拘束する騎士団とは別の、隊長と思わしき男がシルシエに話しかけてくる。
「謙遜しなくてもいい。おっと申し遅れた。私はシェドウェイ国騎士団の隊長を務めているアトモスという。この度は密猟者の逮捕に協力頂き感謝する。えーと」
「探索者のシルシエっていいます」
「そうか、ではシルシエ君。私たちはこの密猟者共を連れていくのでこれにて失礼するよ。なにか困ったことがあれば私を訪ねてきてくれ」
そう言ってアトモスは部下に指示を出し、冒険者と共にその場をあとにする。
***
アトモスたちを見送ったあと、シルシエはダンジョンを出て隣接する町を歩く。
「ダンジョン・グリコールの町はパン屋さんが多いんだよね。やっぱりダンジョン内に、作物がたくさんあるからだろうね」
ダンジョン内に自生する小麦畑を思い出しながら、シルシエは空を見上げる。
「四階までは作物が自生して、人の手を借りずにすくすく育つ豊かな土地。五階からは地上の動物をベースにした多種多様なモンスターがいて、生命力あふれるダンジョン。地下で狩って狩られた命は、上の階で芽吹き刈られる……その循環を乱す密猟者か」
呟いたシルシエが視線を戻し歩き始めたとき、号外を配る男性の存在に気がつく。
号外を受け取った人たちが口々に「またか」「怖い」「心配だ」などと呟いている。シルシエも号外を手にすると、刷られた紙には『花の悪魔ノル村を襲う』の文字が目に入ってくる。
「家畜の牛が二頭と、牧場主が花の悪魔の犠牲になる。牧場主の体の損傷は激しく、一部がなくなっていたことから食べられたのではないかと捜査関係者は証言する……か。えーっと、花の悪魔とは現場に必ずカーネーションの花が添えられていることからそう呼ばれている。なるほどね……一度行ってみようかな」
シルシエは号外を丁寧に畳むと、ポシェットの中に入れてノル村へと向かって歩き始める。




